6ピース目〈岡村パズル 彩飾編〉
岡村は撹拌した白いジグソーパズルを埋める。ひとつひとつを繋ぎ合わせている作業は、帰らぬ日々を今一度胸に刻ませる。
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純粋無垢な志帆。癒やされていたのは自分だったと気付いた時には失っていた。
出会いは初夏の会社。面接室に入る志帆と目を合わせると全身に甘く、ふくよかな風が吹き込んだような感触が迸った。
澪亜と交際していたにも関わらず、欲望が日に日に勝ってしまう。
どうにかして志帆へ向ける愛情を抑えたかった。自分の地位を棄ててまでには至らないというプライドが許さなかった為だ。
区切りをつけるつもりで澪亜と正式に婚約をする。徐々に志帆を忘れようと誓いはするが顔を見れば触れたい、会えば仕事に於いての口論となる。
世帯を持つまでだ。いや、婚姻届を提出してからにしよう。待て、澪亜が妊娠したらその時に……。
『ごめんなさい』の口実を何時、言おう。岡村は志帆と会うたびに翻弄した。結局ずるずると月日が立ち、運命の日が訪れる。
入籍は済ませていた。正真正銘、澪亜は妻であり家族。葬儀を執り行った日は、ハネムーンに旅立つ予定だった。見込みはなくて、旅行会社にもキャンセルの手続きをした次の日だった。
志帆の肌の温もりが唯一の支え……。いつもの隠密の場所でお互いを密着させて貪る。大の男が左手の薬指の銀色の輪を填めている意味はただひとつ。気付いて承知の上は今思えば、浅はかだった。だから、志帆の選択は正しかったと解釈するしかなかった。
志帆は振り返らない、追うのはみっともない。罪と罰として、胸に深く刻ませると岡村は誓った。
その筈だった……。
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「おはようございます」
翌日の早朝、場内で稼働準備をする岡村に挨拶したのは志帆だった。
「おはよう……。先日は無理矢理呑みに誘ってすまなかった」
「何故、謝るのですか?」
と志帆は笑みを湛えながら訊く。
「また、キミを傷つけてしまったと思ったからさ」
「それは私も同じです」
まだ許して貰えないのは解ってる。なのに、志帆はまるで合わせるかのようにしている。流石に首を傾げるしかないと思う岡村だった。
「私、ずっと考えていたのです。岡村さんの嘘は良い嘘だったのではないかと思うと……。その……」
志帆はうつ向きながら言葉を濁す。岡村は咄嗟に腕を伸ばして掌を差し出すが、喉を鳴らしながらスラックスのポケットに突っ込む。
岡村は深呼吸をすると、こう言った。
「見苦しい覚悟で伝える。今度はちゃんと正面向き合って話すと約束する。その返事を待っている」
そして、翻し靴を鳴らそうとした時だった。
「『イエス』に決まってます。だから、今すぐ受け止めてください」
岡村は志帆の震える声に耳を澄ますと、場内に誰もいないと確認して真っ直ぐとその身体を抱き締めていく。
ただひとつ、死角がある場所を忘れていた岡村は油断と隙を与えてしまった。
真後ろのボイラー室の扉の裏で、二人の様子を呆然として見守る英司に気付かなかった。