第87話 テキトウな神様
「ねえ、それならこれはどう? 季節や今の発言の意味について教えてくれたら、絶対に崇神教徒にはならないって誓うわ」
ラムズは目を瞬いてこちらを見た。
「つまりこれで俺がこの話にのらなければ、あんたは崇神教徒になるかもしれねえってことか?」
「もちろんそうよ」
彼の唇が弧を描き、満足そうに笑った。
わたしは小さく拳を握る。やった!
「のった。教えてやろう。その代わり海に誓え」
「そこまで? いいわよ。崇神教徒にはならない、海に誓うわ」
「交渉成立。じゃあ教えてやろう」
(前に教えなかった? 人魚が『海に誓う』と言った時は、絶対にそれを守るのよ。守らないとそれこそ呪われるわ)
わたしはちらっと横で寝そべっているヴァニラを見た。彼女は無関心だ。ラムズが話し始める。
「さっきの『秩序が無秩序を産む』って話は、単に俺が思っただけだ。昔は戦争が悪天候で突然取り止めになることがあったが、今はそんなことほぼ起こらない」
「……そうね。それで?」
頭を振って、呆れる声で言われる。
「少しくらい頭を使えよ」
「分かったわよ」
わたしは聞いたことを整理して、目線を動かしながら考えを述べていく。
「秩序、無秩序……。戦争といえば無秩序のイメージがあるわね。光神教だって戦争が好きだし」
「そうだな。そして季節が生まれる前は天候が出鱈目だったっつったろ」
「でたらめ……それも無秩序ね。でも季節ができた。それは逆に秩序ってこと?」
「ああ。つまり、季節や天候に秩序が生まれたのに、そのせいで世界は無秩序に溺れたってわけだ。光神教ができたのもこの辺り。初めは多少違ったがな」
「なるほどね。気候は秩序なのにそのせいでむしろ無秩序に……。変なの」
人魚は、昔はほとんど人間と関わっていなかったとか。人魚の王様から聞いたことがある。
船が作られたのはいつ頃なんだろう。船が海を通るようになってから、人魚は嫌われ始めたのだ。その前は人魚っていう使族がいたことも、人間は知らなかったらしい。でも人間の方が先にできた使族かな、たしか。
「それじゃあ、季節はどうしてできたの?」
「きっかけは神同士の喧嘩だ。地の神アルティドが勝手に一人でペガサスという使族を作ったから、他の神が怒ったんだ。それで地の神アルティドを抜きに、季節を作ろうという話になったらしい」
「へえ。それまでは季節はなかったのに?」
「喧嘩はただのきっかけだっつったろ。ずっとどこかの人間が文句を言っていたんじゃねえか?」
「天候を何とかしろって? その頃から金の腕輪もあったの?」
(人間が神様に文句を言ったってことは、金の腕輪を通じて神様に話したってことでしょう?)
「金の腕輪は4000年前に落ちた」
「そうなのね。それで季節は?」
ラムズは頷いて、無機質な声で語っていく。
「その頃一人の神が創った使族は、人魚とニンフ、ペガサスしかいなかったんだ。つまり水の神ポシーファルは一人で創った使族──人魚がいる。だから他の神に比べて、水の神は地の神アルティドに怒ってなかった」
「逆に一人で創った使族がない神様は、怒っていたわけね。そんなことで怒るなんて」
「ああ。それで、ペガサスは常には存在してねえだろ。それは知ってるか?」
「ええ、冬しか出会えないわよね。冬の、日が暮れるまで」
「そう。そのあいだしか現れない」
詳しい話は知らないし、ペガサスに会ったことはない。けど、冬にだけペガサスが見れるって話はどこかで聞いたことがあった。
たしかペガサスは、プルシオ帝国の近くにある、処女の森にいるはずだ。
雪の降る季節、真っ白のペガサスがそれを被る様子は本当に美しいんだとか。魔物のヒッポスと似た見た目だけど、それよりも大きくて体の色は白銀。鬣や背中についた翼は光っているらしい。
ペガサスと話せるのは処女だけだって聞いたことがある。つまり子供を作ったことがない者ね。わたしも大丈夫だわ、よかった。
処女の森に行って、一度でいいからペガサスを見てみたいな。今は歩くこともできるわけだし。
「ペガサスは処女の森にいるんでしょ? 会いたいな」
彼の目がチカチカと瞬いて、テキトウな調子で返された。
「ん、あー。処女の森はなくなった。三年前に」
「えっ? うそでしょ? 森がなくなるなんてあるの?」
「プルシオ帝国が処女の森のニンフを大量に殺めたんだ。ニンフがいなくなると、その森は死ぬ。ニンフと森は繋がってるようなもんだからな」
「そんな……。じゃあペガサスはどこにいるの?」
ほとんど関心のなさそうな声で、ラムズが言う。
「うーん。まだ絶滅していないなら、たぶん乙女の森にいるだろう」
──絶滅。
人間がペガサスを殺したんだとしたら、地の神アルティドはそれこそ怒ったんじゃないかな……。ニンフも大量に殺したなんて。プルシオ帝国は本当におかしいわね。いくら戦闘が好きな者が多いからって、さすがに酷いわ
(プルシオ帝国は光神教を国教にしている国でしょ。ほら、世界は混沌に溢れているべきだっていうやつ。だから戦闘が大好きなのよ。それでニンフを殺したんだろうけど、それにしてもね)。
そういえば季節の話をしていたんだった。わたしは話を戻した。
「えっと季節の話だけど、それで地の神アルティドがペガサスを作ってどうしたの?」
「水の神ポシーファルはさほど怒ってなかったから、自分が操る季節にアルティドの創ったペガサスが存在することを許したんだ。それでできたのが冬」
水の神ポシーファルが操る季節──冬にペガサスが現れる。逆に言えば、冬以外にペガサスが現れることはできなくなったってわけね。
「そのあとは順番に決めたの?」
「ああ。春は風の神、冬は水の神、夏は火の神、虚が時の神だ」
「光の神と闇の神は?」
「彼らは昼夜を操ってるから、天候は操らねえんだ。平等じゃなくなんだろ」
「まぁたしかに……。そういえば、でも夜は月があるわよね? あれは光の神フシューリア?」
ラムズは一瞬口を閉ざして、わたしを見た。「サービスな」と言ってから話す。
「昔は月はなかった。光の神が闇の神に断って、月を作ったらしい」
「ないと不便だものね」
「不便じゃねえ使族もいる。人間が一番不便だろうな」
そっか。海の中では夜になったら人魚はみんな寝てしまうし、月なんてたしかにいらないかも。エルフも目はいいし、それに普段は《風》だ。フェアリーは知らないけど、わたしたちと同じように夜なら寝ちゃうんじゃないかな。
今、日が暮れても寝なくなった使族がいるのは、人間のせいかもしれないわね。妖鬼やアークエンジェルは、人間の社会に溶け込んでいるという感じだった。
ヴァニラがむくりと起き上がって、ぼんやり声で言う。
「なんで虚だけ一ヶ月なの? ヴァニはずっと虚でいいの」
「虚は昼と夜がねえだろ。つまり時の神が独りで操る季節なんだ。春冬夏は昼夜がある以上、光の神と風の神とか、必ず二人で操ることになる」
「そうね」
「だから時の神だけずるいってなって、一ヶ月しかないの。分かったの」
「そんな感じだな」
やっぱり神様ってテキトウね。困ってないからいいけど。
ヴァニラは季節の話にはさほど興味がないみたいだった。わりと物知りなところもあると思うけど、全然知らないことも多い。知識に偏りがあるのかしら。
でも、見た目の年齢にしてはかなり大人びているはずだ。だからたぶん、使族として見た目が小さいのかもしれない。昔そんな使族がいたわよね。ドワーフ──だっけ。彼らも絶滅したって聞いた。
わたしは麻布の上で寝転がった。風もないから変な感じ。魔木もそれが嫌なのか、わざと体を強く動かしている。葉がこすれる音はうるさいくらいだ。
でも何も音がないよりはいいかな。虚は音の響きもちょっと変で、吸い込まれているというか、いつもより静かな感じがするんだもの……。
◆◆◆
知らないあいだに寝ていたみたい。またあの人の夢を見ていた。二年も経ったのにまだ思い出すなんて。ハァ、忘れなきゃいけないのに。
金色の髪がまだ脳裏にチラついているから、ぱっと頭を振る。目を擦って欠伸をする。わ、ラムズに見られた。
──不気味な音楽が聞こえる。
それこそ今の季節に合っている。どうやらこの音楽のせいで、目が覚めたようだ。
身体を起こして辺りを見渡した。笛の音だ。でも角笛みたいに低い音じゃない。音色があって、明るい感じもする。でもメロディが変。
これが、神が作った不思議な道具──聖具の正体?




