最下層【居住区画】5
「マスター、おかわり」
「飲みすぎですよ、明日に差し支えます」
「いいんだ、どうせ僕なんて……」
中層まで行っても三桁も稼げないんだから。
居住区画の、ここでは唯一と言っていい『まとも』な酒場。
そこで僕は自棄酒を煽っていた。
「そういう日もありますよ」
「マスター……」
あの後、僕はふらふらとトートス店を出た。
確かに稼ぎは低かった。
けれど中層に入った、その達成感で僕は満足していたのだ。
今日は様子見程度だったから今度は本格的に準備をして、と意気込んでいたのだ。
なのに。
「あいつも中層に入ったばっかりなのに」
「月並みですが、運も実力の内と言いますから」
マスターなりのフォロー、なのだろうが今の僕にはお前では実力不足だと言われているように聞こえた。
「どうせ僕は……」
「うーん、さっきからこのやり取りから抜け出せませんね」
そう言ってマスターは苦笑いを浮かべた。
ここが『まとも』なのは、出てくる料理の質だったり酒だったりがいいということもあるが、それ以上に
出入りする人間の質がいい。
これが悪名高き廃品街のドラムならば、僕は汚水まがいの安酒で意識を失い他の客に剥かれてゴミ貯めに捨てられ晴れてネズミの餌だ。
自棄になっているとはいっても店は選ぶ。
何もすすんで死にたい訳はではない。
まぁ、当然そこそこ値が張るのだがそこは安全も買っていると思えば安いものだ。
「ところで今の追加でお代が30を超えましたが大丈夫ですか?」
「…………」
今日の上り分だけのつもりがいつの間にやら超えていたらしい。
「これで、終わりにします……」
「それがいいですよ」
程よく回っていた酔いが醒めてしまった。
訂正しよう。
酒は決して安くはない。