後の話:新たな騒動の発芽1
「さぁて、ちょうどいい仕事があればいいんだがなぁ」
「都合のいい仕事なんて、そうそうありませんよ。それでも、手間じゃないのが残っているといいですね」
のんびりと冒険者が仕事を探しに行くには少し遅い時間を冒険者ギルドに向かって歩くレッドとリベルテ。
王都での騒乱とキストとの戦争の後、王都もだいぶ落ち着きを取り戻し、平穏な日を送れるようになっていた。
これまでの地道な稼ぎと先の大きな事件に参加して乗り越えたことで、二人は冒険者としては裕福と言える状態になっており、以前ほどに仕事に精を出す必要はなくなっている。
と言っても仕事をしないままでいられるほどに余裕があるわけではない。
ただ、冒険者と言うのが元々、定職に着けなかった人たちの受け皿的な仕事であるため、余裕のある者は他の者の仕事を取らないように配慮も必要なのである。
「しかし、あれからあいつはどうなったのやら……」
レッドがふと空を見やる。
タカヒロが連れてきた新たな『神の玩具』。
力自体はそこまでとは思えなかったが異質な力を持っているのは確かであったし、何より大したことがないと思えるのは今のうちかもしれないという思いがある。
『神の玩具』というのはこの世界に過ぎた力をもった、ここではない世界から来た人を指す。
その過ぎた力でもって良きにつけ悪しきにつけ大きな影響をもたらしてきた。
先の騒乱にもキストとの戦闘にもそれぞれ関わっているのだから、レッドたちこちらの世界の人間にとってその存在の多くは迷惑でしかない。
力をもっているからこそその力を奮わず、この世界に溶け込むようにしてくれればいいのだが、ほとんどの者が何かをしようとするのである。
シアロソ帝国やキスト聖国のように国を興したり、この世界の国々に影響を及ぼすほどの商人になったり、騒乱を起こしたりと大ごとばかりである。
タカヒロやマイもその力は大きく、タカヒロの力なら国を亡ぼすことも難しくはなかったと思われるほどであったのだ。
そうならなかったのは二人の性格が他に比べればまだこの世界に馴染もうとする大人締めな性格であったことと、『神の玩具』と呼ばれる理由があるからである。
『神の玩具』と呼ばれる者たちは過ぎた力を持っているが、その力をある日突然に失うのである。
明確なきっかけがあるかどうかは誰にもわかっていない。
ある日突然に、神から見捨てられたように力を失う。まるで飽きて捨てられた玩具のように。
その力を持っていたのは『神の玩具』たちだけであるし、失った後の『神の玩具』たちはそれまでの行動の反動で命を落としているからである。
タカヒロもマイもすでに『神の玩具』としての力は失っており、レッドたちと行動をともにする中でなんとかこの世界に馴染めつつあるため、今も生活できていると言えるのかもしれない。
そんな『神の玩具』と呼ばれる人間がまた王都に姿を現したのだから、レッドが気にするのも当然であった。
リベルテはレッドから話を聞いてはいるものの、こういった物事は実際に自分で確認しないことには正しく判断できないと考えから先入観は持たないようにしている。
レッドたちが冒険者ギルドへ入ると、何やら少し騒がしい。
問題が起きたという種類の騒ぎではないため、レッドたちは職員のエレーナに声をかける。
「活気があるのとは違う騒がしさがあるんだが、なんかあたのか?」
「レッドさん! リベルテさんも! ……あぁ。それは最近、冒険者になった方が腕試しをしてるんですよ
レッドたちの姿を見て笑顔で答えてくれるエレーナ。
長らく働いてきたレッドたちへの信頼があった。
「折角ですから、私たちも少しのぞかせてもらいましょう」
「……あぁ、そうだな」
流れから腕試しをしているのがだれかを察し、リベルテが実際の程を確認したいと言い出す。
『神の玩具』相手であるだけにレッドとしても否はないのだが、多くの『神の玩具』が抱えているものに気が乗らないのだ。
『神の玩具』と呼ばれるものの多くは、その過ぎた力や違う世界の考え方から率先して何かをやろうとするのだが、それとともにあるのは「どうにもこの世界に生きている人たちをヒトと見ていない」ようであること。
人を駒や人形のように見ているように感じされるのだ。
ハーバーランドで初めて会った時のユーセーしかり。頬に傷のある男しかり。魔道具を作ったハヤトしかり。オルグラント城内に不和をもたらしキスト聖国に逃げたアンリしかり。
そして今また新たに現れた『神の玩具』であるニシノと言うと男も。
ギルド敷地内にある広場、訓練場と呼ばれているところに出れば冒険者たちが集まっている。
生活費に余念がない物は依頼へと向かっているが、1日程度なら問題ない者などが娯楽を兼ねて集まっているのだ。
新人冒険者や腕に自信のない者が訓練をしているだけであれば集まりはしないのだが、手合わせであれば話が変わり、どっちが勝つだとかどこまでやるのかなどで盛り上がるのである。
「あ。ども」
レッドが周囲を見渡すとちゃっかりと椅子を用意して座りながら眺めているタカヒロの姿があり、レッドはなんともやるせない息を吐く。
「お前が要るってことは、やっぱりか」
「……そうなんですよ。僕だって仕事があるっていうのに」
「その割にはずいぶんとくつろいでるじゃないか」
タカヒロは果実水を片手に持ち、あまつさえ焼き菓子も持っていたりしている。
完全に観戦客といった様相にレッドが呆れた目を向けるが、開き直っているのかタカヒロはどこ吹く風だった。
ほどなくしてカンと高い音が鳴り、歓声があがる。
決着がついたらしいのだが、その結果にレッドは思わず目を見開いてしまう。
持っていた木剣を上げて立っているのがニシノで、座り込んでいるのが冒険者として中堅くらいにいる者で、モンスターの討伐にも参加してちゃんと成果を出している男だったのだ。
「これは……。レッド少し行ってきますので待っててください」
「あ、おい」
レッドが止める間もなくリベルテが輪の中にするりと入って行ってしまう。
レッドはただため息をつくしかなかった。
「どうだ! 他に俺の相手するやつはいるか!」
ニシノが挑発するが冒険者たちから前に出てこようとする者は出てこない。
冒険者と呼ばれているが未知への探検をするわけでもなく、モンスターを討伐して回る退治屋でもない。
職にあぶれた者たちばかりであるから腕に自信のない者が多く、万が一にも怪我をすれば怪我と生活苦に苦しむ可能性を考えれば試合してみようと思うものは少ない。
ましてや勝ったところで得るものはないのだ。
娯楽として見ていただけでしかないのである。
だがその人混みを抜けて一人の女性が出てきて、少し短めの木剣をかまえる。
「あ? 次は女かよ。手加減はしねぇぞ」
「ええ、それでお願いします」
「俺はお前らよりステータスがかなり高いんだ。後悔するなよ」
もちろん出てきたのはリベルテであり、女性相手に凄んで見せるニシノだったが軽くあしらわれたことに、サッと構えてやる気を漲らせる。
(ステータスとは……後でタカヒロさんに問いただしましょう。おそらく何らかの力のことだと思いますが……)
軽くレッドから話を聞いているが、聞いただけではわからない力。
リベルテはニシノの力がどれほどのものか確認するために出てきたのである。
「おらっ!」
ニシノが一気に距離を詰めて右手に持つ木剣を振る。
リベルテはほんの少し予想より早い動きに驚きながらも、同じく右手で持っていた木剣で受け流し、左手に持つ木剣で突きを放つ。
「うおっ」
ニシノは大慌てで距離を取って躱す。
「おばさんだからと舐めてたけど、少しはやるじゃん」
その瞬間、分かる者には空気が少しひんやりとしたのが感じられただろう。
レッドは額を手で覆い、タカヒロは背筋を伸ばして座り直し、観戦していた冒険者の中から数名はそっと自分の受けた依頼に向かいだした。
そんなものを感じられなかったニシノは構えなおすと、リベルテに向かって突進する。
本気を出したのか、先ほどまでより動きが早く他の冒険者であれば決まっていただろう。
だが、相手はリベルテである。
ニシノの動きを見切ったリベルテは身体を横ずらしてニシノの突進を躱し、ニシノの足を払う。
足元への注意が立ちていなかったニシノはあっさりと態勢を崩すことになり、リベルテはさらに追い打ちをかける。
倒れていくニシノの背中にかかと落としを決める。
といっても流石にこれが銭湯ではなく試合と言うことはちゃんと頭にあるため、背中を上から足で押したと言った方が近い。
ただ勢いをつけさせられた状態で地面に倒れさせられたニシノとしてはたまったものではない。
うめきながらも起きようとするが首のすぐ横に木剣が刺さり、動きを止める。
リベルテからの無言の止めだった。
周りから「わぁっ」と歓声が上がる。
リベルテが勝ったからではなく、リベルテ相手に善戦したニシノを称えるものだったのだが、当のニシノは不満顔であり、「くそっ! 俺はまだまだ強くなる! 覚えてろっ!!」
ニシノはそういうや否やギルドを飛び出していく。
「……ふぅ」
「お疲れ。しかし……タカヒロ。あいつ、数日前より急に強くなってるようだが、何があった?」
あきらかにレッドが相手した時より強くなっていた。
鍛錬を積んで強くなるというのはわかるのだが、それにしても日にちが経っていなさすぎる。
体の動きが良くなるなんて言うのは数日程度で変わるものではありえないのだ。
一応、ニシノの監視者になっているタカヒロなら何か知っているだろうというレッドの視線に、タカヒロがそっと視線を逸らすがそれで許してもらえるわけがない。
「怒らないから、言ってみろ」
「それ確実に怒る人のセリフ……」
すでにタカヒロの肩をつかんでいるレッドの手に力が入っており、逃がす気はない明言している。
また、下手にしらばっくれたりごまかそうとすれば、肩をつかんでいる手に力が込められていくのは間違いないだろう。
「ぼ、僕も仕事が忙しくてあいつのことをずっと監視なんてしてられないんですよ。ここ大事ですから。僕、忙しい。オーケー?」
大事な前提をしっかりとタカヒロが述べるが、レッドは目で続きを促す。
「どうやら、魔物を倒せば強くなれるってことで、依頼もないのに森に行ってなんかいろいろと倒してきたらしいです。もちろん、依頼があったわけじゃないから報酬なんて出ないし、買取もしてくれないってんで暴れてギルザークさんにのされたそうですが」
「冒険者ギルドでも買取はしてるが、販路ってほどのものはないし、加工できる奴もいねぇからなぁ。限度があることくらいわかるだろうに」
「そういう人たちが、物が欲しいけれど人手がないということで依頼を出すわけですから」
職にあぶれてしまった者たちの受け皿であるのに、そこから独自に多大な利益を上げられる環境などあるわけがない。
商店であれば何時でも売れるように在庫にすれば良いと思うかもしれないが、無駄に仕入れをする商人などいるはずがなく、欲しい時には依頼を出せばいい。
在庫は抱え過ぎても商売するものにとって管理に困ってしまうのだ。
大量にあれば者がダブついてしまうために値を下げなくてはいけなくなり、肉などは当然ながら傷んでしまう前になんとかしなければいけない。
事前に売り込み先を見つけておき、交渉しておくでもしない限り、大量の買い取りなどしてくれるところなどないのである。
「……まぁ、戦いを経験したから強くなったということなんだろうが、それにしても向上しすぎだな」
「それがたぶん、ステータスっていうことなんだと思いますよ」
レッドがニシノが急激に力をつけた理由になんとなくの理解を示す。
相変わらず『神の玩具』の力というのは普通の生活の埒外にあることに、タカヒロとともに苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……あの人はこれまでにどれほど狩ってきたんでしょうか。先ほどの様子だとこれからまた狩ってきそうなので……森が危ないかもしれませんね」
リベルテの指摘にレッドがハッとする。
魔物といってもあちこちに生息しているわけではなく、人の生活圏とはちゃんとわかれているし、村や町を作るときに分けている。
そんな王都の近くで魔物に遭うとなれば森の中くらいであり、その森は魔物たちの食う食われるで成り立っている。
そこに一気にある種の魔物だけ倒してしまえば、それを餌としている魔物は餌を失い、それに餌とされていた魔物は敵が居なくなる。
どちらもこれまでの均衡が崩れることにより、他に餌を求めることになるのである。
レッドとリベルテがギルドマスターのもとへと向かいだす。
残ったタカヒロはレッドたちに後を任せてのんびりしようと、持ってきていた果実水を飲もうとしたところで、戻ってきたレッドに強制的に連れていかれるのであった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。