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act  作者: a.k
1/1


その日、僕は会社を辞めた。


なにかしたい事があった訳でもない、人間関係に疲れたわけでも、所謂ブラックと呼ばれていた会社でも多分ない。

ただ、がむしゃらに仕事をしていく中でチラつく過去から逃げるために、新しい何かを求めるために退社をした。



会社を辞めても生活はあまり変わらなかった。

ただひたすらに求人サイトに目を通し、夕方からは知人の紹介で入った飲食店で深夜まで働く。

幸いにも店は自転車で通える圏内だったため、社会人時代から住み慣れたアパートからは越していない。

何よりこの場所が何となく肌にあってる気がして動くつもりもなかった。


「おつかれしたー」

数人のバイト仲間と退勤するとレジの締め作業に追われる社員を残し店を出た。

帰り道同じ方向の大学生と一緒に途中まで帰り、分岐のコンビニでビールを買い、お互いに1本空けるとどちらからともなく

「お疲れ様です」

と言い別れて家路につく。

ただ今日はなんとなく気分ではなく後輩を見送ってからコンビニに戻り追加で缶ビールを買い、馴染みの店員さんに自転車を置かせて貰い歩きながら飲むことにした。

「もう2年か…」

そう呟きながらビールに口を付けゆっくり歩き出し、タバコに火をつけ行儀悪く歩いていると気がつけば家のすぐ近くの橋の下でギターを弾いてる少女を見つけた。

夜中ここにいる輩は珍しくないが、その出で立ちに目がいき思わず足を止めると彼女と目が合ってしまった。

「…」

気まずい、なにか話しかけなければ、

「こんな所でストリートなんかしてもおひねりはないと思うけど…」

なんでいつもこうなんだ。

数秒後には必ず自分の言動の軽薄さに気づき嫌気がさす。

やっぱりだ、おそらく機嫌を損ねたのだろう、こちらを向くことは愚か口すら聞いてくれない。

いても立っても居られず明らかな年下の少女に対し絡んだ恥ずかしさから顔を赤くしながら自宅のアパート方面へ歩こうとすると

「別にそんなののためじゃないよ、家じゃ弾けないから…」

そう言うと下手くそなギターをかき鳴らし始める、下手だ、そう思っていると彼女が口を開く、歌い出すのだろうと思いなんとなく耳を傾ける。

衝撃が走り、自らの頭にしまい蓋をした記憶が次から次へと浮かび上がってきた。

そしてそれと同時に彼女の肩を掴んで叫んでいた。

「おい、この歌どこで聞いた!なんで知ってる!答えろ!」

叫び終えた時にふと我に返ると少女は目を丸くしながら驚いた様子で動かない。

何をしてるんだ、そう思いながら手をはなそうとすると

「お兄さんこそなんで知ってるの…?夕さんの曲…」

耳を疑った…その名前を聞いた途端涙が溢れ出た、思い出さないようにしてた弟の名前を見ず知らずの少女から聞くと思わなかった。

「もしかしてお兄さん蒼さん?」

混乱した、自分の名前を呼ばれ慌てていると彼女は先程とは打って変わった悦びの表情を浮かべこちらに寄り

「私、遥香です!」

その名を聞きまた涙が出た、まさかこんな所で出会えるなんて、

「歌えるの?」

「はい」

彼女は元気よく返事をする、迷いはないように見えた。

「明後日休みだからスタジオに行こう」

「はい」

彼女の決意は大きく固まって見えた。

そうやって2人で連絡先を交換するとお互い家路についた。

家に着くなり直ぐに荷物を置くと真っ先に押し入れに向かい今後触ることは無いだろうと思っていた黒いハードケースを取り出す。

中にあるのは光沢のない青色をしたボディのベース

それを手に取るとストラップをつけ弾き始めた。約1年ぶりの感覚だ。衰えを実感しながら夜が明け、日が昇り昼になるまで弾き続けた。

後先は考えず面接も後回しで弾き続け気がつけば夕方も近く一睡もせずバイトへ向かった。

また楽器が弾ける。その思いだけで生きていける気がした。

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