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大粒の雨がマルケイの町を打ちつけている。
革鎧をつけた五人の男達が町にある唯一の宿に入ってきた。一階が受付とパブになっている。昼時だが大雨のせいなのかパブには少しの客しかいない。
男達はハウストン王国騎士団員だ。東海岸からザレグの森の南にある野営地に戻る途中だった。
暇そうにしている受付の宿の主人は近隣に住む主婦と世間話をしていたが、男達の身なりを見るや、恭しい態度で平伏した。
「温かいスープを五つ頼みます」
五人の中で一番小柄な男が言った。少年のようだが物腰には立派なものを感じる。
「かしこまりました。すぐにご用意致します。よろしければ空き部屋がございますが、そちらでごゆっくりなさいますか?」
主人なりに気を使ったのだろう。
「いや、こちらで頂くとしよう」
少年の後ろに立っていた精悍な顔つきの男が主人に笑顔を向けた。年の頃は三十ほどか。ロマンスグレーの頭髪を短く刈り上げている。他の団員とは比較にならない威厳のようなものを持っていた。五人のやり取りからすると、指揮官なのかもしれない。
騎士達が奥にあるテーブルを囲んでスープを飲んでいると、四人の男達が駆け込んできた。身なりは汚ならしく人相も悪い。
口髭をたっぷりと蓄えた男が受付のカウンターにずぶ濡れの両手を置いた。
「なんか金になりそうな仕事はねえか?」
「申し訳ございませんが、ここではそのようなものは受け付けておりません」
男達は賞金稼ぎだ。ある程度の大きさの街ならば、賞金つきの仕事の依頼がパブに集まってくる。だがマルケイは小さな町なのだ。賞金を出してまで仕事の依頼をする者はいない。
口髭の男が舌打ちをする。このところ実入りのいい仕事にありつけず金に困っているのだ。
「アルター酒造なら仕事があるかもしれませんが」
「酒造? 酒造りしろってのか?」
「いえ、昨晩旦那さんが家で殺されたとかで、噂になっているんですよ」
「犯人を捕まえれば金が出ると?」
「分かりませんが、それは息子さんに聞いていただければ」
「そいつの家はどこにある?」
「大通りに行けば分かりますよ。大きい建物です」
口髭の男はいやらしく口を歪ませると、仲間を率いて出ていった。
「殺人事件があったようですね」
宿の主人の話を聞いていた少年騎士が独り言のように呟いた。
「気になるか?」
向かいに座るロマンスグレーの男が言う。
「気になるというか、戦地でもないのに人が人を殺すなど理解できません」
「たしかに悲しいことだな。だが何事にも理由はある。起こるべくして起こったとも言えるな」
「私には分かりません。正当な理由があったとしても、何もしていない人の命を奪うなど許されることではありませんから」
少年騎士が熱くなっているのを見て、他の騎士達は微笑を浮かべている。またいつものが始まったぞ、という感じだ。
「気になるなら、犯人探しに協力してみるか?」
口にしていたスプーンを皿に置いた少年騎士が強い視線をロマンスグレーの男に送る。
「ヴィルヘルム様、あなたはもう副団長なのですよ。軽率な行動はしないでください」
「そう言うな。まだ二月しか経っていないのだ」
「早く自覚をお持ちください。あなたの身に何かあれば騎士団員達に顔向けできません」
「慕ってくれるのは嬉しいが、私のことを気にかける必要はない。我ら騎士が守るべきは民なのだ。それを忘れるな。民なくして国は存在しないのだからな」
騎士達の目が輝いた。このヴィルヘルムという男に心酔しているようだ。
三十二という若さで副団長になったヴィルヘルム・アガラードはハウストン王国では並ぶ者のない剣の使い手だ。しかし副団長に抜擢されたのは剣の腕を買われたわけではない。その求心力の高さが騎士団を結束させ、更に強力なものにすることを期待されたのだ。ヴィルヘルムの持つカリスマ性は王家の人間にも匹敵すると言われている。
「こんなことを言うと、王家に対して忠は無いのかと団長に小言を言われてしまうな」
ヴィルヘルムが自嘲気味にそう言うと、騎士達から笑いの声があがった。
生憎の雨でも昼時のバーバラ亭にはそこそこの客入りがあった。ようやく落ち着いて一旦店を閉めた後、ハンナと老夫婦は遅い昼食を店のテーブルで取っていた。
ハンナは小さなカップにたっぷりと入っているシチューを食べながらリズ達のことを考えていた。
この前は謝りに行ったはずなのに。また怒られてしまったのだ。もう一度謝りに行っても同じようになる予感しかしない。
ハンナがうんうんと頭を悩ませていると、突然店の扉が荒々しく開けられた。
店の扉には「準備中」の札が掛けてあったが、全身が雨で濡れている四人の男達が断りもなく入ってくる。
「すみません、昼の営業は終わってまして」
老主人は立ち上がるが、近寄ってきた口髭をたっぷりと蓄えた男に両肩を押さえられ荒々しく椅子に座らされた。
「爺には用はねえよ」
そう言った口髭の男はかがんでハンナと視線を合わせた。
「お嬢ちゃんに聞きたいことがあるんだけど、教えてくれるかなぁ?」
老夫婦が危険を感じ止めようとしたが、他の男達にナイフを突きつけられている。
「森に盗賊がいるだろ? お嬢ちゃん、奴らの居場所知ってるよな?」
なぜ知られたのか分からなかったが、ハンナの顔から血の気が引いていく。
「……知らない」
口髭の男がそっぽを向いたハンナの頬を手で握り自分の方に向きなおさせる。
「綺麗な赤い目してるじゃねえか。北の蛮族みてえだ」
ニヤニヤとしている男の口髭が奇妙に揺れている。ハンナは気味悪さと恐怖を覚え、何も言えなくなった。
「お嬢ちゃん、一昨日森に行っただろ? 何しに行ったんだ? 盗賊が出るって知ってたろ? そんな危ないとこに一人で行くなんて危ねぇだろ?」
ハンナの頬を握る男の手にさらに力が込められる。
「お友達に会いに行ったのか?」
男達はベルガ・アルターの息子から仕事を引き受けていた。父親が持っていたジルグード人の奴隷がいなくなったことも知っている。口髭の男は森にいる盗賊はジルグード人なのかもしれないと見当をつけた。町で聞き込みをすると、ジルグード人との混血の娘が二日前に森に行くところを見たと言う人物がいたのだ。
ハンナの体が小刻みに震えだす。ハンナの中にはすでに恐怖しかない。目の端から涙が流れ出す。
「おいおい泣くなよ。何もお嬢ちゃんを責めてるわけじゃないんだぜ? 奴ら、殺しをやりやがった。分かるか? 人殺しだ。悪い奴らだろ? 悪いことした奴らには罰を与えなきゃなんねぇ。お嬢ちゃんにだってそれくらい分かるだろ?」
ハンナは何も考えられずに頷くことしかできなかった。
「だから教えてほしいんだよ。奴らのいる場所を。知りません。何も喋りませんは通用しねぇぞ。そしたらお嬢ちゃんも悪い奴らの仲間入りだ。きつーいお仕置きが待ってるぞ」
ほら話せとばかりの表情をする口髭の男がハンナの頬に少し触れる程度の弱い平手打ちをした。それでハンナの心は完全に折れた。