最下層【居住区画】8
このままだと彼女は僕に追いつく。
何故なら彼女は走れるが僕はそうじゃない。
仮に走って逃げたら外聞が悪いという話では済まない。
僕は明日からここへ来ることはできなくなる。
何せ【仲間】を自称する、傍目に見て美少女の彼女を置き去りにするのだから。
男はもとい、女性からの誹りも避けられない。
ここでメンバーを募る事は不可能になる。
撤退は不可能。ならば。
僕は足を止め、彼女の方へと向き直る。
「あの、誰かと勘違いされてませんか」
迎撃するしかない。
どうあっても彼女と僕は初対面。
ならばそれを周りに教えればいい。
「ひ、ひどい、なんでそんなこと言うんですかカインさん!」
「――――」
しまった。先手を打たれた。
僕はカインなんて名前ではない。けれど周りはそれを知らない。
僕がここでそれを否定することは、僕に旧知の友でもいなければ不可能だ。
こ、この女、存外頭が回るじゃないか。
だが僕だってこのまま引き下がるわけにはいかない。生活が懸かっているのだ。
「あぁ、あなたの仲間はカインさんって言うんですね」
「私との」
人違い作戦を継続させようとした僕に、彼女は言う。
「私との約束は、嘘だったんですか」
目には涙。震える声。そして意味深なセリフ。
既に感じる、周りからの突き刺さるような視線。
こ、こいつ、躊躇なく最大の武器を使いやがった!
心の中で毒づくが、結果は明らか。
僕は彼女を宥めるふりをしながら、その場を後にすることとなった。