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愛した人を殺しますか?――はい/いいえ  作者: **** 訳者:夢伽 莉斗
第6巻 被謀
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第114話 影

 次の日、わたしはヴァニラと一緒にラムズの(やしき)にやって来た。邸の周りは鉄格子の柵で囲まれている。柵と柵のあいだにあるのは、不思議な造形が施された大理石の石柱。


「本当に、このお城すごいわよね」

「そうかの? うーん」


 ヴァニラは酒瓶を口につけながら、こてっと首を傾げた。レースの傘をくるくる回している。


 正面に一際大きな(さく)──門扉(もんぴ)があった。上は半円の形になって、鉄が複雑な模様を描いている。

 左右の石柱の上には、ガーゴイルの石像が牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。まるで門番みたいだ


(ガーゴイルはドラゴンのような羽が付いていて、頭に角が生えているの。四足歩行で、手足には鋭い爪がある。魔物なんだけど、なぜかよく門の前の石像として使われるのよね)。



 わたしたちは門扉を開けて、邸の庭に踏み入れた。


 アリスやヴァニラたちとお喋りをしていたせいで、もう夕方だ。真っ赤な夕焼けが、邸を怪しく照らしている。雨も降っているせいで余計に不気味だ


(夕焼けと雨は同時に起こるわよ? 太陽を操ってるのが光の神フシューリアで、雨を操るのが風の神セーヴィだから。夕焼け時の雨は、雫がどれも赤色に染まって少し綺麗なの。曇り空の時の雨よりもわたしは好き。だけどこのお城は──なんだか怖いわね)。

 

 ガーゴイルに滴る雨粒はまるで涙のようだ。石像がこちらを見たような気がして、さっと目を逸らした。

 城の黄色や赤のステンドグラスの窓は、太陽の赤色を吸い込んでいる。この窓はきれいね。

 


 わたしはそろそろと(もちろんヴァニラは堂々と)邸の庭を歩いていく。しばらく石畳(いしただみ)の道を通って、邸の扉の前に立つ。

 

 漆黒の大きなドアだ。わたしの身長の倍はありそう。ところどころ金で装飾がされている。

 わたしは真ん中の金のドラゴンのドアノッカーに触れた。

 前と同じく、目が赤く光る。勝手に口の中のリングが揺れ、ガンガン扉を鳴らした。城全体に響き渡っているような気がする。二度目にも関わらず、怖くなって後ずさった。


「大丈夫なの?」

「え、ええ……。どうしてこんな大きな音で鳴るの?」

「音の元素の魔法を使ってるからなの」

「え、え?!」


 音の元素?! そんなの使えるの?!

 わたしが再びヴァニラに聞く前に、扉が重々しく開いた。少し下がって、扉が開くのを待つ。ラムズは怪訝そうな顔でこちらを見下ろした。


「なんの用だ? 出発はまだだろ?」


 酷く久しぶりにラムズを見た気がして、鼓動が激しくなって俯いた。


 ラムズは眼帯を付けていなくて、服はいつもより大分ラフな格好だ。黒いズボンに、銀色の鎖がかかっている。おそらく懐中時計を吊るすためのやつだ。ところどころダイヤモンドの宝石があしらわれている。

 上も黒い服で、銀色のチャックが真ん中についている。胸のあたりまでチャックを閉めていた。

 首元の襟は立っていて、片側だけタンクトップ、もう片方は手首の辺りまで布がある。アシンメトリーになっている服だ

(しっかり見てるじゃないかって? うるさいわね。目に入っちゃったんだから仕方ないでしょ)。


 背の低いヴァニラは、うんと顔をあげながらラムズに言った。


「メアリが魔法を()き止められてるの。ラミアがやるやつなの?」

「あいつ……面倒なことしやがって」


 ラムズは苦々しく顔を歪めて舌を打った。


「メアリはいいとして、ヴァニラはどうすんだ? 入るか?」

「ヴァニはいいのー。ラムズのお城、宝石ばっかりで嫌んなるの」

「はいはい」


 彼女の言葉にどこか違和感を持ったけど、何も思い出せない。思いつかない。

 ラムズは一歩踏み出して、わたしの腕を掴んだ。雨よりも冷たい温度が一気に体を駆け巡る。鳥肌が立った。

 わたしが挙動不審なのに気付いたのか、ラムズは顔をしかめている。


「あの……冷たいと思っただけよ」

「ああ。じゃあな、ヴァニラ」

「またのー」


 ヴァニラはくるりと身を翻して、庭を歩いていく。金と白の傘を開いて、雨の中に消えていった。


 わたしがラムズの方を見るより先に、扉が閉まった。いつの間にか邸の中に足を踏み入れていたみたいだ。


 (やしき)は壁を叩く雨音以外、何も聞こえない。厚い壁なはずなのに、なぜか何重にも響いて聞こえる。


 この前と同じく、目の前に螺旋階段がある。しんと静まり返っている空間に(雨音は響いているのに、なぜかそう言いたくなったの。矛盾しているけど、静まり返っているようにも思えるのよ)、ふと緊張を覚えた。


「濡れてんのか」


 わたしの手を離すと、ラムズは魔法を使った。ふわっと身体が風に包まれて、濡れていた服や髪の毛がいっぺんに乾く。

 わたしはしげしげと服を見たあと、彼にお礼を言った。


「えっと、ありがと」

「ああ。とりあえず部屋に行くか」


 ラムズの後ろを歩いて、螺旋階段を上る。前と同じく、大きなサファイアの宝石が広間の中心でゆっくり回っている。

 星空の絨毯も前の通りだ。奥行きのある藍色に、白や赤、黄色のダイヤモンド。たしか本物じゃないって言ってたけど──。踏むのが怖くて、びくびくしながら進んだ。


 ──でも、どうしてこんなに緊張するんだろう?

 


 一番豪華な白い扉の部屋に入った。部屋の中も変わってない。水晶のローテーブルに、ダイヤモンドのチェスが置いてある。さっきまで遊んでいる途中だったのか、バラバラに並んでいる。

 その隣には皮表紙の厚い本があった。本を読みながらチェスをしてたってこと?


 わたしはローテーブルの後ろにあるソファに腰掛けた。ラムズも隣に座る。やっぱり緊張する。もぞもぞと体を動かして、少しだけ離れた。ラムズはそれを見ても何も言わない。


「とりあえず、腕触っていいか? 魔力を見たい」


 さっきは無理やり掴んだのに、今回は聞くらしい。変なの。

 わたしはこわごわと手を差し出した。ラムズの冷たい指が、脈を測るように何度か行き来した。


「ヴァニラにどこまで聞いた?」

「ラミアがやることだって……。受け入れてない状態で他人の魔力が体内に入ると、異物になって魔法が使えなくなるんでしょ?」

「ああ。ラミアは本来、恋人同士でこれをやるんだ」

「恋人同士……」


 なんとなくアヴィルのことを思い出したくなくて、曖昧に呟いた。


「お互いに愛し合っていて、魔力を流し込むことを受け入れていればなんの問題もない」

「お互いに魔力を流すといいことがあるの?」

「ねえな」


 え? ないの?!

 ないのにやるの?

 わたしが驚いたのに気付いたのか、ラムズが少し笑いながら言った。


「自己満足だな。ラミアは束縛をしたがるだろ。自分の魔力が相手の中に入ってるって思うだけで嬉しいんだ」

「ふうん……そういうものなのね……。でも魔法を使えなくするものなら、もっと戦いや拷問で使われていそうだけど」


 ラムズは軽く首を振った。


「魔力交換がそうそう有名な代物じゃない。相手に魔力を流し込むこと自体にもテクニックが必要だしな」

「ヴァニラも、知ってはいるけどできないって言ってたわ」


 彼は頷く。わたしの手を離して、背もたれに体を預ける。


「ラムズはできるの?」

「ああ。これは必ず交換する必要があるわけじゃない。俺だけが魔力を流し込むこともできる。そのときメアリが俺の魔力を受け入れれば、なんの問題もなく体に入る。俺が自分の魔力を操って、アヴィルの魔力に被せるんだ」

「アヴィルの魔力に被せる……」

「打ち消すって感じか? メアリの体にとって、今アヴィルの魔力は害悪でしかないんだ」

「わたしが自分で直すことはできないの?」


 ラムズはゆっくり首を振った。


「できない。一度入った魔力は他人のもので打ち消すしかない。もしくはアヴィルにもう一度入れてもらうか。その時も、メアリがアヴィルの魔力を受け入れる姿勢を見せないと意味ねえな」


 わたしはそこまで魔法に詳しいわけじゃないから、ラムズがそう言うならそうなんだろう。ヴァニラも似たようなことを言っていた。

 聞けば聞くほどラミアの恋人同士ならやりそうなことだと思った。でもどうしてラムズは躊躇ってるんだろう? そんなに大変なことなのかしら。


「じゃあ、早くやらないの?」

「やってもいいが──。というかまあ、やらないと魔法が使えなくなるわけで、やるしかねえんだが」


 ラムズは膝に肘をつけて、チェスの駒に触った。やりかけだったゲームの続きをするらしい。


「なにか問題があるの?」


 体を起こして、嵐の海のような濃紺の瞳がじっとこちらを捉えた。サファイアの方の宝石眼も、いつもより陰っている。


「俺の魔力を受け入れなきゃいけねえって言ったろ」

「ええ。それが?」

「んー。そう簡単なことじゃない。心を開かないといけない」

「えっと……つまり……?」


 ラムズは一つ息を吐いて、ソファから立ち上がった。ローテーブルの向こう側の椅子に座り直す。

 ──よかった。なんだか、隣にいると落ち着かなかったのよね。


 ラムズは足を組んで、息を吐いたあと首をくいっと傾け、戻した。銀の髪がさらりと流れる。


「こう見えて、気を遣ってるんだ」

「え? な、なにが?」

「アヴィルのところから帰ってきてから、俺はなにも言ってねえだろ? なにもしてねえし」


 わたしは目を泳がせた。ラムズを見るのがなんだか辛くて、机の上のチェスに視線を移す。重い口を開いて、もごもごと話す。


「その…………。好きとか、そういうこと?」

「そう、それ。ヘレウェスの上に乗るのはもう仕方ないから一緒に乗ったが──。今回も城に来いとは言わなかっただろ」

「……そうね」


 気を遣っているっていうのは、どういうことなんだろう。ラムズの真意がイマイチ分からなくて、眉をひそめた。


「自分では気付いてないかもしれんが、あんたは今トラウマがあるんじゃねえか?」

「トラウマ?」

「例えば今、俺と二人だよな? しかも俺の家に。それに俺はメアリのことが好きだって言ったよな?」

「そ、そう、ね…………」


 一つ間があって、真剣な眼差しでさらっと言った。


「怖いんだろ?」


 喉が唾を飲む音がした。

 途端、窓を打ち付ける雨音が脳内でも喚き立てた。


 怖い。

 そっか、怖かったんだ。

 いつもより緊張したのも、ラムズが近くにいるのに違和感があったのも──。それにここは、ラムズの言う通りラムズの部屋で、ラムズの家だ。つまり────。


「俺は人間じゃねえから本当に分かるわけじゃない。だが伊達(だて)に生きてねえし、それくらいは予測がつく。だから気を遣ったって言ったんだ」

「その……よく分からないけど、ありがと……」

「別に礼を言われるためにやったわけじゃない」


 ラムズは顔を下げて、チェスの駒を動かす。ホワイトダイアモンドの騎士(ナイト)が、コツンと盤の上で音を立てた。

 その余韻が嫌に空間に響いたあと、雨音だけが耳に入った。


 ──二人きり。


 そう思ったら、なんだか無性に心臓が痛くなって、喉が苦しくなった。その痛さを誤魔化すように言葉を紡ぐ。


「その……それが今の話となんの関係があるの?」


 ラムズは顔をあげて、淡々と話した。


「俺に怖がってたら失敗するんだ。安心して全てを委ねてもらわねえとできない」

「その、それは──」

「別に好きになれって言ってるんじゃない。例えばこれが、あのアリスティーナとかなら上手くいくだろう。よく知らねえが、友達なんだろ? あいつのことは信頼できんだろ?」

「そうね。たしかに」


 ラムズは頷いて、チェスの駒を動かした。そのあと、また話を続ける。


「だから少なくとも、俺のことをアリスティーナなんかと同じくらい信頼してもらわなきゃならない。でも今はできそうにないんじゃねえかと思ってな。それに──」

「それに?」


 ラムズはわたしの目を見たあと、下を向いて逸らした。また一つ駒が動く音が聞こえ、なんでもないことのように言葉が落とされた。



「体を密着させないとできない」



 どくん、どくん、と心臓が脈を打ち始めた。


 どういうことかは分かる。少なくとも抱きしめるってことだ。

 うん、そう。この前ヘレウェスにハグされたし、アリスにも同じくそうされた。その前だって、ヘレウェスの背中の上ではラムズがわたしの腰を抱いていたし──。

 ラムズがこっちを見た。蒼い視線が心臓にぞくりと触れる。


「分かるだろ? ただ抱きしめるだけじゃねえんだよ。俺のことだけを考えてないといけないし、信頼してもらわないといけない」

「無理、なの、かな…………」


 ラムズは頭を傾けて(わら)う。


「さあ? メアリがいいっていうなら、心を開いてもらえるよう努力はする」

「その……これ以外の方法はないの?」


 ラムズは背もたれに寄りかかって、顎を摩った。少し考えたあと、口を開く。


「まず、基本的にはラミアである必要がある。エルフならできるやつもいるかもしれないが、教えなきゃなんねえな。あとは、知り合いじゃないとおそらく無理だ。赤の他人に心を開けるか?」

「それは……。どの程度開かないといけないの?」

「最大限に」


 そんな曖昧な言い方じゃ分かんないよ!

 そう言いたいのが伝わったのか、ラムズがちらりと笑みを見せる。


「まあ、よく知り合ってない仲じゃ無理ってことだ。それにラミアは嫌じゃねえか?」

「それは──。でも、顔も違うし、女の人とか……」

「じゃあ、仕方ないから探すか。あーけど殺しちまったからなあ。恨まれてはねえかな」

「アヴィルのこと?」

「そう。まあ探せばなんとかなるか」


 ラムズは立ち上がって、わたしにも席を立つように促した。彼は目を細めて、部屋の奥にある窓を見た。レースカーテンの向こうに、青色のステンドグラスの窓がある。

 雨はさっきよりも増していて、日も落ちてしまっているみたいだった。


「今日は泊まれ。部屋は別でいいから」


 ラムズは扉の方に向かった。彼がちらりと振り返る。


「大丈夫か?」


 サフィアの顔がフラッシュバックして、わたしは目を瞬いた。なんでラムズとサフィアが重なるんだろう。全然違うのに。

 それにサフィアはもっと優しくて、ラムズみたいに意地悪したりしない────。


 意地悪。

 ラムズはわたしに意地悪をしてるんだろうか? 今だってわたしに気を遣ってくれているわけで……。


 ラムズがずっとわたしの返事を待っていたことを思い出した。俯きがちに返事をする。


「えっと、大丈夫よ……」

「ここは俺の部屋だから、他の部屋でいいか? こっちがいいならそれでもいいが」

「いいえ、他の部屋でいいわ。気を遣ってくれてありがとう」

「ああ」


 ラムズはひやりとした視線を向けたあと、扉を開いた。彼の後ろ姿も服も、サフィアとは違う。それでもなぜか、わたしはどうしてもラムズにサフィアの影を見てしまっていた。







 更新再開について、詳しいことは活動報告をご覧ください。書籍版がほしい方はTwitterでお声がけください。まだ受け付けております。

 


 今後番外編や二次創作集をたまに更新するかもしれません。広告下↓、もしくはタイトル上部の「愛殺シリーズ」のところから飛べるので、よかったらたまに覗いてみてください。TwitterやpixivFANBOXでも公開しております。


 ラムズ×ラピスフィーネのR18小説を、ムーンライトノベルズで中編で投稿しています。ラムズが酷いのと、謎のラムズのご都合設定(?)があるので、細かいことを気にしない方&地雷が大丈夫そうな方はぜひ読んでみてください。私の名前『夢伽』や、『使い捨ての宝石嬢』というタイトルで検索をかけると見つかると思います。



 いつも応援してくださってる皆様へ。よければ感想や一言コメントなどいただけると作者の更新のやる気につながります……! 広告下↓に匿名感想サービスのマシュマロなども用意してあるので、恥ずかしい方はぜひご利用ください。

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