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5ピース目〈岡村パズル 後編〉

 澪亜はもういない。

 時を戻す道具があれば今一度世帯を持つと誓う日に設定したい。

 妻の手料理に舌鼓して我が子を抱く父親をやり遂げたい。


 すべては叶わぬ夢と悟る岡村は、せめて此れだけはという思いで象を左の薬指に填めたのは遡ること去年の冬、世間はクリスマスカラーで彩り美しく輝いていた。


 二兎追う者は一兔をも得ず。まさに当てはまると感心したものだった。


 志帆と別れてしまう。

 女の直感だった。左手を凝視して凍てつく顔に言い訳は通じなかった。


 喪に服している間は『新婚旅行』と偽る。今思えばあまりにも過剰な出鱈目だった。弁解の機会は訪れることなく半年が過ぎた。


 駄目でもともと、志帆を飲みに誘う。二人きりだと逃げられる恐れがあるからわざと戸田を交えてと念を押したら、承知してくれた。どうにか戸田を撒いて志帆に真実を伝えたいと試みるが、結局は空振りだった。


 岡村は仕方なく酔い潰れた戸田を自宅に招き入れた。流石に私的事は隠せないと諦めて我が妻を語ると至った。




 ******



 ーーおじゃましましたーー


 岡村はリビングルームの長椅子に横になっていた。外から聞こえる野鳥の囀ずりに耳を澄ませると、閉まるアコーディオンカーテンの隙間から射し込む陽の光に眩しさを覚える。テーブルの上の書き置きを指先で挟んで読むと、くしゃくしゃに丸めて屑籠に投げ棄てた。


 キッチンに立ちケトルに水道水を注ぎ入れてガスコンロを点火させて湯を沸かすと、マグカップになみなみと注ぎ入れた熱々のインスタントコーヒーを啜る。そして、思いに更ける。


 志帆は真っ直ぐと前を向いて歩いている。今回無理矢理押し倒すなんてしなくて良かった。邪魔と思えた戸田に感謝をするべきだろう。


 此れで良かった。だが、頬を伝う涙の理由が解らない。こんな場合はどうすれば良いのかさえ思いつかないのが歯痒い。


 ーー自由になって……。


 澪亜はどんな気持ちでそんな言葉を吐いたのかさえ、いまだに理解出来ないまま、今日まで時は刻まれた。


 すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干して空になったマグカップをシンクの蛇口をひねって洗うと、水切り籠に押し込む。


 結局その日は外出する事もなく、独りで住むには広さを覚える『我が家』で過ごした。バラエティー番組を観ても笑えないものだから、ひたすら身体を横にするしかなかった。


 岡村は部屋の隅に落ちている固体を拾う。暇潰しにと購入したジグソーパズルの一片だった。


 自室に行くと未完成のパズルがサイドテーブルに置きっぱなしになっていた。最後の1ピースを紛失して何度かバラけさせようかと思った真っ白のジグソーパズル。


 岡村は手にするパズルのピースを埋めて見つめると、かくはんしてひとつひとつと、繋ぎ合わせていった。




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