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前の話:商人とアイテムボックス1

一人の男性が森の中で佇んでいた。

それは途方に暮れているようでもあった。

だが、男性は突然に動き出す。


「くそっ! なんだってんだよ! ステータスも見られなければ魔法も使えない。チートもないなんてクソすぎるだろ!」


一人喚きだしたのは今の状況を受け入れられないから。

途方に暮れていたなら仕方のない衝動だったのかもしれないが、この世界の者が見れば異質だった。


「……騒いだら喉が渇いてきたし、腹も減ってきた。いきなり詰んだんじゃね?」


服装からして森に採取や調査に来た格好ではなく、また何も持っていない。

どうやってここまで来たのかも普通の人であれば理解できない状況だった。


「あ、あれは果実か? 食えるかな。……つか届かねぇな。こう『収納』とかできねぇかな。……ハハ、馬鹿みてぇ。あ? さっきまであった果実なくなってるし! 動物にでも持ってかれたか? ……はぁ」


男性はその場に座り込んだ。


「ホント、何にもねぇのか? 異世界だっつうのに。いや、本当に異世界か?」


立ち上がってバタバタと自身の身を漁り、辺りを見回しまた座り込んだ。


「知らない場所だし、持ってた財布やスマホもねぇ。間違いないと思うんだが……アイテムボックスとかも」


独り言をつぶやいていた男性が突然動きを止める。

目の前に薄く透明なボードが現れていたからである。

そしてそこには『メーラ×1』とあった。

彼はゆっくりとその文字に触れると、目の前に先ほど見つけた果実、メーラが一つ現れた。

メーラを掴んで恐るおそる口をつける。

一口齧れば、甘酸っぱさが口の中に広がり、あっという間に芯だけが残った。


「……ハハ。何もないと思ったが一番普通でありきたりなものはあったか」


立ち上がると目に見える色々なものに対して試していく。

同じような果実から、樹、石、草……。

彼が通った場所は何もない道が出来ていく。


「これはいいな。戦闘には使えないけど、何もないよりはましだし。あとは知識でなんとかするか」


果実が見える方へと歩いていく。

よくよく地面を見れば、人が出入りを繰り返して踏み固められただろう道が存在している。

果実もよく獲れることから、この場所には採取に来ている人がいると言うことであった。


先ほどまでとは打って変わり、気分良く森を抜けた彼の後に数人の人間が森にやってくる。

そして彼らは一様に愕然とした。

昨日まであった果実は何一つ残ってはいなく、樹が根すら残らず消えているところがあったのである。

魔物がやったにしては争った形跡など無く、樹などがその存在自体を消したようであったのだ。

何があったのか分かりもしない状況であるが、彼らに分かっていることはただ一つある。

それは今回の実入りはなく、そしてしばらくの間、この場所において稼ぎになるものは何も残っていないということだった。


森の外に出た男はまた立ち止まっていた。

道はあるがどっちに進めばいいかが分からないからだ。

果実を手に入れたとはいえ、それだけしかないとも言える。


「人が住んでる所まで遠かったらどうすっか……。野宿とか絶対嫌だし」


しゃがみ込んだ男だったが聞こえてきた音に立ち上がる。

車輪を引いたガラガラという大きな音だったからだ。

一頭引きの馬車で御者台と小さめの荷台が付いているものだったが、人と会えたのは行幸だった。

声をかけて呼び止めると警戒するようにジロジロと眺められる。

いきなり見も知らぬ相手から呼び止められたらそうだろうと男は納得する。

呼び止めた男性は若く、男とだいたい同じくらいの年齢であり、なんとか話を合わせて街まで乗せてもらえることとなった。


着いた街はぐるっと石壁で囲われていて門で出入りを制限していた。

乗せてもらっていたためか、街の中まで特にとがめられることもなく入ることが出来、男は内心喝さいを上げていた。

途中で止まるのも億劫だったのか、その人の店まで行くことになった。

小さいとはいえ荷馬車を持っていることから商店を構えている人物だった。


「それで、君はこれからどうするんだい?」

「……一応、手元にこれがあるので売れないかな、と」


そう言って男は森で採ってきた果実を取り出す。


「メーラか。状態もいいね。なんなら私が買わせてもらうが?」

「……いくらほどで?」

「仕入れとなると数が欲しいとこなんだが、どれだけ持ってるんだい?」


そこで男は考え込む。

果実を数個ほど売ったところでしばらくの生活費になるとは思えない。

というか、この世界でのお金もそうだし、このメーラと呼ばれる果実の価値も分からないのだ。

だが、ここでこの商人と知り合えたのは悪くないと思ってもいる。

それこそ、この街をあちこち歩き回ってこの商人以上に買ってくれる保障はない。

乗せてもらっている間に会話したことで、いくらか信用はできそうだと思ったのも大きい。


「……荷台に積んでた箱1つ分くらいは」

「そんなに? というか君は荷物をもってなかっただろうに」


ここが切所とばかりに覚悟を決めた男は自身が持っている力、『アイテムボックス』からメーラを取り出す。

それを目にして、目の前の商人は目を大きく開いた。


「そ、その力は、一体……」


男は力を全て確認したわけでは無いが、それでもそうだろうと思っていることをすべてではないが話す。

話すたびに商人の顔が紅潮していく。


「そ、それはすごい! いや、その力は他の人に話さない方がいい! ああ、そうだ! 君が持ってるメーラはすべて買おう」


街についてから物の値段を見て回ってないから定かではないが、商人の態度や口調から高めの値段を口にしていると察する。

それはこの力に対して何か思うところがあるからだ。

男はそれを踏まえたうえで商人と取引を行う。

その結果、しばらくこの紹介で世話になることも決まり、住む場所と食には困らずに済むことになった。


男がその商人の手伝いをするようになってから、その商会は稼ぎが上がるようになった。

それもそうだろう。

まず品物はすべてその男の『アイテムボックス』に持たせるようにしたことで、不要な倉庫を処分することで倉庫の維持費が安くなった。

外面的に掃除や警護の人員は配置しているが、以前ほどに気を遣わなくて済むため、維持費を削ることができたのだ。


次に運送。

大量の荷物を運ぶとなれば、荷物量に合わせて荷馬車の用意が必要となる。

小さい商会では荷馬車の数など数台に過ぎない。

馬の管理費というのも馬鹿にはならないのだ。

だが、あの男がいれば一人で数台に積む分の荷物を運べる。いや、それ以上の荷物を持つことができた。

取引できる量が増えれば利益も上がるのは当然である。


そして状態。

男の『アイテムボックス』にしまった食品などの荷物は劣化しなかったのである。

男が商人に売りに出したメーラは状態が良かった。

それは運搬時に箱などにぶつかって傷んだりしないというのもあるが、収穫してからの日数が経っていない状態だったのだ。

収穫した場所から運んでくるまでの日数というのはどうしてもかかる。

そのため、熟す前に収穫するようにしているが、それでも日が経てば水分は失われて萎びてしまう。

だが、『アイテムボックス』に入れれば、そうならないようなのである。

当然状態の良いものは高く売れるし、客は状態の良いものを当然望む。


そんな力を持った男と縁を持つことが出来た商人の店が大きくなるのに、そこまで年月はかからなかった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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