3ピース目
戸田英司……。所謂、本作の中心人物だ。身長165㎝体重56㎏髪の色は黒。顔立ちは生き物で例えるならば、ラッコ。
その存在を脅かす人物が岡村晴一。黙って裏方に引っ込めばいいだろうに、何かと目立つ事ばかりをやらかしている。英司にとってはまさに“天敵”だろう。
本日も、そんな二人の闘いの火蓋が切って落とされようとしていた。筈だった……。
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英司は頭痛と共に目を覚ます。直ぐに起床はせずに、布団を被ったまま天井を仰ぐ。
なんとなく違和感がある。薄暗い室内を見渡すと雑然とした家具の配置が見当たらず、整理整頓が行き届く空間。見覚えがない雑貨品とふんわりと薫る柑橘類の芳香剤の匂い。そして、ふかふかと心地好い寝床。
岡村(英司は思考を膨らませる時は呼び捨てにしている)に夕食をご馳走になり、二度と口にしたくない《地獄酒》を呑まされた。其れから奴の下手な歌声を聴かされて、漸く帰宅したのは……時間に記憶が無かった。
考えたくない現実だった。此処は他所の家と瞬時に悟る。誰の家だ! 志帆さん(英司の頭の中ではそう呼んでる)とは居酒屋で(岡村は邪魔だった)過ごしただけだ。絶対に過ちは犯していない。
ーーええ、此方も彼のおかげで助かってます。一晩預りますから、ごゆっくりされてください。
誰と会話しているのだろう。英司は聞き覚えがあるその声に、扉を隔てて耳を澄ませる。
「お? 起きてたのか。たった今、おまえの家に連絡した」
がらりと、扉が開き、照明の灯りでその姿は影で隠れているものの、誰かは完全に明確となる。
「岡村さん、良いのですか?」
「気にするな、気楽にしろ」
「ご家庭があるのでしょう? 御家族にご迷惑掛けると大変ですので、今すぐ帰宅します」
「心配するな。生憎、居ない」
落胆を滲ませる岡村の言葉の理由。その答えは案内された和室にひっそりと置かれる小さな仏壇にあった。
〔岡村澪亜 享年29才〕
位牌の本人である遺影の女性。オアシスに植わる彩り豊かな生花に囲まれながら、人生で一番幸福に満ちた衣装で優しく微笑んでいた。
「誰も、この事実は知りませんよ?」
「ごくわずかな身内で見送るから、工場現場の従業員には伏せとけと、俺が口止めしてたのだ」
供えの桜の花びらを彷彿させるアロマキャンドルに岡村が着火させると凛と軽く鈴を叩き鳴らし、英司もその隣で深く頭を下げて合掌をする。
リビングとキッチンが対面する部屋。英司は岡村が用意した野菜ジュースを飲み干す。頭痛と吐き気も伴っていると告げると、コップ一杯の水と救急箱に備える市販薬を渡される。
「マメな方ですね?」
「たった此れくらいで言うな!」
「いえ、本当にそう思います。その証拠に、現場での貴方は社内一番の頼れる存在です」
「恨まれる事が殆どだ」
岡村は溜息を吐くと、氷が浮かぶグラスをからりと、鳴らし、口に含んでいく。
「あれだけ呑まれて、まだいけるのですかぁあ?」
「一杯だけだ。何なら、戸田も水割り呑むか?」
「遠慮します。暫くは酒は自重と誓いました」
「ははは」と、岡村はほろ酔い加減で笑みを湛える。
「あの、差し支えがなければ、是非お話しをして貰えませんか?」
「俺のカミさんについてだろう?」
「僕と同じ歳が気になりました」
「……。男の私生活をベラベラ喋るなんて、見苦しい事はするなよ」
「後が恐ろしい位は察してます」
こうして、岡村は語りだす。それは、馴初めから始り、締め括りは……。その詳細は、次話で明らかとなる。