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 ハンザは一人、川沿いを洞窟に向かって歩いていた。夜になり雨は止んだが、側にある底の浅く穏やかだった川は色を変え水量を増し勢いよく流れている。その音が耳障りに感じられた。

 

 結局、ザレグの森に近づく人影は一つも無かった。大雨のせいかもしれない。それならば恵みの雨だ。だがハンザは嫌なものを感じていた。高い湿度によるものかもしれないが、肌にまとわりつく空気に心が揺らぐのだ。

 

 一日中木の上でマルケイの方角を監視していた。慎重になってなりすぎることはない。何が起こるかは誰にも分からないのだ。そのことはハンザ自身がよく知っていた。リズ達を自分が率いた戦士のようにさせたりはしない。同じ過ちを繰り返してはいけないのだ。

 ハンザは彼女達を救うことで、失ってしまった何かを取り戻そうと無意識に思っているのかもしれない。

 

 二日後には森を出て北へ向かう。ラズには無理をさせるかもしれないが、ここで捕まると死罪の可能性が高い。それだけは避けなければ駄目だ。万が一何かがあれば、自分が道を切り開かなければいけない。リズ達はまだ子供なのだ。


 ハンザが洞窟に戻ると、ずっとラズに付きっきりでいたリズが外に出ていた。

 木の幹に寄りかかって座っているリズは何も考えていないかのように上からポツポツと落ちてくる大きな水玉を目で追っている。リズはラズを連れ帰ってから眠らずにずっと側にいた。疲れはかなりあるはずだ。


「ラズの様子はどうだ?」

「ずっと苦しそうにうなされてる。私は駄目だなあ。何もしてやれない」


 その震える声は悔しさや悲しさに溢れている。ハンザはその気持ちが痛いほど分かった。大切な人を守れなかった辛さは自分の心を壊してしまう。だがラズはまだ生きている。時間はかかるかもしれないが、それはリズにとって救いになることなのだ。


「お前はよくやった。自分を責めるな。私がもっと早く決断して行動していれば、状況は違ったかもしれない。すまなかった」


 リズがハンザを見て力無く首を振る。


「ううん。ハンザがいなきゃラズを救えなかった。本当に感謝してる」


 ハンザは優しく微笑んだ。


「お前一人でもやれたさ」


 それは本音だった。ほんの少し力を貸しただけなのだ。

 娼館を逃げ出したあと、どこへ行くかも決められず、ただリズの行くところに付いてきただけだ。むしろ救われているのは自分の方かもしれないとハンザは思っている。


「ハンザはジルグードに帰るの?」


 ハンザはリズの隣に腰かけた。はっきりと帰るとは言えなかった。どうすればいいのか未だに決めかねているのだ。山を越えて北に行く。今はそれだけだ。


「できればこの後もハンザと一緒にいたい。ハンザの行く所に付いていくよ」


 リズが力強くハンザの横顔を見つめる。


「ラズのことはどうする?」

「ラズも一緒に連れていく。駄目?」


 迷惑だとは感じなかったが、ハンザはリズが自分に付いてくる理由がよく分からなかった。


「なぜだ?」


 思わず口に出してしまった。リズと目をあわせる。


「私に付いてきても、お前達にしてやれることなんて何もないぞ」


 首をひねって少し考えたリズがはにかんで言う。


「何でって、頼りになるし、それに……好き、だから」


 ハンザは意外な答えに思わず声を出して笑ってしまった。ついこの前ナイフで突きかかって来た人間の言うことだとは思えなかったからだ。


「笑うな。ホントに好きなんだから」

「悪い。お前にも可愛いところがあるんだな」


 笑いをこらえながらリズの頭を抱き寄せる。久しぶりに笑えた気がした。前に声を出して笑ったのがいつだったかはっきりと覚えている。父に「お前は俺の誇りだ」と言われた時だ。それを思うと胸が苦しくなったが、今は隣にいる少女を愛しく思える。絶対に守り抜いてみせる、そう思えるほどに。

 

 ハンザの肩に頭を預けたリズは安心したのか眠りに就いていた。

 ハンザはジルグードに帰ってリズ達と四人で暮らすのも悪くないかもしれないと思い始めていた。そこでゆっくりと穏やかに失ったものを取り戻せばいいのだと。

 

 ハンザがまどろみの中に落ちそうになった時、人の気配を感じた。川の流音に混じって、話声が近づいてくる。

 三人、いや、四人か?

 ハンザの意識が周囲に張り巡らされる。寄りかかって気持ち良さそうに眠っているリズをそっと起こして耳元で逃げる準備をしておくように言った。寝ぼけ眼のリズはいきなりのことで事態を飲み込めていない。


「おー、いたいた。川沿いの洞窟ってここかよ。大分、時間かかったぜ」


 下卑た笑い声で話している男達がぬかるんだ川沿いを馬を曳いて歩いてきた。口髭をたっぷりと蓄えている男が話しかけてくる。


「お前らが森の盗賊か?」

「だとしたらなんだ?」

「酒屋の旦那を殺しただろ?」

「知らないな」

「ま、どうでもいいが。どっちにしろ、お前らを捕まえりゃ金が手に入るからな」


 賞金稼ぎか。ハンザは立ち上がり、リズを守るように前へ出た。居場所を変えておくべきだったのかもしれない。おそらくハンナからここのことを聞き出したのだろう。


「マルケイの少女には何もしてないだろうな?」

「お友達の嬢ちゃんか? 何もしてねぇよ。ちょっと脅したら泣きながらお前らのことをペラペラと喋ってたぜ。あと何年かすりゃあ遊びがいのある女になるかもな」


 舌なめずりした口髭の男を見るや、ハンザは腰に提げていた剣の柄を力強く握った。


「ちょっと待てよ。あんた、なかなかの上玉だ。殺しをやった奴だけ引き渡してくれたら、あんたは見逃してやってもいいぞ。俺達の玩具(おもちゃ)になってくれるならな」


 男達が一斉に声をあげて笑う。聞くに耐えない汚い声だ。


「断る。それに、殺しをしたのは私だ」


 鋭い目付きになったハンザは剣を抜き放った。それを見て男が一人、不用意にハンザへ近づく。ヘラヘラとした顔で剣を構えた男はハンザのことを見くびっていたのだろう。首が飛んだ。ハンザは直立した首の無い体を押し倒し、ゆっくりと男達に近づいていく。

 色めき立った男達が剣を抜いた。その構えた姿を見ただけで大したことがないと分かる。

 男が二人同時に飛びかかってくる。ハンザはそれを避けるどころか一歩踏み込んだ。そして相手の剣が届く前に腹を裂き、胸を突いた。二人の男の体がぬかるんだ地面にどしゃりと転がる。それを見ていた口髭の男とリズは息を呑んだ。ハンザが何をしたのかよく分からなかったのだ。


「てめえ、やりやがったな」


 ハンザは口髭の男の弱々しい突きを屈んでかわし、男の(すね)を薙いだ。両足を切り離されて尻餅をついた男が何やら喚いているが、ハンザの耳には男の戯言(たわごと)など一切届いていない。男を冷たく見下ろし、何かを発している口の中に剣先をそっと刺し入れ、そのまま頭を貫いた。


「リズ、すぐにここを離れるぞ」


 ここから山脈までは馬に無理をさせて駆けても二時間はかかる。ラズを連れてだと倍はかかるとみた方がいい。できれば日の出までに山に入ってしまいたい。まだ追手は来る。ハンザの直感がそう告げていた。 

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