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 厚い雲が空を覆った夜更け。

 就寝中の頭が禿げ上がった中年男の首を肘で押さえた。目を覚ました男の耳元でハンザが低く囁く。


「動いたら殺す」


 暗い部屋の隅にリズが落ち着かない様子で立っている。

 二人はベルガ・アルターの屋敷に侵入していた。リズの双子の弟ラズを連れ出しにきたのだ。

 家の裏手でセドルが三頭の馬をみている。

 静かな広い屋敷の中を捜索したがラズは見当たらなかった。一緒に暮らしているのは息子一人のようだ。一つだけ鍵のかかった扉があったが、ベルガに聞けばいい。


「ラズ・フェンダルという奴隷はどこにいる?」


 男は首を押さえられて苦しそうに言う。


「ど、奴隷の名前なんて知らんよ」

「ジルグード人の少年だ」


 ハンザはベルガの喉を押さえている肘にさらに力を加えた。


「あ、あいつなら地下だ」

「鍵がかかってある扉か?」

「そうだ。鍵ならそこの机の引き出しにある」


 リズが引き出しを探って鍵を見つけた。


「お前も来い」


 ハンザはそう言ってベルガを立ち上がらせて腕を後ろで捻りあげた。


「歩け。妙な真似をしたら殺す」


 ベルガを先頭にして地下に下りていく。薄暗い階段はじめじめとして嫌な臭いがする。

 地下には小さな部屋があった。石に囲まれた光のない部屋だ。ベルガが持っていたランプが少しだけ床を照らしだす。そこにはヌメヌメとした艶があり、壁には刃物、鞭、鋸、杭といった様々な物がかけられている。

 

 拷問部屋か。ハンザはすぐに覚った。ベルガは嗜虐目的で奴隷を買っているのだろう。

 部屋の奥にうずくまっている影が動いた。その影はすするような鳴き声をあげ始めた。


「ラズ?」


 ハンザの後ろにいたリズがベルガのランプを奪い、その影におそるおそる近づいた。

 そこには全裸で傷だらけになったラズがいた。鎖で壁と足を繋がれている。ラズはリズには気付かずに頭を抱えてうずくまっていた。


「ラズ! 私だよ! リズだよ! もう大丈夫だから」


 リズの声は震えている。ラズに触れた手が新しく出来たのであろう傷から滲んだ血で赤黒く染まった。


「枷の鍵はどこだ?」


 ハンザは後ろからベルガの首を腕で締めた。


「と、扉の鍵と同じだ」


 ハンザが投げ渡した鍵でリズが足枷を外す。


「リズ、行くぞ」


 リズがゆっくりと立ち上がり、突然ベルガに殴りかかった。その一撃でベルガの鼻の骨が折れる。

 ハンザはリズの好きなようにさせてやった。気持ちは分かるのだ。自分には兄弟はいないが、大切な人がこんな目に合っていたら、誰だって許せないだろう。だが、殺させるつもりはなかった。殺しまでやってしまうと、後々厄介なことになるのは目に見えている。


「それくらいにしておけ」


 ハンザはベルガに馬乗りになって殴り続けていたリズを引き剥がし、後ろから強く抱き止めた。

 リズは仰向けになって呻いているベルガを罵り続けた。その拳は皮が剥けて血だらけになっている。


「早く去った方がいい。弟を助け出すのが最優先だろう?」


 それでもリズの怒りは収まらない。息を荒くしハンザの腕を振りほどこうとする。

 その時、うずくまっていたはずのラズが壁に寄りかかっていた。その手には血で錆びついた短い刃物が握られている。

 さすがのハンザも二人を同時に止めることはできなかった。

 ラズがベルガの上に飛び乗り、唸りながら至る所に刃を突き立てている。もう見ているだけしかできなかった。暴れていたリズの体から力が抜け離してやる。


「ラズ、もういいよ、帰ろう」


 我に返ったリズの声色は苦しさに満ちていた。

 

 屋敷の裏手に出ると、ラズを見たセドルの表情が歪んだ。返り血を浴びた全裸のラズがハンザに抱き抱えられている。


「大丈夫なのかよ?」

「早く森に帰るぞ。ラズを私の背中に括りつけろ」


 セドルは馬に付けてあった布袋から蔓を寄り合わせた縄を使って二人を括りつけた。

 四人は静かに歩いて町を出てから馬に跨がり一気に森まで駆けた。

 

 朝になり、ベルガの息子が地下室で無惨な姿になった父の姿を見つけた。

 

 



 マルケイ方面を見渡せる森の木の上でハンザは追手が来る可能性を考えていた。

 屋敷の大きさからしても、おそらくベルガ・アルターは町の有力者だと思われる。そういう人物が殺されたのだ。確率としては大きい。すぐにでも山脈を越えて北に向かうべきだ。できればジルグードまで帰ることが望ましい。

 しかしラズの体は衰弱しきっていた。長い期間拷問を受け続けていたのだろう。肉体的にも精神的にも限界がきているようだ。昨日、ベルガを殺した時は怨念のみで動いていたのかもしれない。

 

 今は洞窟内でリズが付きっきりでいる。

 リズの言う通り、もう少し早く行動するべきだった。後悔しても仕方のないことだ。身体が元気になったとしても、ラズの心には消えようのない傷が残るだろう。それは彼の人生に大きくのしかかる物だ。


「誰も来ないんじゃねーか?」


 すぐ下の枝までセドルが登ってきていた。


「いや、遅からず来るはずだ」

「でも、こっちに来んのか? 町で起こった殺人事件だろ?」

「まず疑われるのは、森にいる盗賊だろう。普通に考えればな」

「マジかよ……」


 セドルはハンザと同じようにマルケイのある方角に目を凝らせている。


「どーすんだよ?」

「北へ行く」

「ラズがあれじゃ、当分無理じゃねーか?」

「二日後には発つ。それ以上は駄目だ。無理にでも連れていく」


 本当は今すぐに山に入るべきなのだ。そうすれば易々と見つけられはしないだろう。

 ハンザは山脈を越えてからのことを考えられなかった。今はラズが動けない以上待つしかないのだ。

 少しずつ雨が落ちてきた空にハンザの肌が寒さを覚えた。

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