表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

前の話:聖女と覇王と7

「この争いを一気に終わらせる! 相手は連合軍だが、その奥の聖国も倒さねばならない。苦しく厳しいものになるが、立ち止まるわけにはいかない。明日の俺たちの世界のために! かかれぇっ!!」


アキラの有無を言わせない迫力が籠った号令に、背中を押されたアキラたちの軍が一気に攻勢を仕掛ける。

まずはアキラたちから見て手前に領地を構える連合軍が相手。

それを破ったのち、勢いをかってさらに奥で控えているキスト聖国にも仕掛けるという苛烈な戦いだった。

さすがに乱暴すぎる内容であるのだが、アキラの気迫にライアンすら異論の声を出せず、今こうして戦端が開かれることとなっている。


連合軍はここにきて、アキラたちの軍が本気で攻めてくるとは思っていなかった。

そのため、アキラたちの軍の勢いとアキラの力によって強化された兵士によって一方的に蹴散らされていた。


「最初からこうしていればよかったのかも、なっ!」

「勢いに乗っている今のうちだけだ。この後のキストまで持つかどうか」


珍しくアキラの近くから外されたライアンが率いている部隊の士長と声を掛けながら、敵を切り倒していく。

不安視されていたほどのことはなく、このままいけば連合軍は打ち倒せそうな勢いなのだが、ライアンにはどうにも気がかりが残り続けていた。

ライアンは一瞬だけ視線を向ける。

その先には兵を率いて突撃しているアキラがいた。


連合軍との戦いであるが、これまでは戦ったら命を落とすだろう兵たちを思って仕掛けなかっただけである。

アキラの力もあり、動いてしまえば連合軍だけならば、今この通り恐れることはなかった。

アキラたちが恐れていたのは、両得狙いでキストが参戦し、戦場が混沌とすることだったのだ。


だが、今回はそれすらも飲み込んだうえでの戦争。

覚悟を決めているアキラ軍は、アキラの力だけに寄らず、意気も高く連合軍を圧倒していく。

しかし、上手くいっている時ほど落とし穴というのは現れやすいものである。


アキラたちから見て連合軍の奥に街を持っているキストは、濡れ手に粟とばかりに連合軍を後ろから叩くと想定していた。

しかし、キストは連合軍を迂回し、アキラたちの軍に襲い掛かってきたのであった。


「キストのやつら!」

「貴族からの独立を言ってやがったくせに!!」


キストの攻勢にアキラたちの兵は怒り、アキラたちの軍は正面の連合軍ではなく、側面からきたキストにも向かっていく。

ここで連合軍が態勢を立て直して攻めかかってきたなら、アキラたちの軍は大きな被害を受けるはずだった。

しかしここで連合軍はキストにとって想定外の行動をとる。

態勢の立て直しを図るために、その場から後退し、アキラ軍とキストを警戒しながらの休息を取り始めたのである。

これはキストと手を結んだとは言え、連合軍側は一切キスト軍を信用していないという現れだった。

そんな想定と違う行動をされれば、キストが連合軍に非難と不満を向けるのは当然である。

だが、確実にとどめを刺さない限り蘇って攻め寄せるという気味の悪い戦い方をするキストを、貴族たちが信用しようはずなどあり得ない。

キストだってアキラたちと同じく、貴族が治めていた街を奪い取っているのだから当然の警戒である。

政治などわかっていない元村人たちが自称した国など、貴族たちにとって簡単に手玉に取れたということであった。


「くそっ! これだから貴族なんてやつらはっ!!」

「どうしますか? このままでは、我々は貴族どものために壁になっているにすぎません。第一、相手は我々と同じく貴族と戦っていた者たちなのです。戦っている者たちの士気も……」


ケーニッヒは苛立ちを隠せず、組んでいる腕を指先でトントンと叩き続ける。

ケーニッヒの指示を伺ってきたのは、ともに立ち上がったときからの村人の一人であるが、軍事も外交もわかるはずもない。

自身で何も考えず、トップに立つケーニッヒにすべての判断を求めてくるのは仕方ないのだが、ケーニッヒからすればいい加減うざったくなってきていた。

それに、彼はケーニッヒの考えも何も分かっていなかった。


(……サーラを連れて行こうとしたやつの国なんだ。こっちにどれだけ敵意を持っているかわからないだろうが!)


ケーニッヒの内心の思いは口に出せるわけがない。

つい最近、国を立ち上げるまで頼り切っていたサーラが力を失ってしまい、内部の取りまとめのためにサーラを捨てたばかりなのだ。

他から見ればサーラに対して酷い扱いだとしか言いようがないが、癒しの力に頼り切って成り立っているキストにとって、癒しの力が失われたことが広まってしまえば、一気に瓦解しかねない問題である。

そのため、サーラを療養として寒村に送り、代替わりとして新たな聖女を擁立させた。

そこまでは国として、上に立つものとすればなんとか体面を保つための処置だったのだが、サーラをケーニッヒは放置できなかった。

キストと言う国を建てたときから、サーラはケーニッヒに意見をすることが増えていて、極めつけはあのアキラと会ってしまったことによる。

いずれ、アキラのもとに逃げ出すのではないかと考えてしまったのである。

力のない、ただ年が嵩んだ女性だったのならケーニッヒも気にしなかっただろう。

しかし、サーラを聖女として祭り上げてきたのはケーニッヒたちだ。

その彼女がキストから離れるなど、どう考えてもデメリットしか浮かばなかったのだ。


そして、ある寒村で家が一軒焼失した。

そこに誰が住んでいたかなど誰も噂しない。

そして、キストでは聖女とは新たに立った女性を指すようになっている。

この状態を守るためには、貴族たちと手を結んでも何かに気づいてしまいかねないアキラたちが邪魔だったのである。


アキラたちの軍は激しくキスト軍に攻め入る。

アキラたちと手段は違えども、志同じく貴族と戦っているものと思っていたのに、貴族と手を組んで攻撃してきたのだ。

裏切者、卑怯者と罵り、怒りがキストに向かっていた。

さらに今のアキラの軍はアキラの持つ力の影響を受けている。

その全身に滾る力が暴れどころを探しているほどであったのだ。


「押せ! 押せぇ!!」

「キストなんてやつら、ぶっ潰せ!!」


聖女が代替わりしたこと自体に何かを言うものは居なかったが、治療できる人数が減ったり、治療の度合いが落ちたことは、キスト内部に広まっていた。

特別な力を持っていた者ではなく、その教えを受けて治癒の力を身に着けた者。

力そのもののあり様が異なるのだから、当然ながら力の差が違ってしまうのは仕方がない。

それでも治療してもらえるありがたみから批判の声を上げなかっただけで、治らないかもしれないという思いを多くの者が持ってしまっていた。

そんな思いが広まっていること、元々の練度や士気の違いもあり、キスト軍はどんどんと押されていく。

前線に立つ羽目になった者たちが逃げ出しはじめるのも時間の問題となっていた。

何より、キストのトップであるケーニッヒが我先にと逃げ出していたのである。


「所詮は異形の力で成り上がった村人よな」

「しかし、噂は本当なのかもしれませんな。あのような化け物どもは先に潰しておいた方が良いだろう」


その動きを悠然と眺めていた連合軍は、逃げ始めたキスト軍に対して攻撃を始める。

手を組んだはずの連合軍からも攻撃を受け、キスト軍は阿鼻叫喚の地獄と化していく。

その場で確実に命を絶たねば、また立ち上がってくるという戦いをしてきたがために、周囲から嫌悪され危険視されないはずがなかったのである。


この場に集まった3つの軍のうち、1つの軍が徹底的に叩かれる事態となる。

キストは治めていた街を外聞もなく放り出して逃げ出していく。

この場から徹底して追い散らされ逃げ出したキストは、この後、アクネシア王国の北部まで逃げ出す。

しかしただで終わらず、アクネシア王国の北部を癒しの力で奪い取り、占拠していくのである。


この場に残ったアキラの軍と貴族の連合軍が再度向かい合い、ぶつかり合う。

先ほどまでのように、アキラの持つ力によりアキラ軍が優勢と思われていたが、急激にアキラの軍が動きを鈍らせていく。


「……ここにきてかっ!」


アキラはそう吐き捨てる。

アキラは薄々と、自分が、自分たちが持っている力は失われていくことを感じ取っていた。

ただそれも時間制限だとか老化などではなく、どこか遠くで見ている者の一存で決められているように感じられていた。

今まで自分たちを覆っていた力が無くなった反動による身体の重さと疲労で、アキラ軍の兵たちが止まっていく。

こうなってしまえば、連合軍に一方的に狩られていくだけであった。


そこに流れを変えるべく突撃した部隊があった。

ライアンが率いる部隊である。

キストが側面から仕掛けてきた反対側に展開していたこと。

そして、貴族たちの連合軍が後ろに下がっていたことで十分に休息がとれ、ライアンの指示で連合軍の動きを警戒し続けていたから動けたのだ。


アキラを守るために突撃したライアンの部隊は真っ向から連合軍とぶつかるが、決して歩みを止めず押し進んでいく。

その強さに敵味方ともに賞賛と畏怖の念を向ける中、アキラだけは狼狽していた。


「ダメだ! 俺たちもライアンの後を続くんだ! 早くっ!!」


アキラが必死に檄を飛ばすが、アキラの力の恩恵が無くなった反動と疲労で兵たちは動けない。


「ダメだ、ライアン! あなたがそんな決意をする必要はどこにもないんだ!!」


アキラの悲痛な声はライアンたちには届かない。

アキラにだけはわかる。ライアンは死ぬつもりで突撃していた。

ただアキラを守って死ぬのではなく、アキラの邪魔をする者たちを道連れにしての突撃だった。

アキラは必死に周囲の兵士に指示を出すが、兵士たちが再度動けるようになるには時間が必要だった。


「くそっ!」


アキラは一人馬を走らせる。

持っているだろうはずの力が力を失われたのだから、アキラ一人が動いてもどうにもならないことはわかっていた。

それでも、セアラを失い、そして今またこの世界に来て一番長く居た仲間を、目の前で失うのは耐えられなかったのだ。

何かを考えての行動ではなかったが、それは上に立つものとしては最良の動きだった。

トップに立つものが動けば、それに従う者たちも後を追う。

アキラを死なせてはいけないと、兵士たちも疲れた体に鞭を打って駆け始めたのである。

動き出してさえしてしまえば、軍という塊は破壊力を持つ。

ましてや、アキラのいる軍は通常ならざる力を持つとされていた。

普通の兵であっても、鍛え抜かれた精鋭並みの力をもつのだ。


死ぬ気で攻めかかってくる一団だけでも相手には厳しいのに、アキラが率いる精鋭とされる軍が目の前に迫ったことで連合軍は一気に瓦解する。

貴族たちを命を張ってまで守ろうとする兵士はいなかったのである。


アキラがライアンのところにたどり着いた時には、ライアンは立っているのが傍目にも信じられない状態だった。

全身に傷を負い、それでも立って剣を奮っていた。


「ライアン!」


アキラが声をかけるとそれが引き金になったのか、アキラに振り返ってライアンはそのまま地面に倒れる。

アキラはライアンのもとに馬から飛び降りて駆け寄る。


「アキラ、か……。すまねぇ。気に、することは……、ねぇぞ。お前は、自由、に生きろ」


アキラが探している女性がキスト聖国で亡くなっていることを、アキラが知った数日後にライアンも知っていた。

そして、そのことに一番苦悩していたのもライアンであった。


アキラを村のトップに祭り上げなければ、もっと早くに女性と会えていたかもしれない。

そうしたら街を落とすほどの軍のトップにも就かず、その女性とどこかで暮らせていたかもしれない。

そうならなかった可能性も当然あるのだが、この世界と関係のなかったアキラに重荷を背負わせて動けなくしてしまうきっかけを作ってしまったのは、自分だと自責の念が絶えなかったのだ。

そして、アキラの足かせになっているのが自分だと気付いたライアンは、連合軍との戦いにおいて命を賭すことを決めていた故の行動だった。


手の中で冷えていくライアンの体温。

遠くで看取ることも出来なかった恋人の死。

アキラは心が冷えていくのがわかったが、それに抗うことは出来なかったし、抗おうとする気も起きなかった。


後日、貴族たちの軍はアキラたちの軍に敗れ、この地はアキラたちが制することとなった。

しかし、アキラたちの軍が戦うことは無くならなかった。

トップに立つアキラに権力を集約させる体制を作り、帝国を名乗り、周囲の国へと戦争を仕掛けだしたのである。

戦争によって人が亡くなり、国も疲弊はするが、アキラは内政にも力を入れて戦える環境も整えるようにしていた。

内外に遺憾なく突き進むアキラに、帝国の人々は従っていく。

強いリーダーには従っていくものである。


「あれからもう5年も経つのに、領土は広がらないな」


窓から訓練に励んでいる一団を遠目に見ながら、アキラが独り言ちる。

アキラが持っていた力が今もあれば、帝国はもっとその領土を広げられていたはずであるが、もうあの力が現れることはなくなっていた。

帝国は周辺に兵を出し、領土を確立させてその支配圏を広げている。

当然ならが周囲の国が反抗しないわけがなく、ナダ王国はグーリンデ王国の支援を受けて頑強に抵抗し続けている。

兵個々の強さもあって攻め切れなく、そちらばかりに傾注すると反対側にあるアクネシア王国が表から裏からと横やりを入てくるようになったのである。


アキラとしては、正面から戦うナダ・グーリンデよりアクネシアを潰したいのだが、一番近くにある国を放置して遠くを攻めることなどできるはずもなく、鬱憤を籠めてナダ王国とぶつかるというのが繰り返されている状況になっていた。


今ではあまり人が近寄らなくなっているアキラの執務室に一人の青年が入ってくる。


「きたか。楽にしてくれ」


アキラにそう声を掛けらても、周囲を武威をもって戦う皇帝の前で、言葉通りに受け取れる者はいない。

それを分かっているが故に、少し寂しそうにアキラは小さく笑う。


「この世界はおかしいんだ。この世界に居なくていい人間が、何時でも取り上げられる玩具を持たされて放り出される。こんな世界は変えなきゃいけない」


唐突におかしな話をし始められ、青年は眉を顰めそうになるが必死に自制していたが、次の言葉でアキラの顔を凝視してしまう。


「彼女も、俺もそういう人間だ」


青年は彼女と言う言葉がだれを指しているかわかっていた。

青年はセアラの最後を教えてくれた少年だった。


「俺たちはこの世界に過ぎた力を持たされてしまった。過ぎた力に頼って溺れて……。そんなものは無いのが普通なのに、無くなったことに怨嗟をぶちまけてしまう」


アキラが両手に視線を移す。

持っていた何かを失ったような表情だった。


「……滑稽だよな。まるで神ってやつの玩具みたいだ。飽きたら捨てられる。いや、捨てる時が神にとって一番の楽しみ方なのかもしれないな」


アキラは自身の考えのもと、周囲を侵略し続けている。

アキラが持っていた力があれば成し遂げられると、思っていた部分は今でもあった。

だが、あの力はもう発揮されることは無く、この世界のこれまで通りの戦いが繰り返されている。

多くの犠牲を今もこれからも払いながら。

それでも、ここまでの道のりから、アキラは足を止めることは出来なくなっていた。


「俺はそろそろ死ぬと思う。この国はお前が持っていけ。彼女の最後を見たお前なら、この世界をどうしたらいいのか分かると思う。伝えたかったのはそれだけだ」


言うことだけ言ってアキラは青年を部屋から下げる。

そしてまた窓辺に立ち、空を見上げる。


「愚痴を言って、他愛のないことで笑って。そんな日常で良かったのにな……」


アキラが望んだ世界はどんな世界だったのか。

それを分かる人はもうどこにも居ない。


それからしばらくして、帝国の皇帝が戦いの最中で命を落とす。

皇帝が亡くなったことで一時的に帝国は縮小したが、戦いを辞めることはなかった。

ただ一つ、帝国に根付いた信念。

この世界はこの世界に住まうものが治め、神の玩具は不要である


帝国が攻め込む国には、過ぎた力をもった人間がいると言われている。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ