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愛した人を殺しますか?――はい/いいえ  作者: **** 訳者:夢伽 莉斗
第4巻 宗教
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第73話 治らない怪我 *

*三人称視点

 熾衿(しえり)は横で歩くゼシルを見た。

 黒い髪は長めで、襟足から先に鎖骨まで伸びた一房の髪の毛がある。耳の横の細い三つ編みはお洒落だ。ゼシルはさっきシャツのボタンを二つ開けていた。そこから金の複十字のネックレスが見える。

 騎士というだけあって、頼りがいのありそうな雰囲気だ。細身の身体だが、引き締まっていて背は高い。赤い瞳が細められるとなんだかドキリとする。人懐っこい笑顔は優しくて、熾衿はその笑みを気に入っていた。


「ゼシル、私たちの目的地はどこなの?」

「レオンと会う約束をしているんだ。あー、そうだ。レオンも異世界から来た人だったから、俺の宗教を受け入れやすかったのかもしれないな。だからシエリも崇神(セブンス)教に入らないか?」

崇神(セブンス)教とは?」


 熾衿は首を傾げた。聞いたことがない宗教名だ。熾衿が知っているのは三つ──光神(カオス)教、悪魔(デモン)教、使族(ナチュル)教だけだ。ゼシルが誇らしげに言う。


「俺が作った宗教なんだ」

「どんな宗教で?」

「この世界には神様が七人いるだろ。その彼らを全員同等の神と見なしている。神様は俺たちに試練を与えてくれているから、俺たちは自分の役割や使族(しぞく)としての生き様をちゃんと貫いていこうねって感じだ。お分かり?」

「ふうむ……。崇神(セブンス)教に入信しても、今まで通りの生活で支障がなさそうね」

「ああ。シエリがこれを普通だって思うなら、入っても大丈夫だ。レオンもそう言って崇神(セブンス)教に入った」

「レオンが入信したなら、問題ないと考えることにしましょう。私も入るわ」


 ゼシルが教祖なら、なんだか安心できる気がした。それに彼が喜ぶことなら何でもやりたい。自分を助けてくれたヒーローなのだから。

 熾衿がそう言ったのを聞いて、ゼシルは顔を綻ばせた。ポケットから複十字のネックレスを渡す。熾衿は自分の首にネックレスを下げた。


「この複十字は、どうしてこのような形状に?」

「棒の数を数えてごらん?」

「三本ではなく?」

「重なっているところを別と考えれば、同じ長さの棒が七本になるだろ。神様の数だ」

「本当!」

「ああ、ただそれだけだ」


 縦棒に横棒が二本。それでできる小さな棒が、全て均等の長さになるように縦棒と横棒が並べられている。熾衿はそれをしげしげと眺めたあと、また歩き出した。


 熾衿は自分の頭の三つ編みをなんとなく触る。──これで、もっと親しみやすい見た目になったかもしれない。



 熾衿は元々、転移前に学校で冷たい性格だと思われていた。そう思われていることを、自分自身でも知っている。曲がったことが嫌いで、それこそ誠実に生きたいのだ。どこか正義のヒーローのようなものに憧れている節もある。


 熾衿は周りからのイメージを変えたいと日頃から思っていた。だが小心者であるせいで、なかなか最初に作りあげたキャラクターから脱せなかったのだ。

 今回転移をしたことで、髪の色と髪型が変わった。顔つきも変わっていたが、自分ではどう変わったのか上手く説明ができない。だがそのおかげで性格も変えることができるかもしれない。


 彼女は地球にいた頃は黒い髪の毛で、それをポニーテールにして(くく)っていた。その髪型のせいで冷たいと思われていたのかもしれない。

 今は肩までの長さで、髪の毛が少し巻かれたようにふわふわしている。これなら見た目で怖い印象を受けることは絶対にないはずだ。



 ゼシルはなんとはなしに熾衿に話しかけた。


「異世界から来たって言ってただろ? それからどうやってクラーケンを倒すことになったんだ?」

「ぬぬぬ……、まず初めに冒険者ギルドに転移(テレポート)したの。魔法陣(ペンタクル)が下に現れ……」

魔法陣(ペンタクル)? なんで異世界から来たのにその言葉を知ってるんだ?」


 ドキリとして一瞬立ち止まる。熾衿は考え直して、すぐにゼシルに返した。


「この世界の言葉は知っているの。わたしの住む世界の言葉とは違うけど、初めから理解できる」

「なるほど」


 ゼシルは顎をさすって何やら考え込んでいる。何かおかしなことを言ったのだろうか? しばらくして彼はまた優しく笑いかけた。


「それで、そのあとは?」

「ギルドで出会った二人の(くるい)妖鬼(オニ)と、もう一人の方とパーティを組むことになり……」

「もう一人?」


 彼の名前はなんだっけと、熾衿は頭を巡らせる。だが色々ありすぎて頭から抜け落ちてしまったらしい。


「たしか茶髪の……正義感がある方で……。彼はクラーケンを倒すことについて、二の足を踏んでいたの。でも狂妖鬼(オニ)の二人はしゃかりきになっていたし、私も問題ないと思った」

「そりゃ狂妖鬼(オニ)だからなあ」


 ゼシルは笑いながら相槌を打つ。

 クラーケンに関しては、たまたまギルドの誰かが愚痴を零していたことから始まった。正義のヒーローに憧れを持つシエリは、なんとかみんなを助けたいと思ったのだ。


「その(のち)にこのアゴール王国に訪れたのだけど、捕まってしまった」

「その時、誰かと会った?」

「むむむ……、黒髪の人が食事を届けに来てくれたかな。その方はさっきあの場にはいなかった」

「なるほど」


 ゼシルは前を見据えてむっと顔を(しか)めている。


 これからどうなってしまうのかと不安に思っていたが、今回ゼシルが助けてくれたことで希望ができた。熾衿は改めてゼシルに感謝する。それこそ、ゼシルは自分のヒーローだ。彼の方を見て、熾衿は独りでに微笑んだ。




 熾衿とゼシルは、いつの間にかある居酒屋の前に着いていた。今いる通りは賑やかで人通りも多く、最初に見た裏路地なんかよりもずっと明るい。

 ゼシルは熾衿の方を見て笑いかけたあと、扉を開けた。


 ぷうんと酒と食べ物の匂いが鼻を(かす)める。机が六つくらい並んでいて、正面にカウンター、その奥に厨房が見える。若い女の子がやって来て、二人に声をかけた。


「注文はエールでいいかな?」

「俺は白ワインで。シエリはどうする?」

「え、えっと……。ジュースなどはありますか?」

「アプルとオランゼを(しぼ)ったやつでいい?」

「それで問題ないわ」


 アプルとオランゼなら以前に食べたことがある。熾衿が頷いたのを見て、少女は厨房の方に駆けていく。ゼシルは居酒屋を見渡したあと、ある机の方へ向かった。



 そこには深緑の短髪の男が座っていた。四角い机で、男は向かいに座っている。ゼシルが椅子を引いて、熾衿に座らせる。

 ゼシルは熾衿の隣に座ると、男に声をかけた。


「お望み通り、シエリを連れてきた」

「ゼシル! 本当にありがとう! えっと……黒須、だよな?」

「川戸くんよね?」

「あれ、黒須ってそんな感じだったっけ? もう前のことが思い出せないな」

「前は多少違ったかもしれない。なんだか川戸くんとは初めて話した心証がないわ」

「それ、分かる」


 怜苑(れおん)はくしゃりと笑った。彼の目はおっとりしているからか、熾衿の緊張した心が(ほぐ)れていった。


 地球にいた頃、川戸怜苑(かわどれおん)とは話したことがなかったはずだ。だが今会って話してみると、まるでずっと前から彼を知っているかのように、ごく自然に会話ができた。転移前の自分を知っている者と話すのが少し怖かったが、上手くいったと安堵する。



 店員がやって来て、白ワインとジュースが机に置かれる。ゼシルは白ワインを一口飲んだあと、二人に話しかけた。


「いきなりだけど大事な話をする。シエリは追われているから、なるべく早くこの国を出た方がいい。プルシオ帝国、ニュクス王国もダメだ。聖ナチュル国に行くといい。あそこならシエリのことを恨んでいる者はほとんどいないはずだ」

「聖ナチュル国? そこってどこだ?」


挿絵(By みてみん)


「今は南大陸にいるだろ。南大陸の東部にここハイマー王国がある。そして北西部に聖ナチュル国があるんだ。その国は使族(ナチュル)教を信仰していて、クラーケンが倒されたことを何とも思っていない。だからシエリが捕まることはないだろう。むしろ歓迎されるくらいだ。だがわざわざ身分は明かす必要はないよ」

「分かりました。ゼシルの言う通りにするわ。ゼシルは共に?」

「悪いが、俺はやらなきゃいけない事があるんだ。知り合いの商隊を紹介するから、その馬車に乗って聖ナチュル国を目指すんだ」


 熾衿はゼシルが来ないことを酷く残念に思った。ここで別れたら、もう彼には会えないのかもしれない。

 熾衿が俯いたのを見て、ゼシルが優しく声をかける。


「シエリ、大丈夫だ。きっと会える。俺はそんな気がしてる」


 ゼシルの赤い瞳が怪しく瞬いた。熾衿は首を傾げてそれを見たが、いつも通りの彼だ。たまに不気味な雰囲気になるゼシルも、なんとなくミステリアスで素敵だ。


 怜苑がゼシルの方に声を放った。


「ゼシル、本当にありがとう。まさかほんとに連れて来てくれるとは思わなかったよ。黒須と会えてよかった。しかも今後のことも手伝ってくれるなんて」

「気にするな。俺がそうしたいと思ったからやっただけさ」


 ゼシルは残っていた白ワインを飲み干す。もう居酒屋を出るみたいだ。

 熾衿は自分のジュースのグラスに手を伸ばした。だが、手が滑ってグラスが落ちる。机の上でグラスが割れ、破片が飛び散った。


「わっ!」


 熾衿はガタンと椅子を引いて机から離れる。ジュースが机から垂れて、床に滴り落ちる。破片は辺りに散乱している。

 すぐに店員の少女がやってきて、床を拭きガラスの破片を片付けた。熾衿は小さな声で謝る。少女は「気にしないで」と呟いたあと、いなくなった。



「ゼシル、それ大丈夫か?」

「えっ?」


 怜苑の台詞に、熾衿(しえり)は驚いてゼシルの方を見た。

 ガラスの破片は、隣に座っていたゼシルのところまで飛んでいたらしい。彼の手の甲が少し切れている。血が(にじ)んでいて、それは一向に止まる気配がない。

 熾衿はポケットの中に手を突っ込んだ。たしかハンカチを入れていた気がしたのだ。白色のハンカチを出すと、それをゼシルの手に当てた。だがハンカチは徐々に血で赤く染まっていく。

 ゼシルはハンカチをどかして、熾衿に笑いかける。


「痛くはないし、大丈夫だ。気を遣わせてしまって悪いな」

「私の方こそごめんなさい……」

「俺、それくらいなら治せるかも」


 向かいに座っていた怜苑が、ゼシルの方にやって来る。ゼシルは「大丈夫だ」と言ったが、怜苑は彼の手を掴んで魔法を使った。


「【治癒せよ ── Sanitatem( セニタテム )】」


 光がゼシルの手を包む。光が消えたあと、熾衿は彼の手を覗き込んだ。傷跡は消えているみたいだ。


「参ったな、ありがとう」

「私も頑張ればそのくらいできるのに……」


 熾衿も、一応魔法を(くるい)妖鬼(オニ)たちに教わっていた。だが彼らは人間ではないので、魔法の教え方がざっくばらんで分からない部分が多かったのだ。

 熾衿がむっと唇を尖らせたのを見て、怜苑は「ごめんごめん」と謝る。



 ゼシルが席を立った。二人の方を再度見やったあと、口を開いた。


「じゃあ俺は行くな。商人ギルドに行って、ゼシル・ゴディアス・ヴォルフの紹介だって言ってくれ。話は通しておくから」

「助けてくれたこと、本当に感謝しているわ」

「ゼシルとまた会えるか?」

「ああ。きっとな」


 ゼシルはくいっと口角を上げる。ひらひらと手を振って二人から離れた。熾衿は彼の後ろ姿を、ずっと眺めていた。





 居酒屋を出たあと、ゼシルは自分の手の甲を見た。さっき治ったはずの傷が現れていて、また血が流れている。


「しくったなー。あー面倒臭い」


 ゼシルはそう独り言を言うと、道を歩き始めた。グルグルと黄色い布で手を巻く。血が滲んできているが、目的地に着くまでは()ってくれるだろう。



 ゼシルはしばらく歩いて、再び暗い路地まで来ていた。ある露店の前で立ち止まると、店主らしき男に声をかける。


「神様をくださーい」

「はいはい」


 男はくいっと指を回す。ゼシルはそれを見たあと、露店の横の古びた壁の中に足を踏み込んだ。



 ゼシルは居酒屋のような場所に立っていた。乱雑に丸椅子と机が並べられている。男前で端正な顔つきの男が一人椅子に座っている。それ以外、誰もいなかった。

 男はオレンジがかった茶色の短髪を持っている。目鼻立ちのはっきりした顔で、程よい筋肉の付いた好青年だ。人が良さそうな雰囲気である。

 男がゼシルに話しかける。


「おいおい、今回で終わりか?」

「たぶんね。デキオスはいいのか?」

「うーん。どうしようか迷っててな。というかお前、その手……」

「ちょっとまずった。これから(こも)る」


 ゼシルはわざとらしく笑う。手に巻いていた布は、既に血でその多くが変色してしまっている。まだ傷は治っていない。

 デキオスと呼ばれた男は深い溜息を吐いた。男前の顔を歪ませて、またゼシルに言う。


「気をつけろよ。慢心が(あだ)となるって言うだろ」

「大丈夫だって。気をつけてる。そういえばさ、ラムズ・シャークの話はない?」

「うーん。あぁ、そういえば女の子にご執心(しゅうしん)だったぞ」

「女の子?」

「メアリって言ってたな。人魚だ」

「へえ~、人魚ねえ。なんでまた?」

「鱗が宝石みたいらしい。下半身は人間だけど、人魚だってことが一部の人間にバレているんだと。人間に襲われないように、ラムズが守っているとか」

「ふうん。そりゃ面白い」


 ゼシルは不敵に笑った。赤い瞳がギラギラと輝く。胸元のネックレスを、ゆっくりと撫でた。神のためなら、()()()()()()は全て致し方ないものだ。

 デキオスはやれやれと言った風に頭を振った。


「あんまり問題を起こすなよ。二人でやってくれ。俺たちはあんなもの興味ないんだから」

「分かってるよ。そういやラヴィーは? この前いたよな」

「あいつも(こも)ってるぞ」

「勿体ない。あれは好きだったのになあ」

「そうか? まぁ合ってはいたのかもしれないが」


 ゼシルはふと思いついたという風に、デキオスに声をかけた。


「なあ、サフィアもジャスティも頭がおかしいと思わないか? あんな、さあ?」

「そうだな、だがそれならアリュートもおかしくないか?」

「たしかに! サフィアはいつまで王子様ごっこを続けるんだか」

「さぁな」


 二人はくくっと笑った。ゼシルは手をひらひらと振って、部屋を横切っていく。

 酔ったような歩き方で、横にあった階段を上る。二階にはいくつか扉が並んでいて、そのうち奥から三番目の部屋に入った。床に転がっている()()()()()()()()()()()()()()()()を見て、ゼシルの眼が(わら)う。扉がバタンと閉じられた。

参照『愛殺―あいころ― 設定集』

 ・「世界地図」

 ・「設定用語―宗教」

▶https://ncode.syosetu.com/n9557em/

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