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愛した人を殺しますか?――はい/いいえ  作者: **** 訳者:夢伽 莉斗
第5巻 玩具の街と銀の塔
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第91話 魅惑魔法

 ラムズは一度下を向いたあと、またわたしの方を見た。囁くようにして言葉を落とす。


「ラミアは子供を作れない」


 わたしは一度唇を軽く噛んだ。ぎゅっと拳を握ったあと、淡々とした声で返す。

 

「ラミアは子供が作れないから、分からないのね。自分の産んだ子供を殺される悲しみが。──皮肉だわ。まるでラミアは、子供を作れない腹いせに人間の子供を食べているみたいに見える。もしかすると、他の使族には本当にそう見えているのかしら?」

「かもしれねえな」


 ラムズの返事に小さな違和感を覚える。

 彼はそう思わないんだろうか。つまりラムズは、子供を作れないんだろうか。──ラミアと同じなの?


「子供を作れないなら、ラミアには愛もないの? 恋愛はしない?」

「ラミアは、愛し方を知らないな」

「愛し方を知らない?」

「捨てられるだろ。親に。仮に殺されなくても、ラミアは親に捨てられるんだ。親が人間だから、もはや親つっていいのかも分からない。ラミアはみんなそうだ。15までは普通に愛してもらえるだろうが、そのあとに裏切られる」

「そっか……。ラミアは家族が作れないだけじゃなくて、家族を持てないのね……」

「そうだな。そういうことにもなる。どっちが先なんだか」


 ラムズはそこで言い淀んだ。わたしはラムズの瞳を覗き込む。

 

「どっちが先って?」

「ラミアは風の神セーヴィと闇の神デスメイラ、時の神ミラームが(つく)った。つまり?」

 

 急に話を振られて、わたしは一瞬慌てた。風の神と闇の神。司る言葉は──。

 

「風の神は嫉妬や尊敬、闇の神はたくさんあるわ。唯一、真実、死、忘却、束縛……」

「それだ。嫉妬と束縛」

「それがラミアなの?」 

「ああ。ラミアの愛は重いんだ。子供が作れず家族もいない──だから『嫉妬と束縛の使族』なのか」


 子供が作れず家族もいない。だから大切な人を持つ他人に嫉妬する。大切な人を手放して独りになりたくないから、束縛する。──そういうこと?


「もしくは神がその()()に合わせてこんな使族にしたのか」

「不幸? 家族が作れないことは不幸なの?」


 嘲ける声が言った。


「それはあんたの方がよく知ってんだろ。家族がいて、子供ができることによって何が変わんのか。それを失ったらどう思うのか」 

 

 「なあ?」、無垢さと妖気さを混ぜたような笑顔で、ラムズはそう付け足した。


 わたしたち人魚が子供を作る理由──。


 それは、相手のことを愛しているからだ。子供はその人との合わさったものの証。その人とわたしの一部みたいなもの。


 そもそも愛し合う行為もそうだ。他の使族は知らないけど、わたしたち人魚は気を許した人としか触れ合わない。関わろうとするのは、相手のことを慕っているから。相手と仲良くなりたいから、相手を知りたいからだ。

 

 ──って、最近はそういうわけにもいかなくなってきたんだけどね。



「そうね。子供を作るのは、相手と一緒になりたいからだわ。一応愛の結晶みたいなものだから。人魚は子供に酷く目をかけることはないけれど……」 

「そんなに家族愛みたいなもんはねえのか」

「ええ。むしろ早く自立するように育てられる感じね」

「なるほど。ケンタウロスとは真逆だな」


 わたしは少し考えてから、ラムズに言った。


「でもそれじゃあ、ラミアは愛の結晶がないんだわ。前にも後ろにも。家族や子供が全く作れないラミアは──」

「一生孤独だな」


 ──孤独だな。

 ラムズの言葉が、なぜか頭の中で(こだま)した。彼の冷たい言葉がぐるぐると回る。曖昧に頷いて、返事をした。


「子供を作れないって、悲しいことなのね。でもニンフやエルフも作れないと思うけど、それはいいのかしら」

「ニンフはそもそも恋愛をしないからな。女しかいねえだろ。それに木を植えれば子供みたいな存在ができる。生まれる時も自然から生まれる。エルフは“中庸”で感情や意志がない。だから最初から“悲しい”とすら思えねえんだろう。ラミアは15までは愛を貰ってる以上、よけいに愛に飢え、愛を知らないんだ」

「最初から愛を貰わなかったら、欲しいとも思わないってことね」

「そういうことだ」

「これも赤ちゃんの話と似てるわね。生きる楽しみを知らないままに死ねるなら、その方がずっといいって」

「たしかに」 

 

 ラムズは唇だけを歪ませて笑った。目だけは、死んだようにピクリとも動かない。


 ラミアももしかしたらそう思っているのかもしれない。生まれた時点で捨てられていたら、最初から愛なんて知らずに済んだのにって。一度失ったものだからこそ、余計欲しくなる──。


 街のことはもう気にしないようにしよう。ラミアの話を聞いたら、彼らのことも可哀想だと思った。子供がいなくなる人間も可哀想だけど、ラミアも同じくらい可哀想。


 もうどちらかが妥協するしかないんだろうな。人間が子供を差し出すか、ラミアが絶滅するか。

 ラムズの言う通り、幸いクリュートの人間たちは子供がいなくなることを何とも思っていない。それならこのままにしておくのが一番いいのかもしれない。

 どこもかしこもラミアの街になっているわけじゃないしね。


 


 話が終わって、わたしは麻布に寝転んだ。言うほど洞穴から離れた場所じゃないせいか、少し生臭い匂いが漂ってきた。ラミアはもうみんな食べ終わったのかしら。


 わたしが顔をしかめていると、ラムズもなんだか苦しそうな顔をしていた。匂いが嫌なのかな? でもヴァンピールなら血の匂いくらい平気だと思うんだけど。


「どうかしたの? 匂いが嫌なの?」


 ラムズは一瞬こちらを見た。青い瞳が影って、暗い色に見える。その奥で、めらめらと青い炎が渦巻いている。ラムズは大きく息を吐いた。


「違う」

「じゃあ、なんで?」 

 

 ラムズはわたしの体を起こした。瞳の奥が透けて見える。彼の瞳は変幻自在に色を変える。今は、なんていうか────。


 彼の突き刺す眼に()()()()()()()


 ラムズがゆっくりと近付いてくる。体の自由が利かない。口も動かせない。心臓の鳴る音は、彼にも聞こえそうなくらいうるさい。

 冷たい視線がわたしの瞳を舐め、そのまま下に移る。首筋を見て、彼はわたしの腕を取った。


 そのまま引き寄せて体を掴み────。


「なんてな」


 ぱっと腕を離された。ドキドキが止まらない。疼く心臓をなんとか落ち着けて、固まっていた唇を動かした。

 

「な、なんだったの……」


 ラムズの冷たい眼がこちらを捉えた。真っ直ぐに言葉が飛んでくる。


「ほしい」

「なにが……?」

「血」

「えっ、あ、そういうことね……」

 

 ヴァンピールなら、たしかに食べてるところを見て血の匂いを嗅いだら、吸いたくなるわよね……。わたしの喉が、ごくりと音を鳴らした。

 

「今飲まないとダメなの……? それに他の人のを吸ってるんじゃなかった?」

「メアリに好きだって言ってからずっと吸ってねえんだ」

「え? そんなに?! ずっと吸ってないの?!」

「ああ」

「なんでよ……。吸わないと生きられないでしょ……」

 

 ラムズのことを覗き込んだら、彼はびくりと肩を震わせた。いつもよりも挙動不審だ。やっぱり血が足りてないのかな。


「ヴァンピールは誰かに好きだっつったら、そいつ以外から血を吸うのは申し訳なくなるっていうか。少なくとも俺はそう」

「わたしは気にしないけど……」

「まあ、だよな。けど俺は嫌だから。メアリが嫌って言うならいい。無理はさせられねえからな。言ってみただけ」

 

 ラムズは最後、ちょっとからかいを含んだ声で付け足した。


 でもそんなこと言われたら、いいって言うしかないじゃない。どうしよう。

 ラムズはまたわたしの顔を見て、そのあと首の方に視線を動かした。いつもより顔が険しい気がする。さっきのアヴィルみたいと言えばそうかも……。なんだか飢えているみたいだ。


「分かった、いいわよ」


 彼の瞳がぱっと見開いた。本気で驚いている。


「いいのか?」

「うん。それにラムズは、さっき話してくれたでしょ」

「なにを?」

「ラムズのこと。ラミアの話をしてたけど、なんだか自分のことも言っているように見えたわ。分からないけど、さっきの言葉は本物だったのかなって思ったから」

「だから代わりに吸わせてくれんのか?」


 わたしは視線を泳がせた。


「ん、そう言われたらおかしいような気が……」

「もうダメ。一回言ったら取り消しはなし」

 

 ラムズは笑うと、わたしの腕を引いて首元に顔を近づけた。ドキンドキンと胸が鳴っている。怖い。怖いけど、普通の怖さと違う。興味があるっていうか、心をくすぐられるような──。

 ラムズが顔をあげて、ふと思い付いたように言った。

 

「魔法かける?」

「えっと……魅惑魔法?」

「そう。どっちでもいい」

「普通はかけるの?」

「まあ」

「どっちがいいのかな」

「どっちでも好きなように?」

 

 ラムズは首を傾げて笑った。たまにラムズは、どこか幼いような笑顔を見せることがある。笑顔って言っていいのかは分からないけど。

 魅惑魔法をかけられたことはないし、一度くらいかかってみたいかも。魔法の耐性を付けるっていう意味でも。

 

「じゃあ、かけて」


 ラムズは一瞬戸惑ったような表情を見せた。眉をひそめて、わたしに確認する。


「本当にいいんだな?」

「え、あ、うん……」


 ラムズがわたしの前に手をかざした。怪しい笑みが映ったような気がして、でもすぐに分からなくなった。

 頭が重くなり、ふわふわしている。元々眠かったせいか瞼が重たい。


 意識が朦朧(もうろう)としてきた……。ぐわんぐわんする。お酒を飲んだ時みたい……。


「あー効きすぎてんな。聞こえるか?」

「うん……」


 わたしはぼうっとしてラムズの顔を見た。あれ、ラムズってこんなに格好よかったっけ……。いつも不機嫌そうだし怒ってるように見えてたけど、むしろそれもいいかも……。だってその方が少しドキドキするっていうか……。

 それになんだかサフィアに似てる……。どうしてだろう……。


 ラムズがわたしの頬に手を触れた。冷たくて気持ちいい。でもなんだか身体が熱い。


「ラムズ……」

「おい。耐性がなさすぎる。なんでかけろっつったんだよ」


 わたしはラムズの胸に倒れ込んだ。ラムズが受けとめて、わたしの肩を手で掴む。


「魔法解こうか?」

「飲まなくて、いいの? 飲まなきゃ……」

「はいはい。あとで俺に文句言うなよ?」

「何が? ラムズ……。なんだか格好よく見える……。どうして?」

「魅惑魔法だからな。そう見えねえとおかしい」

「そっかぁ……」


 ラムズの背中に手を回した。彼も抱き締めてくれる。冷たいけど気持ちいい……。ずっとこうしてたい。もうラムズと抱き合うのに慣れちゃった。なんだか安心するし……。ずっとこのままでいたい……。

 なんだか夢みたい。どうしたんだろう。


「まあ、いっか」


 ラムズがわたしの耳元でそう呟いた。わたしを一旦放すと、こちらに視線を交わせる。蒼い視線がチラチラと揺れた。ラムズはさっと口を開けて、首元に顔を近づける。白銀に光る牙を見たような気がした。

 冷たい唇が当たる。ひんやりして、鳥肌が立った。でも嫌じゃない。


 尖った牙が二本、皮膚を切り裂いた。一瞬痛みを感じたと思ったら、身体の中の血が巡っていく。


 ──吸われてる。


 心臓が疼いて、心拍が盛んに打ち立てた。


 さっきはフワフワしてたけど、今度はドキドキする。何これ……。ラムズの腕をぎゅっと掴む。ずっとこうしてたい。ラムズの身体は冷たいけど、なんだか熱っぽい。


「あー」

「どうしたの……?」

「いや、んー。もうやめるわ、大丈夫」

「なんで? もうちょっと……」


 ラムズは溜息を吐いて、もう一回血を吸った。気持ちいい。唇や息の冷たさに、身体が熱くなっていく。

 こんなの初めて。なんで血を吸われると気持ちよくなるんだろう? これも魅惑魔法のおかげなのかな……。


「……痛い」


 なんか噛まれた。首筋にビリビリっと刺激が走る。ラムズの腕を掴む。ラムズは顔を上げると、はっとした顔でわたしの方を見た。 


「悪い」


 ラムズの口の中が真っ赤だ。唇についた血を、赤い舌で舐める。

 ……どうしよう。またドキドキしてきた。ラムズの青い瞳がわたしの脳まで射抜いて、心を掴んで離さない。


「ら、ラムズ……」

「おい、あー。もう解く。このままだとまずい」

「ダメ……」

「ダメじゃねえ」

「ダメなのー」


 わたしはラムズの腕を掴むと、そのまま胸の中に顔を押し込んだ。このままでいたい……。楽しいし、なんだか気持ちいし、それに少し眠い……。

 このまま眠りたいな。ラムズに抱きしめられたまま、寝てたい……。


「メアリ。起きろ」

「いつも、こうしてくれる、でしょ……」

「そうだけど。ハァ……こっちの気も知らないで。離れろ」

「なんで……。酷いよ……」


 わたしは顔をあげて、ラムズの顔を見た。

 ラムズ──、ラムズ──…………。


「サフィ、ア」


 視界がぼやけて、ラムズの顔が二重に見える。笑ってるはずがないのに、あの素敵な笑顔に見える。太陽にみたいに輝かしくて、見てるだけで癒されるようなあの────。


「おい。メアリ? なに言ってんだ?」


 ラムズはわたしの体を揺すった。はっとして目を瞬く。金色だった髪の毛が銀に変わり、いつものラムズの顔が見えた。それでも──ドキドキはする。


「ラムズ……。お願い……」


 彼は長い睫毛をパチパチと動かした。わたしから一瞬視線を逸らしたあと、ぐいっと頭を胸に押し当てる。


「あー分かったよ、寝ていい。こうしててやるから」

「うん……」


 わたしは目をつむった。ラムズの心臓の音が聞こえる。ゆっくりだ。なんだか規則正しいから、時計の針みたい……。

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