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 革鎧を身にまとい馬を駆けさせる一団がザレグの森の中を走り抜けていく。五騎は寸分のズレもなく真っ直ぐに進んでいる。五人の青いマントが一つづきになっているように見える。彼らはハウストン王国の騎士団員だ。ザレグの森から南に五里の所に野営地を築き訓練をしていた。

 木の上に登り、それを暢気に観察していたセドルは欠伸をした。

 

 セドルは今日も木の実集めだった。

 この森に来たばかりのころはマルケイとルベンの荷馬車が頻繁に往き来していたが、最近は盗賊を警戒して森の中を通らなくなり始めていた。

 食糧を奪うことが難しくなった現在は森に自生している物を食べるしかない。

 

 森での生活にはうんざりしていた。

 偉大な戦士になることがセドルの夢なのだ。こんな森の中で木の実を集めるのは本来の自分ではないのだと強く言い聞かせていた。

 そうは言っても腹は減る。食うものは集めなければならない。食わなければ生きていけないのだ。

 戦士は、何があっても生きて生きて生き抜くものなのだ。

 そう父から教わったセドルは文句を言いながらもせっせと木の実集めに精を出していた。


 木の上の大きな枝の根元で居眠りをしていたセドルは遠くから聞こえる声に気づいた。


「盗賊さーん」


 聞こえる。


「いないのー? 盗賊さーん」


 セドルの耳にしっかりと届いた少女の声がだんだんと近づいてくる。

 その声がセドルのいる木の下に達した時、セドルはその声の前に飛び下りた。

 セドルの前には驚きのあまり口を開けたまま突っ立っている赤い瞳の少女がいた。


「何だ? お前」


 ポカンとした表情だった少女は我に帰り、手に持っていたバスケットをセドルの前に両手で差し出した。


「盗賊さん? だよね? 私、ハンナ。リズに渡してほしいの。この前、美味しそうに食べてくれたから」


 状況がうまくのみ込めなかったセドルは訝しげな顔でそれを受け取り中を確認する。すると目を見開いたあと、笑顔が広がった。バスケットの中には美味しそうなパンがぎっしりと詰まっていたのだ。


「これ、くれんのか?」


 こくりと笑顔で頷くハンナ。


「リズの知り合いならついてこいよ」

「でも……」

「何だよ?」

「怒らせちゃったから……」


 ハンナが俯いてもじもじとし始める。


「よく分かんねーけど、もう怒ってないと思うぞ」

「ホントに?」

「ホントだ。アイツ、根に持つ奴じゃないからな」


 セドルはそう言うと、パンを一つ手に取り口にした。


「うめぇ……」


 久しぶりのまともな食べ物にセドルの口の中ははとろけそうになった。そのまま一つをぺろりと平らげる。


「あ、これ、俺も食っていいんだよな?」


 幸せそうなセドルを見て、それまで不安気にしていたハンナは笑いを漏らした。




 森の中にある大木に向かって剣を構えて立つ。小さな頃からの習慣だった。

 ハンザは七歳の時に初めて父に剣術の稽古をつけてもらった。それ以来、奴隷として売られるまでは、こうして心を無にして何かに対して剣を構えることを日課にしていた。それが父の教えだからだ。

 己自身に克つこと。

 それが何より大事なのだと、父から教わった。


 ハンザは父にとって唯一の子だった。自分の子は強い戦士に育てると決めていた父は厳しかった。女だからといって手加減などしなかったのだ。

 だがハンザはその厳しさに耐え抜いた。父を敬愛していたからだ。


 十七歳になったハンザは美しい女性になっていた。そして優れた戦士にもなっていた。


 ジルグードという国は傭兵業を国をあげての生業としていた。決して戦好きというわけではないが、過酷な北の大地で生きていく為には何かで金を得なければはらない。極寒の地では農業や畜産などできず、自分達の力を争い事をしている他国に売るしかなかったのだ。

 

 ハンザは傭兵としてガラド大陸の東にあるジャガン諸島に渡った。長年に渡って各島の間で争いが絶えない場所だった。

 女の戦士は珍しく、同行した男の戦士達はハンザのことを邪魔者扱いしていたが、いざ戦場に出ると誰よりも勇ましく闘っていた。そして一人の戦士として認められたのだ。

 

 それから五年後、今から一年ほど前のこと。ハンザは久しぶりにジャガン諸島に戦士団のリーダーとして五十人を率いて行った。

 その一団にはすでに離れて暮らしていた父の姿があった。父は五十近くなっていたが、それでも屈強な戦士だった。

 闘いは淡々と勝ちを積み重ねていった。相手は大した闘志も感じられない者達だったのだ。

 ハンザの闘いぶりを見た父に「お前は俺の誇りだ」と言われ、ハンザは夢心地だった。この世で唯一尊敬している人物に認められたのだ。

 

 次の日、ハンザ達は奇襲を受けた。高い草の伸びた浅い沼地を行軍中の挟撃だった。

 決して気を緩めていたわけではなかったはすだ。だがハンザの心のどこかに隙があったのかもしれない。

 次々に倒れる仲間の中で父を探した。目の端で父を捉えた瞬間、その首が飛ぶのが目に入った。いやにゆっくりと感じたそれは夢なのか幻なのか、ハンザの手から剣がするりと滑り落ちた。


 その後ハンザは捕虜となり奴隷商人に引き渡された。若く美しい女は金になるからだ。

 ハンザは唯一生き残ったことを恥だと感じていた。女だという理由だけで生かされたのだ。戦士として屈辱的なことだった。

 

 娼館にいた時、客の男に父を侮辱するようなことを言われ、気づいたら男の首を絞めていた。すぐに逃げ出した。その時についてきたリズが弟を助けたいと言い、それに協力することにしたのは逃げだったような気がする。その気になればすぐにジルグードに戻って、以前のように戦士として働けたはずだった。だが心の隅の方が欠けて、そこに怖れが芽生えてしまったのだ。

 行くべき所も帰る所もない。ハンザにとってリズは都合良く身をおける場所なのだ。


 今、こうして剣を構えていても虚しさだけがある。無心になるなどできるはずもなかった。戦士の時には刈り上げていた髪も肩まで伸びてきている。それを鬱陶しく感じ始めていた。


「いっつもそれしてるけど何か意味あるの?」


 リズが後ろから声をかけてきた。

 余計なことを考えすぎて、ハンザはリズの気配に気付いていなかった。


「何だ?」


 剣を構えたまま振り向かずに言う。


「……ごめん、この前は」


 そう言われてもハンザにはなんのことだかすぐには分からなかった。


「臆病者って言ったでしょ。あれ、悪かったなって……」

「そんなことか」


 臆病者と言われても仕方ないのだ。それは事実なのだから。


「気にするな」


 振り向いたハンザは力無くリズに笑いかけた。

 ハンザの頭の中には、自分は弱いのだという考えだけがあった。




 ハンザとリズが川沿いの洞窟に戻ると、川辺で水遊びをしているセドルがいた。見慣れぬ少女も一緒だった。

 ハンザが「誰だ?」と言う前にリズが驚きの声を漏らす。


「ハンナ?」


 ハンザの隣にいるリズは慌てた様子だ。


「何しにきたの?」


 水に濡れたハンナが川から出て、リズに駆け寄り頭を下げた。


「この前はごめんなさい」


 リズの知り合いということは分かったが、ハンザは嫌な予感がした。


「お前、マルケイの者か?」


 ハンザの言葉に頭を上げたハンナが頷く。


「すぐに帰れ」


 居場所を知られてしまった。ハンナ自体に害はないだろうが何が起こるか分からないのだ。


「せっかく来てくれたんだし、そんな言い方ねーだろ」


 すでにハンナと仲良くなっていたセドルが口を挟む。


「こいつを巻き込みたいのか?」

「巻き込むとか、そんなんじゃねーよ。うまいパンだって持ってきてくれたんだぜ」

「お前は私たちの状況を理解しているのか?」

「分かってるよ。でもここの事は誰にも言わねーって約束してくれたから」

「馬鹿なのか?」

「あ?」


 加熱する二人のやり取りにおろおろとするハンナを見てリズが口を開いた。


「ごめん。私が町に行ったせいだ」

「なぜ?」

「ラズを助けに行った……でも、無理だった」


 ハンザからするとリズが一人で町に行くことは予想外だった。もっと慎重に行動するように言い聞かせておくべきだったのかもしれない。リズもセドルもまだ子供なのだ。


「ハンナがここに来るなんて思ってなかったの……ごめんなさい」

「もういい。ハンナ、お前は町に帰れ」


 ハンザは射抜くような視線をハンナに向けた。ハンナはしゅんと肩を落として頷いた。恐怖で声が出ないようだ。

 

 こうなってしまっては、すぐに行動すべきかもしれないとハンザは思った。

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