後の話:レッドとリベルテの結婚
新しく別の物語を書こうと思ってはいるものの、日だけが過ぎていて一向に進まずまとまらず。
こちらは最初に書きたいと思って書いた物語のためか、なんかこう浮かんでくるんですけど……。
複数の物語を書いている方々は本当に凄いです。
不定期にちらほら書ければと思ってますので、よろしくお願いします。
あ、誤字脱字のご指摘はこの旅もよろしくお願いします。
オルグラント王国において、平民たちの結婚はあっさりとしたものである。
王や貴族たちの結婚ならばその権威を誇示する意味を踏まえてお披露目など行うが、そんなことを平民たちがやれるほどの時間もお金もありはしないし、そんな意味もない。
平民の結婚と言うのは、城の一角にある税だなんだと手続きを行う場所で所定の紙を書いて出すだけで終わらせられるのだ。
「せっかくの二人の結婚なのに味気ない!」
マイが不満を露にレッドとリベルテに詰め寄るが、そんなことを言われてもレッドもリベルテも苦笑いするしかない。
事の発端はマイがリベルテに「ドレスはどうするの?」と聞いたことから始まり、オルグラント王国における平民の結婚の流れを説明した結果、マイの不満がぶつけられることとなったのだ。
「まぁ、リベルテに新しい服を……ってのはいいんだが、将来も考えたらそんなに金を使えないんだよ。明日から貯えがなくて極貧生活、なんてさすがにヤバイだろ?」
「そうかもしれませんけどぉ……」
レッドがこれまでどおりの生活を続けていくためにも、結婚だからと派手に金を使えるものじゃないと説明するが、マイの不満は収まらない。
現実はわかっているが、だからと簡単に諦められないらしい。
「マイさん。……たしかに、結婚をするということはとても大事な区切りです。特別にしたいという思いは、私も無いわけではありません。手続きは紙を出して終わりですが、それだけじゃないんです」
リベルテが意味深に笑顔を浮かべてレッドに目を向ける。
レッドは思い起こすような仕草をし、しばらくして少しだけ嫌そうな表情を浮かべる。
「え? 何か面白いことでもあるんですか?」
それを少し離れて見ていたタカヒロが、ここぞとばかりに話題に入ってくる。
レッドが困った仕草を見せたのでいじりたくなったようであるが、一方的にいじれるわけがない。
案の定、レッドから頭を脇に抱え込まれ、拳でぐりぐりされるという制裁を受ける。
「なんで、おまえは、そう、人が困ってると、楽しそうに、してくるんだよ」
「ちょ、痛い。痛いですって。ごめんさい。ごめんなさい。つい楽しそうで……」
先のキスト聖国との戦いで死線を一緒にくぐってきたことで、レッドたちの仲はより親密になっている。
ともに冒険者の仕事を受けて戦いもしてきたが、命がけの戦いを一緒に潜り抜けてきたのだから、互いへの信頼は疑うべくも無い。
もうレッドたちの間には『神の玩具』などというフィルターは無くなっていた。
「何かあるんですか?」
タカヒロとレッドがじゃれ合っているのを尻目に、マイはリベルテに続きを促す。
「ふふ……。私たち平民の結婚は夜が本番なんですよ。広い場所を借り切って、知り合い一同が集まって飲んで食べて騒ぐんです。これまでつながって来た縁があって二人が結ばれたのだから、縁あった人たちで祝う、という事ですね」
「そういうのはあるんだ!」
マイがパンと手を打って味気が無さ過ぎる内容で終わらないことに喜びを見せるが、レッドが嫌そうな顔になった理由が分からず、気になってレッドに目を向ける。
マイの視線に気づいたレッドはばつが悪そうに頭を掻くと、その隙にタカヒロはさっと離れて椅子に座る。
「あ~……。皆で祝うってのはあるが、変な気を起こしたりしないように皆で見張るぞ、って意味合いでもあるんだよ」
レッドの言葉にマイとタカヒロは「あぁ」とわかったようなわからないような不揃いな声を漏らす。
あっさりした手続きであっても、手続きを行って間もないうちに破局したとなったら体裁が悪すぎる。
羽目を外して結婚したばかりなのに別の相手と……なんて話だったら目も当てられない。
「それだけじゃないんですよね?」
マイたちがなんとか納得して終わりかけた話にリベルテが再び水を向ける。
「え? まだ理由あるんですか?」
レッドがため息をひとつこぼすとリベルテが口元に手を寄せて小さく笑う。
「私たちのつないできた縁に困ってるのですよね? ギルザークさんは絶対にレッドに絡んできますね」
「あのおっさん、絶対しつこく絡んでくるだろうな……」
「あ~」
今度こそ、マイとタカヒロの声がそろって納得した声を出す。
納得しすぎる光景で、お酒を片手に滾々とレッドの昔話で絡んでくる姿が想像できてしまったのだ。
端から見ている分には楽しいかもしれないが、絡まれている方は忘れたい昔の話や終わった話を蒸し返されるのは楽しくない。
相手の恥ずかしい過去の話は聞いてみたくはあるが、知らない話ばかりだから間に入れないし、下手に会話に加わろうものなら、レッドに生贄よろしく身代わりにされかねないと、タカヒロはレッドの近くには寄らないでおこうと心に決める。
だがレッドはレッドでタカヒロを巻き込む気、いや、盾にしようと画策し始めていて、当日の夜の攻防が見ものそうである。
紙を出したら終わる結婚であるが、周りが祝ってくれるイベントも混みではあるため、さっと行って出して終えるわけにはいかないのがこの手の手間な部分である。
いついつに結婚の紙を提出してくるという根回しして、それから城に向かわなくてはいけないのだ。
レッドとリベルテはそれぞれ縁のある人たちに挨拶回りをすることになり、普段の冒険者の仕事をこなすより忙しい日々が過ぎていく。
もちろん、二人から話を聞いた人たちも祝いの言葉を二人に伝えるだけでなく、その日の夜に向けての準備を始めることとなり、にわかに平民区域は賑やかさを増していく。
それはまさに二人がつないできた縁の広さを示しているものであった。
「レッドさん、リベルテさん。おめでとうございます!」
豊穣祭かと思うくらいに人で溢れているのはレッドたち行き着けの酒場である。
その中でギルマスを押しとどめて、冒険者ギルド職員のエレーナが音頭を取っていた。
それというのも、ギルマスであるギルザークはすでに酒を片手に陽気に周囲に絡みだしていたからである。
「若いころから二人には目をかけていた」だの「いつ結婚するかやきもきしてた」などと同じ話を繰り返していたため、ギルザークに音頭など取らせることなど出来なかったのが実際であった。
「レッドさん。おめでとうございます」
場が酔っ払いで混乱する前にと、先陣を切って動いてきたのはレリックたちであった。
彼らは冒険者になってからそう年月は経っていないが、本当に困っている人たちの依頼を優先に着実にこなしていく安定感から、王都の人々からの信頼は高いものになっていた。
これはもちろん、レリックたちの意志と仕事をこなしてきた彼らの実力によるものであるのだが、レリックたちにとってはレッドたちの教えのおかげと感じている部分が強くある。
徹底的にリベルテに鼻を折られたことが、慢心することなく仕事を続けられる今につながっていると思っているのだ。
だから、レッドたちのことはちゃんと祝っているのだが、「レッドさん。リベルテさんを怒らせたら駄目ですよ」とか「二人が喧嘩したら、迷うことなくリベルテさんに着きますから」とか「本当に、本当にリベルテさんのことお願いしますね」などと声をかけられるレッドは、乾いた笑顔を貼り付けるしかない。
そんなレッドの横でリベルテは、他の人たちからの挨拶を受けていた。
「レッドさん、リベルテさん。おめでとうございます」
そう言って小さな花束を渡してくれたのは孤児院の子供たちであった。
もちろん、こんな酒場に子供たちだけのはずがなく、引率としてエルナがついている。
子どもたちから祝ってもらえるだけでも嬉しいが、この小さな花束のように心のこもったものであれば、より一層である。
リベルテは満面の笑顔を子供たちに返す。
その笑顔にあちこちで「くそう……。わかっていた、わかっていたが、それでも……」「わかるぞ! 今日は飲もう!」とひそかにリベルテに想いを寄せていたらしい者たちが酒を呷っていく。
ごくごく普通にリベルテは他の男性たちから人気が高かったのである。
誰も手を出そうとしなかったのは、常にレッドと一緒にいたことに加え、リベルテからのレッドへの想いが周りから見てわかってしまうものだったからである。
「あー、まぁなんだ。盛り上がっているな」
周囲の喧騒を避けながら現れたのは、タカヒロの上司であるカーマインであった。
城勤めの魔法使いで、魔法研究の筆頭職員である。
普段このような場所にくることが無い相手であるだけに、まだちゃんと意識のある者たちは自然とカーマインから距離を空けている。
下手に城勤めの人間に関わって目をつけられたり、面倒ごとに関わりたくないと言う防衛的な反応である。
だが、レッドにとってはそんなことは気にもしない相手である。
と言うのも、カーマインは世話になっていたミルドレイの手の者なのだ。
「代理で来てくれた、ってことでいいのか?」
レッドが問いかけるとカーマインは小さく頷き、後ろについてきていた男性に指示を出す。
リベルテの前に細かく綺麗な細工が施されたガラス瓶が差し出され、リベルテは戸惑いながらそれを受け取る。
ガラス瓶の中には干しレーズンを筆頭に干した果実がぎっしりと入っていた。
これらはリベルテが好きなものである。
「長く保存が効くものの方が良いだろう、と」
リベルテはカーマインの言葉を聞きながら、小さく笑う。
干した果実以外にもリベルテが好む食べ物はあるのだが、ミルドレイにとってリベルテの好むものの印象は幼少の頃のままらしい。
「いや、それ、状態を保つ魔道具がしっかりつけられてますよね。その小ささってつい最近実用化になったばかりじゃ……」
タカヒロの言葉にぎょっとガラス瓶に目を向けるレッドとリベルテ。
以前に依頼で見たことはあるが、その時は一般的な荷運びに使う木箱につけられていて、リベルテが手に持っているガラス瓶にしたら倍は近い大きさだったのだ。
魔法については今もなお解明できていない事柄が多く、物に効果を定着させる紋様だとか文字を記載するだけでも、それなりの大きさが必要だとされている。
それがガラス瓶に収まる大きさに出来たとなれば凄まじい進歩であり、出来たばかりとなればまだ公にすることも憚られるようなものが手の中にあるとなれば、どうしたら良いのかわからなくなるのも当然である。
「やっぱりあの爺さんも暴走してたか……」
レッドは、ミルドレイがリベルテを可愛がっていることを知っている。
だからこそ、今日のような日は権力を如何なく使って暴走するだろうと考えていたが、引退したのだからもう少し自制すると思っていたのだ。
ミルドレイ本人ではないのでどうしようも無いのだが、レッドはカーマインにジト目を向けるが、カーマインは鉄面皮を崩さず、そっとレッドたちとの距離を今一歩つめる。
「……実はそれだけでは無いのです」
「え?」
このガラス瓶だけでも下手をすると今皆が飲み食いしてる金額以上の価値があるのに、まだ他があるのかとレッドたちは身構える。
「明日、そちらの家に手の者を送ります。そのうえで何時頃が都合がよいか教えてください。明日までに回答をいただけない場合、その翌日に動いてしまう可能性があります」
急な申し出に頭がついていけず、レッドもリベルテも反応できない。
「それって何か家に送るってことですか? それとも家自体を改築するとかですか?」
ここにおいてのほほんとしているマイが、レッドたちが反応できないのよそにおいて、カーマインから詳しい内容を聞こうとする。
マイは場の雰囲気に飲まれないで動けることが多いのだが、今日みたいにズバッと入ってくることは無い。
顔が少し赤くなっていることから、わりと飲んでいるらしかった。
カーマインは事の内容が内容のためか言いづらそうにするが、少しの逡巡の後、仕事と割り切ったのかより声を潜めるように口を開いた。
「お二人の部屋に外へ漏れる音を小さくする道具を設置します。理由は……言わなくても察してください」
始めは何だろうかと不思議がっていたが、カーマインの最後の言葉にリベルテは顔を赤くする。
つまり、そう言う時に使う道具なのだ。
「なんだって、そんなものを……」
レッドが搾り出すように声を漏らすが、それに答える言葉は無常だった。
「……さらに上から声がかかりまして」
リベルテは恥ずかしさからレッドにジト目を向けると同時にレッドは天井を仰いでいた。
「なんかすごいところから、ゴーサインが出たみたいですね……。たしかこれって、まだまだ詰めること多いって言われてるものでしたよねぇ。まったく音が漏れなくしすぎると何かがあったときに気づくこともできないとか、効果が発揮しているのかどうかわからないから不正に使われるんじゃないかとか」
「あぁ。そのため、外へ漏れる音を小さくするという所に抑えることになったのだ。そして起動している時は、外側につないだ明りが点灯するようにされた。まだ改良の余地はあるだろうが、今時点はこの道具が使われているかがわかること。そして万が一の際には気付けるように完全に音を遮断するということは止めることで作られることになったのだ」
「人が使う以上、完璧なものにはできないですから、そういう運用に持っていくしかないですよねぇ」
魔道具自体について話を始めるタカヒロとカーマイン。
当人たちを放っておいて、賑やかに騒ぐ時間が過ぎていく。
賑やかな時間もいつまでも続くわけではない。
夜も遅くなったからと帰る者たちも出始め、変える考えもなかった酔っ払いどもは床に寝転がっている。
そんな酒場を後ろに、嬉しくありがたいものではあるが、長い拘束の時を終えたレッドとリベルテは外に出る。
これから二人の家に帰るのだ。
「ふふ。賑やかでしたね。こんなにたくさんの人に祝ってもらえるなんてありがたいですね」
「……そうだな。だが、やりすぎなやつらが多すぎる。第一、また相手してくれ、なんて騎士団長様から手紙もらっても嬉しくねぇよ! てか誰が二度とやるかってんだ」
カーマインから受け取った手紙には、騎士団長であるベルセイスから祝いの言葉が綴られていただけでなく、レッドほど遣り合えた相手がいないらしく、また相手をしてほしいとの誘いが書かれていたのだ。
一冒険者に騎士団長から手紙が送られるなんて特別なことなのだが、もらって嬉しい内容でなければありがたみなんてどこにもない。
苦い顔を見せるレッドに、リベルテからそっと手が差し伸ばされる。
レッドはふっと微笑み、その手を握る。
二人は並んで夜道を歩いていく。
その夜空には多くの星と満月が浮かんでいた。
令和2年ももうすぐ終わりますね。
明るくない話ばかりでしたので、来年は良い話があるといいなぁ……。
来年は良い年になりますように!!