4ピース目〈岡村パズル 前編〉
岡村は語る。英司も真剣に耳を澄ませる。胸の内の誰にも明かさなかった真実を……。
「もう、寝ろ」
「はい」と英司は返事をすると、岡村を視野に入れる。会社での覇気はなく、虚ろ。
「お休みなさい」
寝室の扉を閉める前に英司はか細く挨拶をする。
そして、この部屋が本来ならば誰の為に在るのかと、気付くのであった。
岡村さん(流石にそう呼ばないと)は今でもこうして、奥さんを温かく迎えている。
新しい家族を同じくだろう。純白で、しかもレースをあしらうベビー服がハンガーに吊るされて壁に掲げられていた。
間接照明がその道標。英司はそう思考を膨らませて、布団に潜り込んでいった。
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リビングルームに居る岡村は、一人でウイスキーの水割りを煽っていた。どんなに呑んでも酔いが直ぐに醒める。こんなに深酒したのは、久し振りだった。
そう……。澪亜が荼毘に移された。白い壺に僅かな彼女の《象》を詰めて、その日に初七日も済ませた……。その夜以来だった。
ーー晴一さん、自由になっていいよ。
一週間後に挙式を控えてたその日、澪亜はそう言うと意識を失う。
新居にマンションを購入して、何もかも準備万端だった。
ーーまだ早すぎると思うでしょう? でも、私達の赤ちゃんに似合うの間違い無しだからっ!
結納を済ませた当日、ベビー用品専門店に行きたいとせがむ澪亜。選ぶ仕草と幸福に満ちた顔が忘れられない。
ーー頭が毎日痛いの。薬を飲んでもちっとも効かない……。
今思えば、その前触れだった。
岡村は、妻として愛でる筈だった澪亜との思い出を溢れさせていた。
ふわふわとした綿雲のような感覚が迸る。
ウイスキーのボトルが空になり、其れでも最後の一滴を貪る。
ゆらり、ゆらり。深く、深くと時を巻き戻して行く……。
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ーー意識が回復する見込みは、残念ながらはっきりと申し上げる事は出来ません。
緊急搬送された医療機関の集中治療室で、澪亜はありとあらゆる医療器具を装着してベッドに横たわっていた。その面会に許されたのは、岡村ただ一人……。正確に言えば、彼女の実家は県外の為、身内は交通機関の手配に手間取っていた。
「会わせたい方がいれば、其れまで延命の処置を致しますが?」
主治医の言葉が針の先の如く、鋭く胸に刺す。
「……。このまま、静かにその時を見守ります。お気遣い、ありがとうございます」
《家族》として、自分が看取りたかった。恐らく、澪亜も其れを望んでいる筈だ。時々目蓋が開き、握り締める手も微かに動く。その度声を掛けるものの、其れは全て止まってしまうを繰り返していた。
吸って吐いて……。澪亜の息は海の満ち引きのように、解き放される。
そして、陽が昇るとともに……命の灯火は消える。
〔くも膜下出血〕医師から受け取る書類にそう記されていた。