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後の話:新たな騒動の開花2

タカヒロは一人、馬に乗って駆けていた。

ひとまずの目的地はグーリンデ王国側の砦である。

砦にはカーマインを通して連絡済みのため、そこまで行けば借りてきた馬を預けることができる。


乗り慣れない馬の速さと振動にタカヒロは顔を顰めていた。

顰めていたのはそれだけが原因ではない。タカヒロは少し前のことを思い返していた。


冒険者ギルドでニシノがやらかしたことの顛末をレッドから聞いたタカヒロは、内心では腹立たしく思いながらも自腹で薬の手配をしてリベルテの家に帰った。

不本意ながらニシノの保護者とみられていたため、タカヒロはしばらく謹慎することとなったのだ。

突然の休みが少し嬉しいのだが、原因がニシノであり、しかも謹慎中は自由に出かけることもできないのが気に入らなかった。

それでも、しばらくこのまま大人しく過ごさせてもらおうとタカヒロは思っていたが、『神の玩具』として弄んでいる神がいるからなのか、翌日にはこうして一人馬で走ることになっている。


事の発端は、その日の夕方。

楽しくない出来事があったせいで、その日は酒が飲みたいと言ったレッドに仕方がないとばかりにリベルテが買いに出かけた。

そして酒場から帰ってきたリベルテからもたらされた言葉だった。


「レッド。それからタカヒロさん」

「どうした? 酒、売り切れてたか?」


険しい顔をして戻ってきたリベルテにレッドが軽く口を開いた。

もちろん、そんなことはないと思っての言葉だ。


「……ええ、残念ながら……って冗談ですから、そんなに落ち込まないでください」


レッドの気心を知っているリベルテが冗談で返すが、リベルテがそんな返しをすることはあまりないため、レッドが本気にして肩を落としてしまい、リベルテの方が慌ててしまう。


「リベルテさんが珍しいですね。本当に何があったんですか?」


リビングでまったりしていたマイがリベルテに質問する。

この間、タカヒロは妙に嫌な予感がして話を振ってほしくなかったが、かと言って直接それを口に出すのもダメだと考え、ただ沈黙していた。

だがそれを周囲が許してはくれない。タカヒロの嫌な予感は当たっていて、リベルテがタカヒロに目を向ける。

そして目が合ってしまったがために、タカヒロはやっぱりため息をつくしかなかった。


「さきほど酒場に行ってきて耳にしてきたのですが、あの方がグーリンデ王国側の砦方面に向かう姿が目撃されたそうです」


あの方というのはニシノのことだ。

冒険者という職にあぶれた者たち相手とは言え、器物損壊に大多数に傷害を負わせたとなれば、当然罪に問われる。

出頭するなり、すぐに捕まればそこまで大ごとにならなかったかもしれないが、逃亡している。

他で暴れられては困るし、他国に行けば手が出せなくなる。

そのためすぐに国中に通達が走り、兵士たちが捕縛に動いていたのだ。


リベルテはそのことだけ伝えると、料理に向かってしまう。

マイも手伝いについていき、リビングには深く考え込むように沈黙するレッドと気が重いタカヒロだけが残された。


「明日、グーリンデ王国側の砦に行こうと思う」

「え? 急にどうしたんですか?」

「いや、さっきリベルテさんが言ってたでしょ。あいつが暴れて逃げていて、それが砦方面に向かったって」

「あー、そっか。タカヒロ君も行くの?」

「え? 僕は謹慎中――」

「お前もだ」

「ですよね……」


一応行きたくないと抵抗してみたものの一刀両断されて、タカヒロは項垂れる。

ニシノに関することは、保護者として扱われているタカヒロも動かなくてはいけないのだ。

謹慎中といってもそれは対外的なもので、後始末を付けるためであればむしろ動けとされている。


「あの話と言い、どうも嫌な予感がしてな。すまないが、リベルテ。しばらく出かけることになる」

「……わかりました」

「リベルテ、どうかしたか? 俺とタカヒロだけで行くから、リベルテはゆっくりしていていいぞ。マイもいるしな」


食事をしながらの会話だったのだが、リベルテが少しうつむいていた。

料理に伸ばす手も止まっていて、食事も全然進んでいない。


「え、いえ……。気を付けて。私は先に休ませてもらいますね」

「リベルテさん、大丈夫?」

「ええ。たぶん、少し体調を崩してしまったのだと……。タカヒロさん、すみません。後をお願いできますか?」

「分かりました。お大事に」


食事を切り上げて、料理は明日へと残したリベルテが、タカヒロに片づけを頼んで部屋に戻っていく。

食べ終わっていたマイが薬師として心配だからとついていった。


そして今日、レッドと二人ででかけようとしていたのだが、リベルテが当人が思っていたより体調を崩しているらしい。

マイに般若の顔でレッドが引き留められ、こうしてタカヒロは一人で向かうことになったのである。


砦で馬を預けたタカヒロは、ニシノが目撃された情報を集め、シアロソ帝国に向かう道を歩いていた。

今は停戦しているが、少し前に戦争したばかりの国である。

もともと敵国として想定していたこともあり、帝国へ向かう道は整っていない。

またタカヒロの腕では馬に乗って進むのは難しく、借りてきた馬に何かあった際に払う違約金が怖かったのもある。


道らしい道があればいい方で、大き目の石が転がっていたりする荒れた道をなんとか進んでいく。

不自然に割れた岩がところどころにあったりして、ニシノもここを進んだのだろうとわかってしまう。


「……え、なに、これ……」


ふいにぞわっと背筋を走る感覚がタカヒロを襲った。

強い魔法に関わる何かを感じたのだ。

魔法を使えない者には分からない感覚らしく、しかも魔法を使える者でも分かるものはピンキリである。

タカヒロは、『神の玩具』として強力すぎる魔法を使えていたが、突然その力を失った。

また魔法を使えるようになるのだが、『神の玩具』という下地があったためか、この国の人たちの中でも屈指の魔法使いとなっている。

そんなタカヒロだからこそ感じられたのだ。


ある種の勘に従ってその場所へと道を逸れていく。

幸か不幸かその勘は正しく、開けた場所の中央にニシノが立っていた。


「……なんだよ、おまえか。今更、何の用だ」

「あー、えっと、それはなんだ? 何をする気?」


ニシノの周囲をよくよく見れば、地面になにやら模様が描かれていて、さらにその中央に何かよく分からない物がいくつか置かれている。

なんとなく魔法的な何か、下手したら呪い系じゃないかと思われる気配を漂わせる壺やロザリオ。さらには魔道具のような物もある。

いずれも、どこから持ち出してきた代物か分からない。

タカヒロが知っているニシノからすれば、価値を見出して買うとは思えない代物ばかりだった。


「あ、そうか……」


思わず独り言ちた。

ニシノの力は、能力を数値で見られるものだった。

ニシノの自身の能力を見させてもらったことがあったが、人だけとは限っていない。

むしろ、同じ異世界から来た人間なら、人だけでなく物の価値や能力も分かることを望む。

そこに思いつけば、ニシノらしからぬ代物でもそこにある理由がわかった気がした。


「この世界は糞だ。使えない。だから帰るんだよ。あっちの世界もくだらないけど、今の俺ならマシだ。この力があれば……」


どうやって元の世界に帰ろうと言うのか。

タカヒロだってそう考えたことが無いわけじゃない。

しかし、あっちの世界で死んだからこそ、この世界に来たものだと思い決めて、考えるのを止めたにすぎない。


この世界でも過ぎた力。そんなものをもって元の世界に帰れれば、以前の暮らしとは当然変わる。

タカヒロのように魔法を使える者はどうしたものか頭を悩ませるだろうが、ニシノの力は使いやすい。

物の価値や能力が分かるなら、それを見て価値があるものだけを手に入れていけば良いだけだ。


力をもって元の世界に帰ることを考えて、タカヒロは頭を振った。

考えなければいけないのはそこではない。

異なる世界を繋げるということが容易なものと思えないことの方が重要だ。


「そんなことが簡単にできるわけないだろ。第一、ニシノの力はそんなことができるもんじゃないだろ」

「ああ、それならこの世界が嫌いな親切なヤツに教えてもらったよ。あんなおまけもつけてくれたしな」


魔道具はニシノがどこかで奪ったか買った物のようだが、あのいかにも怪しい道具は別の者からだったらしい。

嫌な気配がする壺について、ニシノは関知していなかった。


「あの砦付近で見かけたって言う、ローブで全身を覆っている人からもらったのかい?」

「ああ、そんなやつだったな。だいぶ胡散臭かったが、俺の現状を知って共感してくれたよ」

「……よくそんな相手を信じるね。あれはどう見ても怪しさしかないでしょうに」

「たしかにあれだけはよく分からないが、まあ、もう知るか」


ニシノはこの世界に倦んでいた。

思っていたような世界とは違い、最強の力を持つでもなく、あちらの世界の知識で儲けることもできず、冒険者はただの日雇い労働者のようなものだった。

さらに言うなら、奴隷の売買などもなく、貴族や王族などとは無縁だし、会う機会など余程のことがなければあり得ない。

タカヒロが補足するとすれば、身分の壁は厚く、貴族の扱いが面倒くさいということだろうか。


そうなればこの世界に夢や希望を持つわけがない。

思い入れも大事な人も何もない。

異世界という自分の埒外の世界。

自分に利益をもたらさないならどうなったって構わなかった。


「本気で何をどうするのかわかんないけど、馬鹿なことは止めとけって。ただじゃすまないだろうし」

「この世界がどうなったって知るかよ。それに、俺は大丈夫だ。俺だけは大丈夫なんだよ」


ニシノの目は明らかに今を見ていなかった。

異世界に来たこと、この世界において格別の力を持ったこと。

それゆえに、自分だけは何が起きても大丈夫だと思い込んでしまっているのだ。

自分を主役としないこの世界は狂っているから廃棄し、自分が主役として持て囃される世界に行くのだと。


ニシノは持っていた剣で自分の手のひらを斬り、血を壺の上に垂らした。

壺の周囲にあった魔道具やロザリオなどの道具が光り出す。


「な……。ちょっと、さすがに、ヤバすぎるだろ!」


タカヒロが思わず叫んでしまうほどの様相を見せ始める。

拓けている場所とは言え、周囲には草木が茂っている。それらが一気に枯れ、そして消滅していく。

地面も水分がなくなったのかカラカラい乾いていき、その範囲が少しずつ地面に描かれていた文様から広がっていた。


「このっ!」


タカヒロがこの事象の原因とみている壺に向かって魔法を放つ。

尖った石を飛ばす魔法で、わりと多用している魔法だ。

その魔法は茫然とこの事象を見ているニシノの横を抜け、壺に当たる前で消滅した。


火災の恐れがあるため、あまり使わない火の魔法や他の魔法も試してみたが同じだった。

むしろ、事象の進みを早めてしまった感すらあった。


壺の封が破け、黒い何かが立ち上っていく。

それを見てタカヒロは体を震わせた。

あの時感じた怖気がまさしくアレだった。

黒い何かはうねるように動き、ともすれば怨嗟が聞こえてきそうだ。

しかも、その黒い何かに引き寄せられるように、辺りからも黒い何かが集まっていく。


冷や汗を流しながらどうしたらいいのかタカヒロは考えていた。

そしてこういう時、人は普段以上の記憶力を発揮する。

ちょうどこの辺りが、帝国と王国の連合が戦った場所に近く、怨念とかそう言ったものがあるのなら集まりやすい場所だと。

アレが何か分かったところで、魔法が効かなかった時点で事態の解決には繋がらない。

むしろなんで思い出してしまったかと思ってしまうものだった。


そして黒い何かが集まり切ったのかまた動き出し、輪を作る。

輪の中の景色がゆがんでいく。


「はは……はははっ! 帰れる! 本当に帰れるぞ!!」


ニシノが大声で叫ぶ。

逆にタカヒロは、輪の向こう側に見えてきた景色に声が出なかった。

そこにはまさしく、少し前まで自分が生きてきた世界が見えたのだ。

ビルや家が建ち並び、車が走っている。


今の世界にも多少慣れてきたし、今は来たばかりの頃より多少は快適な生活も出来ている。

だが、それも向こうの世界には比べようもない。

水も火も簡単に使え、娯楽にあふれ、食事やお酒だって美味い物が手軽に手に入る。

異世界に行く話のほとんどで、主人公たちが元の世界の物を作り出すのは便利な生活に慣れ親しんだからだ。

人は便利さには慣れても、不便さに慣れるというのは容易じゃない。

改善できる物や方法を知っていれば、その状況を受け入れるより改善に動くものだ。


しかし、この世界ではあちらの世界の物はそのまま同じに作れない。

アンリが作った銃やハヤトが作った食材を長持ちさせる魔道具は、こちらの世界に合わせて作り変えたもので、相応の『神の玩具』の力を持っていた者でなければ作れなかった。

だから、なんとか諦めようと心に蓋をしていた想いが、実際に向こうに帰れる可能性を見せられて大きく揺さぶられる。


ニシノが向こう側の景色に向かって手を伸ばす。

反対にタカヒロはその場から足を退いた。

タカヒロはこの世界で大事な人や友人となった人たちのことを思い出したからだった。


ニシノは手を伸ばしたまま、突然力を失ったように倒れた。

持っていた剣が落ち拍子に地面を少しだけ削る。

倒れたニシノは先ほどの草木のように細くなっていって、衣服だけ残して消えた。


どう見ても、あちらの世界に帰れたとは思えない。

生命力のすべてを吸い取られて消滅したようにしか見えなかった。

怖気が走るほどのものだったのだ。ロザリオっぽいものがあった程度でなんとかできるわけがなかった。

ニシノがそんなことを分からなかったとすれば、帰ることに浮かれて能力を見ていなかったのか、力を失っていたかだろう。

だが、タカヒロはこのいかにもなタイミングで力を失ったとしか思えなかった。


「『神の玩具』って、悪い意味にしか思えないよね。誰が言い出したのか知らないけど、その人は良いセンスしてるよ」


軽口を言いつつ、目の前の事象の様子を見ながらタカヒロはゆっくりと下がる。

あれがまだまだ広がるようなら、急いで戻ってあちこちに知らせなければいけない。

止まるのか分からないが、範囲から逃げないと死んでしまう。

仮に逃げ切れたとしても生命力を吸い取っているなら、やられた土地はもう人が住めないものになるだろう。

どちらにせよ、逃げるなら本気で、この大陸からも逃げることも考え始める。


タカヒロが本格的にどうしようかと思案していたら、黒い輪が突然消滅した。

じわりじわりと広がっていた生命力を吸い取っていた事象も収まったように見える。

不毛な砂地かのような地面とそうでない部分がきっちりと分れていた。


タカヒロは石の魔法を放ってみる。

さすがに壊したらヤバそうだと、大きさや勢いなど遥かに落としたものだ。

すると、先ほどのように消滅することもなく壺に当たった。

魔法が消えなかったことから事象が収まったと判断し、タカヒロは心底安堵の息を吐いた。


怪しげな道具類に触りたくはなかったが、ローブの男のこともあって放置はできない。

また、ニシノが死んだのだという証拠の持ち帰りも必要だった。


「最後の最後に仕事をしたってわけか……」


タカヒロはげんなりしながらも近づいていき、ニシノの剣を拾ったときに言葉をこぼした。

ニシノの剣が落ちた時、地面に描かれていた文様を少し削っていたのだ。

土の上に描いていたからでしかないが、その結果、文様が正しく意味をなさなくなり収まったと思われる。

ニシノが一人で騒ぎ、一人で消滅しただけになったのだ。


「帰ったら買い替えよう……」


壺などを外套でくるんで抱え、道を引き返す。


「これでいいんだ……。はぁ、帰ったらお酒を飲もう」


あちらの世界に後ろ髪を引かれるが、タカヒロはもうこの世界で生きる住人だった。

独り言ちるタカヒロの足取りは、決して重いものではなくなっていた。


ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

思い立ったときに書いているので、今後も書く……かもしれません。なので、完結にはしていません。


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