1. ここ、どこよ?
朝、いるも通りに目が覚めた。休日明けの今日は残念ながら会社に出勤しなければならない。まあ、会社といっても世間でいう大手企業会社とか中小企業会社とか、一般的に呼ばれている会社ではないんだけどね。ただ私たちが会社と呼んでいるだけだ。ともかく今からベッドを抜け出して、朝のシャワーを軽く浴びて身支度を整えて、簡単な朝食を食べて、車を走らせて、遅刻しないようにいそいそと出勤しなければならない。
でもまだ眠たい。なのでぎりぎりまで布団にくるまっていることにした。寝返りをうちながらかぶっている布団をまとめてぎゅっと抱きしめる。ふわふわで触り心地が何とも言えない至福のひと時。ふわふわを堪能しながら睡魔に任せて二度寝しようと意識を手放そうとして・・・・・・ちょっと待って。自宅にこんなふわふわな布団なんてあったっけ?あ、違った。自宅のように思っているホテルの一室だった。訂正訂正。で、こんな布団あったかな?うーんと・・・はい、ありませんね。残念ながら記憶にまったくございません。
覚えのない布団の手触りに気づき、手放そうとしていた意識が急速に戻ってくる。そして、ゆっくりと目を開けて私がいる場所の様子を探ってみた。
・・・・・どこだろう、ここ。まったく身に覚えのない場所なんだけど。えーっと、わかりやすく一言でいうとね、ヨーロッパ貴族のような部屋、になるのかな?
とりあえず危険はなさそうなので身体を起こしてみた。そして部屋を再度見回して改めて思う。
ここ、どこよ?
床は絨毯、壁にはいかにも高価そうな姿鏡と衣装棚、天井の照明はシャンデリアのような物。いや、ようなとつけているのはシャンデリアに見えるのに電球もロウソクもないからだよ。どうやって明かりをつけるんだろうね?
いやいや、そんな事は後回しだ。今はどうしてこんな所で寝ていたのということが重要だよ。誘拐?でもこんな貴族屋敷のような屋敷を持つ人でそんな事をする人はいない、はず・・・・。うーん、全然わからん。とりあえず最後の記憶はVRゲームをしていたことだんだけど、いつ寝たのか記憶がない。ログアウトした記憶がないから寝落ちしたって判断でいいのかな?あー、だめだ。こりゃだめだ。お手上げです。誰かに説明を求めましょう。
「お、お嬢様?」
震えた声が聞こえたので振り返れば、そこには瞳をうるうるさせた可愛らしいメイド様。12歳くらいの子かな?顔も可愛らしいから惚れる男子が多そうだね。
「お嬢様、お目覚めになられたのですね!」
はい?お嬢様?この子は何を言っているのでしょうか?
私は様付けされるような身分の女性ではないのですよ、とは言えませんね。ぽろぽろ泣き出した少女にそんな否定的なことは言い出せない。もしかしてそれを狙ってる?いやいや、ちょっと落ち着こうか私。こんな純粋こうな子を勝手に決めつけてはだめよ。
「本当に、本当に、お目覚めになられて、私・・・」
はわわわ、待って待って。めっちゃ泣いてるよ、どうしよう。私が咄嗟に思いついたのが、とりあえずベッドから降りて優しく手を握ってあげることだった。
「お嬢様。・・・・申し訳ありません、少し取り乱してしまいました」
全然少しどころじゃないけどね。にしてもこの子、12歳と思っていた少女は身長がもの凄く大きい。私がたっても腰辺りまでしか届かないなんて、もしかして巨人だったりして。いやいや、ファンタジーじゃあるまいしあり得ないって。ほら!現実に戻ってくるのよ、私!
「もう大丈夫ですよ、ありがとうございます」
よかった。泣くのも早いけど立ち直るのも早いのね。
「さあ、お嬢様。皆様を呼んで参りますのでベッドに戻りましょう」
皆様?他にも私みたいに誘拐紛いで拉致られた人がいるってことかな?
メイドさんに手を引かれベッドに戻る。手を引かれるなんて小さい頃以来だし、いい大人が子ども扱いなんてむず痒い。別に嫌ってわけじゃないんだけどね?だって大人になったら誰も手を引いてくれなしさ。
私はベッドに上がるとさっきまで座っていた位置に戻った。
「ではティナお嬢様、少しだけお待ちくださいませ」
綺麗に一礼してメイドさんが部屋を出ていくと、また部屋が静かになった。数秒後、私はいそいそとベッドを抜け出して姿鏡のめえに立つ。
「うそでしょ」
鏡に写っていたのは見慣れた顔の私ではなく、VRゲームでよく知っていた女の子の顔だった。部屋から出ていく前にメイドさんが私をティナと呼んでいたのに気づき、もしかしてと思って鏡の前に立ったけど、まさか予想が当たってしまうとはね。
鏡に写っている幼女の名前はティリーマリナ・フィルトハード。愛称はティナ。フィルトハード公爵家の次女であり、私が遊んでいたVRゲーム「君を想って」という乙女ゲームの悪役令嬢である。この乙女ゲームは恋愛ゲームとしては珍しく、戦闘関連のイベントもあったために、恋愛あり冒険ありのよくわからん恋愛シュミレーションゲームなのだ。なので乙女ゲームであるにも関わらずレベル上げしたり、冒険者として金銭を貯めるなどとシナリオのそれた行動をひたすらできる変てこなゲームである。私?もちろん戦闘メインですよ。乙女ゲームだから一度だけシナリオ通りにやってみたけどまったく面白くなかったので、戦闘ゲームに切り替えたって感じだね。まあ、私のことはおいといて。シナリオを簡単に説明すると、悪役令嬢ティナは学園で主人公を虐めて王子から婚約破棄され投獄される。そして主人公と王子はめでたく結婚しました、というテンプレなゲームなんだよね。捻りがなくて面白くないでしょ?だから戦闘ゲームの方に重点を置いちゃったんだよ。そのゲームをつくった運営は何がしたかったのかな?
「でもティナちゃん、かわいい」
私、たとえ悪役令嬢でもティナが好きだったんだよね。可愛い系お嬢様で何着せても似合う子なんだよ。羨ましいね。そんなティナちゃんの幼少期に私がなってしまった!これは喜んでいいのか、自分を責めればいいのかよくわからない。だってティナの運命を変えることが出来るとは思うんだけど、中身が私だから色々とやらかしてしまうと思うんだよね。可愛いものが大好きで我儘放題だったティナがそれでいいのか?・・・・・誰からも返事がないからいいのか。
メイドさんが帰ってくる前にいそいそとベッドに戻って乙女ゲームのティナを思い出していると、廊下が騒々しくなってきた。私がティナを幼少期であると気づいた今では、誘拐や拉致という発想は綺麗さっぱり消えているのでのんびりと待つ。たぶん騒がしく向かって来ているのってティナである私の家族だとおもうんだよね。
ノックの音が鳴り、男の声が扉の向こうから聞こえてくる。
『ティナ、私だ。入るよ』
男は声をかけて扉をゆっくりと開けて入ってきた。その後ろから更に3人とメイドや執事が続いて入ってくるので、すぐに広く感じた部屋が狭く感じられるようになってしまった。
「ああ、ティナ。よかった」
そう言って男が私を優しく抱きしめると小さな身体はすっぽりと腕の中に納まってしまう。この人はティナのお父様。名前はハーシェリック・フィルトハード。フィルトハード公爵家当主、そして王宮魔術師団の団長もしている凄い人なんだよ。イケメンで優しいお父様なの!
「ハーシェ、ティナを抱き締めたのなら今度は私の番よ」
お父様を愛称で呼んだのはティナのお母様であるローゼリーナ・フィルトハード公爵夫人。交代したお母様も私を包み込むように優しく抱きしめてくれたよ。あ、お母様が泣いてる。
「私の可愛い子。凄く心配していたのよ。本当によかったわ」
そう言ってぽろぽろと涙を流しているお母様。実はお母様のこういう姿ってもの凄く珍しいんだよね。お母様はこの国の元第2王女だから王族として恥ずかしくないように教育されていて、表情はどんな時でもにこにこしてるんだ。だからほら、お父様とか周りの使用人が驚いているじゃない?
そんなお母様を下から見上げて私は疑問に思った。どんな時でも完璧熟女なお母様が涙を流すほどティナちゃんは心配をかけるようなことをしたのか、と。
「お母様、僕にも変わってください。僕もティナを抱きしめたいです」
お母様を急かしているのはヴィルフリード兄様こと愛称ヴィル兄様と呼ばれている公爵家の長男。10歳ぐらいの可愛らしい少年です。
「ティナ、僕も会いたかったよ。またいっぱい遊ぼうね」
にっこり笑顔付きで私を抱きしめるお兄様、まじ天使。少年ヴィルフリードが凄く可愛いすぎる。ゲームでは成長した姿しか見ていなったけど少年姿は天使ですね!お兄様、大好きです!
「お兄様、早く私にも変わってください」
お兄様の陰からひょっこり現れたのは、お兄様より年下の美少女。ティナの姉であるロザリアお姉様で愛称はリアお姉様。お母様の外見要素を全部引き継いで生まれてきたかのような美人さんだので、可愛い系のティナとは全然似ていないけど凄く可愛がってくれる。
「ティナ、お姉様よ。ティナが元気になってよかったわ」
また優しく抱きしめられて、腕の中から見上げたお姉様も涙目になっているのが見えた。また涙目だよ。さっきから不思議に思っていたんだけど、どうしてそんなに心配しているの?ティナちゃん、もしかして病気だったとか?でもそんな記憶はないんだけどな。
クゥ~。
あ、考えていたら私のお腹が鳴っちゃった。小さい子のお腹の音って可愛いんだね。
「ふふふ、お腹が空いているみたいだね」
「あら、だったら私が食べさせてあげるわ」
「それはいいわね。どうせなら、みんなで小さなお茶会でもしましょう」
上からお兄様、お姉様、お母様。お兄様とお姉様はお母様の言葉にとても嬉しそうにしているのにお父様だけが微妙な表情をしている。
「私は仕事が溜まっているのだが」
とその表情のまま言うお父様。
「でしたらそちらを優先して下さい。書類にサインできるのは貴方だけなのですから」
「だがな・・・」
どうやらお父様は仕事が溜まっている様子だ。お母様が仕事を優先するように言うときは決まって大量に書類があるときなのだ。屋敷の執事長であるセバスチャンも壁側に控えながら頷いているしね。あ、みんなはセバスと愛称でよんでるよ。
「私だけはぶられるのは寂しいぞ」
「ふふふ、ご安心を。セバスに頼んで後で同じお菓子をお持ちしますわ。それに早く終わればそれだけ私達と一緒に過ごせる時間がふえますわよ?」
「ならさっさと終わらせてくるとしよう」
お母様曰く、気合の入ったお父様は本当にさっさと終わらせてしまうらしい。ティナちゃんはこれまで見たことないし、もちろん私もないのでどう凄いのかまったくわからないけどね。立ち上がったお父様に私は娘の激励を送った。
「おとうさま、がんばって」
サービスで笑顔も付け加えて。
「すぐに終わらせてくるよ。それまで安静にしておくんだぞ」
「はい、おとうさま」
お父様が私の頭を撫でた後、急ぎ足で部屋を出ていった。それを見ていたお母様が可笑しそうにくすくすと笑う。
「さすがティナだわ。あの様子じゃあすぐに来るわよ」
わーい、お母様に褒められた!
「ティナに頑張ってなんて言われたら誰でも頑張れると思うよ」
「そうね、お兄様。だってティナは世界一可愛いんだもの」
「うん、そうだね。僕は一番ティナ好きだよ」
「いいえ。私が一番好きなの」
「違うよ。僕だよ」
「私よ」
私のことで口喧嘩が始まってしまった。ここまで可愛がられているとは想像以上で、正直驚いている。
「まあまあ、2人ともそこまでになさい。ティナが驚いているわ」
「でもお母様、私が一番ティナのことが好きなんです」
「リアより僕の方が大好きです」
「ふふふ、ティナはみんなの人気者ね」
お母様が私を膝の上に乗せて頭を撫でた。撫で方に見守る母親の母性を感じるね。
「私もハーシェも屋敷のみんなもティナのことが大好きなのよ。順番なんて関係ないわ。みんなはティナが大好き、それが大事なのよ。ティナはどう?」
「みんな、だいすき」
「そうよね。誰が一番だなんて決められないわよね」
見た目はともかく中身はいい大人なのだが、お母様のよしよしは何だか安心した。お兄様達がお母様に頭を撫でられて嬉しそうにしているのを見るとお母様のパワーは強いなと思わざるをえないよね。
「それじゃあ、お茶会をしましょう」
お母様はメイドに合図を送った。
誤字脱字があると思いますが広い心で読んでいただけたら幸いです。