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愛した人を殺しますか?――はい/いいえ  作者: **** 訳者:夢伽 莉斗
第5巻 玩具の街と銀の塔
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第85話 道化師

 目を開くと、玩具(おもちゃ)の街クリュートに戻っていた。もちろん、くるみ割り人形たちはもういない。


 わたしは恐る恐る、一歩足を踏み出した。


 ──痛くない。

 

 よかった、さっきかけられた呪いは戻ったんだ。歩くたびにナイフで(えぐ)られるような痛みがあるなんて、(たま)ったもんじゃない。


 水の神ポシーファルが『地の神に(あなど)られるのは(しゃく)だからな』って言っていたの、どういう意味だったんだろう? このナイフの呪いが地の神によるものだったってこと?



 わたしはポシーファルとの会話を思い出した。

 神を見たというのが、まだ夢みたいだった。本当に会ったとは思えない。でも、あれが神様だってことは体全体で感じた。そして何かを考える間もなく、まるで流水のような出来事だった。

 少し怖い思いはしたけど、何事もなく終わっただけ本当によかった。しかもナイフの呪いは消えてるし!


 とりあえず歌で生物を操る神力(しんりょく)のことを、これからはもうちょっと気にかければいいのかな。でも、どうして水の神ポシーファルはわたしのことを怒ってないんだろう?

(いやまぁたしかに途中で怒られたけど、人間に恋をしたことについては何も言われなかったわ)


 もう呪いをかけた以上、怒るのはやめたのかな。許してくれたのかしら。とにかくよかった。



 辺りを見渡して、ラムズたちがいないか探す。通りには何人か人が歩いているけど、ラムズやヴァニラはいないようだ。時間はそれほど経ってないように見える。


 もしかして、ラムズたちはあの場所からまだ戻ってないのかしら。


 目の前に噴水がある。よくある噴水とは違い、かなり精巧な作りだ。湧き出る水もおかしい。

 下から上へ吹き出して(ここまでは普通)、そのあと横で渦を描き、宙で消えている。

 つまり水が下に落ちてないのだ。くるんと水が曲がって、渦の中心にある水の先が消えている。どこから水が現れるのかも、どこに消えているのかも分からない。



 とぼとぼと歩き始める。周りのお洒落な街灯や玩具の家を見て、兵隊に連れていかれる前の疑問を思い出した。


 ──この街の正体って、なに?


 ラムズは、「アサなんとか」って言ってた。あの兵隊たちは、やっぱり神様の使いか何かなのかもしれない。そうするとこの街は神様が(つく)った街なわけで────。


「うわっ!」


 ()たた……。ぼうっとして歩いていたせいで、誰かにぶつかった。尻餅までついちゃった。

 わたしは顔を上げる。そして、ぶつかった相手の見た目にぎょっとして目を瞬いた。


 ──道化師(ピエロ)


「ごめんよー。大丈夫? かわい子ちゃん」

「え? は?」


 思わず間抜けな声を出した。

 幸いなことに、彼は玩具じゃない。道化師(ピエロ)に見える服を着ているだけだ。


 男の格好で一番目立つのは、頭に被っているフード。フードは二又(ふたまた)に分かれたのが耳元まで垂れ下がっていて、金色の房飾り(フリンジ)一房(ひとふさ)付いている。二又はそれぞれ紫色と黒色だ。

 フリンジが右に──左に──。頭を振って目を逸らす。まったく、インチキ催眠術じゃないんだから。


 わたしは彼の服を下まで見た。

 ダボっとした膝下までのズボンを履いていて、それが左右で色が違う。鋭く先が尖ったブーツに、濃い紫のマントを羽織っている。


「あなた、誰? なに? どうしてそんな変な格好してるの?」

「あーん、趣味? みたいな? 気にすんなって。それより大丈夫?」


 彼はわたしに手を差し出した。真っ黒に塗られた爪。チャチャラと金色の細いブレスレットがかかっている。

 とりあえずその彼の手を取って、わたしは立ち上がった。


「その二人と一緒?」


 後ろを振り返ると、ラムズとヴァニラもわたしのそばに立っていた。あの変な空間から戻ってきたのかしら。


「転んだのか? 阿呆(あほ)だな」

「うるさいわね。戻ってきたの?」

「そうなの! メアリを探してたの! 見つかってよかったの!」

「んん? なんの話?」


 道化師(ピエロ)の男が、首を傾げて笑った。ラムズと同じ銀色の髪の毛だ。ラムズは(いぶか)しげにそれを見て、小さく呟いた。


「──ラミア」

「あー、(ちげ)えよ。とりあえず、俺用あるから」

「待って!」


 彼の紫のコートを掴んだ。赤い切れ長の眼で見下ろされる。左目は斜めに巻いた黒い布のせいで見えない。ドキリとして、ちょっと後ずさった。

 でもここで逃すわけには行かない。

 この街のこと、彼に聞かなきゃ。


 さっき兵隊に連れ去られる前、ラムズたちは面倒くさがって教えてくれなかったのだ。この街を示す、「アサイーなんとか」っていう言葉

(は? なんでこれが美味しいのよ)。

 今彼を逃したら、一生街のことが分からないかもしれない。


「わ、わたしメアリ。教えてほしいことがあるの」

「なに、ナンパしてくれんの?」

「は、はあ?」

「カワイイコに聞かれちゃ、教えねーわけにはいかねーもんな。いーよ、なんでも聞いて」


 ──なんか、人選間違えた?

 彼は紫がかった唇を曲げて、あざとく笑った。わたしは一つ息を吐いて、少しだけラムズの方を見る。ラムズは無関心だ。隣のヴァニラも。

 やっぱり彼に頼るしかない。


「その、この街ってアサイ……なんとかって聞いたんだけど。神様が創った街というか、その──」

「あーっと、神造域(アサイラム)のこと?」

「そう! それ!」

「それが聞きてえの?」

「うん! 二人が教えてくれないの」

「はあ~? なんだそれ。変なの」

「でしょ、変でしょ。だから教えて」


 道化師(ピエロ)の彼が首を(ひね)って、パーカーが揺れる。少しだけ悩む素振りをしたあと、口を開いた。


「んーなんも知らねえの? よっぽど世間知らずなお嬢さんなんだな」

「そういうのはいいから!」

「あいあい。神造域(アサイラム)っつーのはー、聖具(ワーミー)が落ちた場所のことだなー」

聖具(ワーミー)?」

「それも知らねーのかよ」


 彼はラムズたちの方を見た。ラムズが気怠(けだる)そうな声で呟く。


「説明、面倒だろ?」

「まーたしかに? けど女の子には優しくしねえと、な」


 この男は、どうやらエディよりももっとタチの悪い軟派(なんぱ)な人らしい。本当に人選を間違えたかもしれない。でも文句は言ってられないわよね。教えてくれるんだから。

 わたしは期待を込めて彼を見た。彼は眉をひそめて言う。


神造域(アサイラム)っつーのはよ、変なことが起こるわけ。まー、本当に色々と。聖具(ワーミー)ってのは神様がくれたもの。例えば金の腕輪(ドラウプニル)とか?」

「それは知ってるわ! (にん)ぎ──」


 危ない危ない。人魚って言うところだった

(正確には、『人魚の王様が持ってる』って言おうとしたのよ。金の腕輪(ドラウプニル)を持っていると神様と話ができるの。だから人魚の王様は、7年に一度神様と話をしている。話す神様は一人だけ選ぶらしいわ)。


 なんとか誤魔化して、ニコッと笑う。


金の腕輪(ドラウプニル)は、神様と話ができる物よね」

「そーそー。そんな感じで、何らかの魔法の力を持った、神様がくれた道具っつー感じだな。聖具(ワーミー)は」

「それが落ちた場所が、神造域(アサイラム)?」


 彼はこくっと頷く。


「そー。金の腕輪(ドラウプニル)は世界に8つある」

「8つも? つまり神造域(アサイラム)は少なくとも8つ以上あるってこと?」

「あぁ。今金の腕輪(ドラウプニル)を持ってんのは、ドラゴン、人間、フェアリー、エルフ、人魚、ケンタウロスだっけな」

「あと二つは?」

「行方不明ー」


 行方不明なんてことがあるんだ。

 でも、人魚が持っているってことは、海は神造域(アサイラム)なの? うーん、そんなにおかしなことなんて起こってないと思うんだけど……。


乙女の森(ガーリェスト)神造域(アサイラム)なの! あ、あそこは金の腕輪(ドラウプニル)が落ちたんじゃなかったの。間違えたの」


 後ろでヴァニラがそう呟いた。道化師(ピエロ)の彼は目を細めて笑う。


「小さいのによく知ってんねー。メアリちゃんより詳しそうじゃん。あとは例えばペイナウ大陸が神造域(アサイラム)かな」


(いつの間に名前を覚えられてる。怖いんだけど)


「ペイナウ大陸? そうだったの? もしかして一年中砂漠なのって……」

「そーそれー。季節変わんねーのも、ずっと(あち)いのも、神造域(アサイラム)だから」

「えっとその……じゃあタラタ海は……」

「タラタ海?」


(わたしたち人魚が住んでいるところは、大陸に挟まれたタラタ海という大洋。

 それ以外に、北大陸にメラニ海っていう小さな湾がある。海面がまるで鏡のようになっているわ。そこには人魚や魔魚(まぎょ)(魚系の魔物のこと)は近付けないの。入るだけで火傷したようになるというか。熱いわけじゃないわ。湯気は立ってないもの。()()()()()()よね。

 もちろん人間も入れないと思う。船が浮かんでいるところは見たことない)


挿絵(By みてみん)


「だって……人魚は金の腕輪(ドラウプニル)を持ってるって……」


 怪しまれないかな。この人も人間──よね? よく分からないけど。

 赤い眼がじっとこちらを捉えて、チロチロ光った。なんだかポイズスネ(へび)イクみたいだ。なんでそう思ったんだろう、分からない。

 彼は少し首を曲げたあとに答える。


「タラタ海は神造域(アサイラム)じゃねーよ。初めに聖具(ワーミー)が落ちた場所が神造域(アサイラム)になってんの」

「海は初めに落ちた場所じゃないの?」

「ちげーな。金の腕輪(ドラウプニル)を初めに持ってたのは、四人のドラゴン。あとはー……」

「一人のエルフ」


 ラムズが後ろから囁くように言った。

 これも知ってるんだ。後ろを向くと、ラムズがニヤニヤ笑っているのが見えた。でも、もう口を閉ざしている。ヴァニラはいつも通り、お酒を飲んでいる。


 あとは残り三つ? それは誰が持ってたんだろう。ラムズは知らないのかな。


「あと三つはなに?」

「知らん」


 ラムズが答えた。本当なんだろうか? 分からない。道化師(ピエロ)の彼も首を振っている。


「俺ももう忘れちまったわ。そんなんどーでもいーだろ? とりあえずそいつらがいた場所が神造域(アサイラム)んなってる」

「ここも神造域(アサイラム)なの? さっきラムズが言ってたわ。プロ……プロプ……」

神門(プロピュライア)?」

「それ!」


 男は頷いた。

 最初に通った神殿のような白い建物、あれが神門(プロピュライア)っていうのね。


「たしかにクリュートは神造域(アサイラム)だぜ。神造域(アサイラム)の場合は、必ず入った時に神門(プロピュライア)が出てくる。門の建物みてえなやつ」

「そう考えると、タラタ海には神門(プロピュライア)はなかったわ。分かった。本当にありがと」

「どういたしましてー。じゃあお礼にキスして?」


 男は自分の頬を指でつついた。

 い、意味わかんない。何言ってるの? この人。あからさまに顔を(しか)めたら、彼は困ったように笑った。


「冗談じゃん。本気にすんなよー。んじゃまたねー」


 彼はわたしの頭をとんと叩いたあと、そばを通り過ぎて行った。

 わたしはラムズたちの方へ向き直る。ヴァニラはお酒を飲んでばっかりだし、ラムズは飄々(ひょうひょう)とした感じで突っ立っている。


「二人とも、知ってるなら教えてくれればいいのに!」

「知り合いができてよかったじゃねえか」

「──もう、知らない。とにかくここは神造域(アサイラム)なんでしょ。変なことが起こってる。つまりこの街の見た目が玩具みたいなのは、神造域(アサイラム)だから?」

「そうかもな?」


 ラムズはいかにもテキトウな感じで返事をする。全く当てにならない。自分で調べないとダメらしい。


 えっと、もう一度頭の中で整理しよう。


 神様が地上に落とした不思議な道具、それを聖具(ワーミー)という。

 聖具(ワーミー)()()()落ちた場所は、神造域(アサイラム)と呼ばれる。逆に言えば、聖具(ワーミー)は移動することもあるってことね。物なんだから。


 神造域(アサイラム)の場合は、その地に足を踏み入れた途端、神門(プロピュライア)が現れる。石柱でできた、白い神殿のような建物ね。

 そして神造域(アサイラム)では、とにかくおかしなことが起こる。


 金の腕輪(ドラウプニル)聖具(ワーミー)のうちの一つ。それ以外の話は──、まぁ、今はどうでもいいわね。



 子供が消えているのは、もしかしたら神造域(アサイラム)だからかもしれない。ここは金の腕輪(ドラウプニル)が落ちた場所なのかしら。それともまた別の聖具(ワーミー)


 さっきの人にもっと聞けばよかったわ。でも、ギルドや宿屋なんかでも話は聞けるはず。


「とりあえず、泊まる宿屋を探しましょ」

「ああ」

「お酒が美味しいところがいいのー」


 ヴァニラってやっぱり頼りにならない。ロミューが来てくれた方がよかったかも。わたしは二人を冷たい目で見たあと、歩き出した。街の様子と服はおかしいけど、それ以外はたぶん普通だ

(つまり街を歩いている大人は普通そうってこと。さっきの人を除いて)。

 おそらく宿屋は()()()見つかるだろう。



 みんなで歩き出して、ふとさっき兵隊に連れ去られたことを思い出した。二人も同じように、くるみ割り人形に物語を聞かせたのかしら?


「ヴァニラとラムズも、お伽噺(とぎばなし)を作ったの?」

「ああ」

「作ったのー!」

「ふうん、どんなお伽噺? わたしは人魚姫の話。人魚なのに、自ら進んで人間になるの」

「そりゃ()()()だな」


 ラムズが笑い、続けて言った。


「タイトルを付けるなら、俺は『美女と野獣』で。ヴァニラは?」

「オズの魔法使い!」

「おい」


 ラムズはヴァニラの頬を(つね)った。ヴァニラは「()ててて」とかわいく(うな)って、ラムズを睨む。


「大丈夫なの! ちゃんとお伽噺にしたの! 実話じゃないの!」

「ったく。勝手に借りんなよ」

「だって思いつかなかったんだもの~」

「酒の話でも書けばよかっただろ」


 二人はなんの話をしてるんだろう?

 わたしが疑問に思ってるのに気付いたのか、ラムズがヴァニラから手を離した。


「気にすんな」

「分かったわ。それで、二人の話はどんな話なの?」

「俺の話は──────」


 わたしたちは互いのお伽噺を聞きながら、宿を探しに行った。




 ◆◆◆




 宿は簡単に見つかると思ったのに、全くダメだった。それもこれも、全部崇神(セブンス)教──いや、ラムズのせい!



挿絵(By みてみん)

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