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愛した人を殺しますか?――はい/いいえ  作者: **** 訳者:夢伽 莉斗
第5巻 玩具の街と銀の塔
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第104話 愛した人を殺しますか?

 アヴィルは転移陣から降りると、颯爽とわたしの方まで歩いてくる。その瞬間、槍のような緑のツタが数百本、アヴィルに迫った。彼は間一髪で横に転がる。右の腕と足が切断されている。

 

「ラムズ?! 何してるの?! なんでアヴィルに攻撃するの?! 聞くって言ったでしょ?!」

「は? 聞くのはお前だろ。俺の用事はこっち」

 

 ラムズは外したことに舌を打って、何かを詠唱する。


「【地よ、覚めよ ── Tarrex( タレクス ) Pergimin( ペリジミン )】」


 地面が急に盛り上がった。床が生き物のようにぐにゃりと曲がる。すぐに元に戻ったけど、アヴィルはバランスを崩して倒れている。わたしは走ってラムズに近寄り、彼の腕を引っ張る。

 

「やめてよ! 攻撃しないで! なんでこんなことするの? ひどい」

「ひどい? 何が? さっぱり分かんねえ」


 ラムズはわたしの手を払い落とそうとする。わたしはラムズの目の前に立って、攻撃できないようにした。

 ラムズは溜息を吐いて手を下ろす。でもメラメラと青い炎を瞳に(たた)えている。必死でそれを押しとどめ、ラムズは皮肉の(こも)った声で言った。

 

「じゃあ早く聞けよ。王子様に」

 

 わたしはキッとラムズに視線を飛ばして、アヴィルに向き直る。アヴィルの服や腕はもう回復したみたいだ。

 

「アヴィル、その……」

「来てそうそうに殺されんのかよ。ったく。だいたいメアリはなんでそっちにいんだよ? 塔は出ないっつったよな?」


 アヴィルは自分の指をボキボキ折って、わたしの後ろのラムズを睨んでいる。

 

「アヴィル、わたしは塔を出るわ。ごめんなさい。アヴィルはわたしのことが好きだから──」

 

 言い終わらないうちに、アヴィルに腕を掴まれる。背後から抱きすくめられ、囁き声が耳にかかった。

 

「いなくなんねーよな? メアリ」

「ごめんなさい、わたしは外に出たいの……。アヴィルはその、わたしが人魚に戻ったらどうするつもりだったの? 期限付きの愛って……」

「え? なんで突然そんな話?」

「いえ、その……」


 アヴィルはなんてことないという風に、さらりと言った。


「死ぬんだよ。一緒に死ぬ。大丈夫、殺す時は優しくすっから」


「賭けは俺の勝ち」

 

 ラムズが目の前でツタの魔法を放ち、アヴィルの手足にそれが絡みつく。ツタに電撃が伝っていく。ツタの周りが黄色く光り、電撃はギザギザとアヴィルに向かって走る。アヴィルはびくりと身体を震わせ、わたしを離した。


「ラ、ラムズ……。ダメ、殺さないで……」

「おい、今聞いただろ? 今だってこいつはメアリを殺すんじゃねえか? 俺には勝てねえからなあ?」


 ラムズは(あざけ)る声で言った。アヴィルが鋭い視線を向ける。


「うっせえな!


【砂塵よ、嵐を起こせ ── Arena( アレーナ ) Tempes( テンペス )】!」

 

 アヴィルはラムズの方に砂嵐魔法を巻き起こした。大量の砂が舞い上がって、わたしは嵐の外に放り出される。尻餅をつく。

 人くらいの大きさの砂嵐がぐるぐる回っている。目の前は黄土色の嵐。中で何が起こっているのかは分からない。

 

 しばらくして砂が床にパラパラと落ちていった。目を(こす)ってラムズたちがいた方に目を凝らす。


 ──うそでしょ?

 

 ラムズの心臓に短剣が刺さっている。ぐらりとラムズの体が傾いていく。

 

「【地を杭に、出現せよ ── Iacution( イアクティオ ) Appares(  アパルス  )】」


 アヴィルがひらりと手を動かした。地面からおびただしい数の砂の(くい)が現れる。茶色く尖っていて、怪物の腐った歯が並んでいるみたいだ。

 ラムズは剣山(けんざん)のような杭の上で手をつく。足や腕に杭が貫通して、体に穴が空いている。床は血の海だ。


 ラムズ……、死ぬの?


 ラムズはわたしの方を一度見やったあと、面倒くさそうに心臓から短剣を抜いた。痛さを全く感じさせない顔で体を起こし、腕をぶるりと振る。


 足や手に空いた穴がみるみる消えていく。

 破れた服の隙間から、胸の深い傷が見える。それも徐々に薄まり、────消えた。

 

「お前、お前なんで。まさか──、そうか。うそだろ? だから、そうか。つまり……お前たちはまだ生きて────。ラムズ、お前は……」


 アヴィルはチカチカと瞳孔を震わせた。一歩ずつラムズの方から後ずさっている。

 どういうこと? 何が起こってるの? ラムズは、なんで?


 どう考えても()()()()()()()()

 

 

 ラムズは服をパンパンと叩いた。

 

「服に穴が開いただろ」 

 

 (くま)のある眼を尖らせて、腕を掲げる。まるで白い霧が通ったかのように、物凄いスピードで刃風(はふう)魔法がアヴィルに襲いかかった。


「【地よ、遮れ ── Petrwall(ペイタラォール)】」


 アヴィルは手を掲げ、岩の壁を作った。地面が盛り上がって、茶色い岩がそびえ立つ。高さはちょうどわたしくらい。ラムズがこっちに来れなくなった。

 わたしに向かって、アヴィルがツタをするすると伸ばす。

 

「ちょっと、なに?! 何するの?!」

「いいから!」 

 

 彼の怒声にびくりとして、抵抗する手を止めた。アヴィルはあんなに怖い声を出したことなかったのに……。

 アヴィルはそのツタを手繰り寄せ、わたしの腰を掴んだ。アヴィルのギラギラ光った眼がわたしを射抜く。


「もうこうするしかねえよな?」


 アヴィルが短剣を掲げる。銀色の尖った刃が目前に迫る。──嘘でしょう? 本当に殺すつもりなの? 今?


「どうして? 愛してるならわたしの言うことを聞いてよ、なんで……」

「愛してるからこうすんだよ! 分かんねえのか?! 愛してるからこうすんの。メアリを失うくらいなら、一緒に死んだ方がマシだろ?!」

「分かんないよ……どうして? アヴィル、やめてよ」 

「俺も分かんねえよ……」

 

 アヴィルの瞳は優しく笑い、涙を滲ませた。彼の剣を持つ手が震えている。

 

「ただこれだけは言える。俺は誰よりもメアリが好きだって。そしてメアリがいなくなることに絶対に耐えらんねえっつーことも。メアリを殺して俺も死ぬ」 


 短剣が喉に突き刺さる────。

 瞬間、にゅっと何かが伸びて、それが剣先を掴んだ。手だ。ポタリポタリと赤い血がわたしの首に滴り落ちる。


「時間切れ。


【砂塵よ、地獄と溶けよ ── Liques(リクシ)cyy Marena( マレーナ )】」

 

 ──砂地獄だ。

 急に足元の床が(うごめ)いて、地面に引きずり込まれそうになった。足がもつれ、砂のようにさらさらと流れる床に吸われていく。


 アヴィルがバランスを崩し、剣先がわたしの頬を(かす)った。

 ラムズがアヴィルの体を電撃で覆う。体が黄色く光り、アヴィルはへなへなと地面に倒れ込んだ。


「メア、リ……」

 

 わたしはアヴィルの方を見た。瞬間、アヴィルがわたしの方に襲いかかり、そのまま馬乗りになる。

 ガタンッ、と床にわたしの背中が付く。


「アヴィル……やめてよ……」


 泣きそうな顔で笑いながら、アヴィルは短剣を掲げた。


「ごめんな? 俺ラムズには勝てねえか────」


 アヴィルの胸から血が吹き出して、身体から流れ落ちていく。氷の氷柱(つらら)が心臓に刺さっている。わたしの胸にも刺さりそうなくらい、太くて長い。氷柱の先が皮肉のようにキラキラ光った。


 どこからか、淡白な詠唱の声が聞こえる。凍えそうなくらい、冷たい声だった。


「【氷よ、燃えよ ── Gracrym( グラキュム ) Adleeque( アドリーク )】」


 アヴィルに突き刺さった氷柱は、先から真っ二つに割れて傷口を覆った。炎が燃え広がるように、アヴィルを凍らせていく。クリスタルのような氷の結晶が彼の体を()う。

 アヴィルの掌から剣が落ちた。そのまま崩れ落ちるように、わたしの方へ倒れる。

 

 アヴィル? なんで?


 傷は治らないの?


 ラミアは──《完全治癒》っていう能力があったでしょう?

 ラムズみたいに、傷は塞がるんでしょう?


 時が止まったようになって、一瞬何が起こったのか分からなかった。我に返って、アヴィルの身体をなんとか起こす。床に仰向けに寝かせ、彼の隣に座る。


「アヴィル? アヴィル……?」

「め、メアリ……」


 アヴィルは虚ろな瞳でわたしを見上げた。氷はじわじわとアヴィルの体を侵食している。上半身が全て覆われるのも、もう時間の問題だ。


「むり、だ……。俺は……勝てな、い……。メアリ……お前だけ──だッ」

「アヴィル? なんで怪我が治らないの? アヴィル……?」

「メアリ、聞けよ……。あいつは、ラムズはラミアの──……本当は、死んで、いや違ッ……。宝石が──あいつッ宝石、好き……だろっ?」

「え? ラムズ? 宝石? なんの話? お願い、もう話さないで。治るから、治るから……」

「うそ、だ。ちがう、ありえ──ない。お前を。お前を、本当に愛してんのは、な……」


 アヴィルの声が掠れていく。口から血が漏れ出して、唇を伝った。瞳が濡れている。涙と血が混じりあう。アヴィルの瞳が真っ直ぐとこちらを見て、脳まで貫いた。


 彼の唇に顔を近づける。アヴィルがわたしの腕を握って、顔を僅かに上げた。囁くようにして、でもはっきりと言った。



「メアリを本当に愛しているのは、俺だけ、だ」



 わたしの腕を掴んでいた手が緩み、瞼が閉じられた。がたんと手が床に落ちる。

 新緑の鱗が首筋に現れる。干からびて、茶色く変色していく。体を覆う全ての氷が一瞬にして溶けた。


 どくどくと鮮血と水が流れ落ちる。熱い血がわたしの手に触れる。


 アヴィルの(てのひら)を見た。黒かった爪が戻っている。そっと指に触れる。

 

 もう、冷たかった。



 細かった息が徐々に小さくなり、

 アヴィルは、死んだ。

 

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