17ピース目
「行ってくる」
早朝の会社。岡村は、事務所で赴任先に向かう仕度をする最中だった。
「帰りは何時頃になるのですか?」
英司が、デスクで朝食としてコンビニエンスストアで購入したミックスサンドを、頬張りながら訊く。
「暫くは遅くなる。下手すれば、泊まりだろう」
岡村は、ビニールに包装された作業用の上着を茶色のトートバッグに詰めると、取手を握り締めて英司の頭上に底を押し当てた。
衝撃はぷっ、と、英司の口から歯形が付く『朝食』の欠片を岡村が履く靴の爪先に落下させるーー。
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英司は耳朶に事務用のクリップを挟めて、駐車場にいた。
「俺が帰って来るまで下げとけっ!」
公用車の運転席に乗る岡村が、眉間に皺を寄せて英司に罵声する。
「鞄に何を詰めてのですかぁあ? お陰でタンコブが出来ました」
「鉄アレイが良かったか? それともーー」
「岡村さん、渋滞に捲き込まれてしまいますよぉおっ!」
「ちっ!」と、岡村は舌打ちをしながらエンジンをかけると、英司を追い払う仕草をする。
「岡村さん、僕はーー」
「しっかり現場を守るのだ」
岡村は英司の突く口を遮るとアクセルを踏む。公用車は前進して車道に進路を変更すると、速度を増して駆け出して行く。
カーラジオの音量を上げて『交通情報』に耳を澄ませる。通勤、通学時間帯を避けて出発をしたものの、途中で事故が発生したならば、迂回をして高速道路のインターチェンジに辿り着くしかない。勿論、現地に到着するにも影響が出る。
幸いに、岡村が気にする『事態』は無く、真っ直ぐと県外まで走ると、ETC搭載の車両は料金所のバーを開いて通過したーー。
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一方、岡村の公用車が『現地』に到着する頃、本社の『従業員』一同は、食堂に集まっていた。
「おはようございます。皆さんもご存じと思いますが、本日より岡村さんはK県の支店でお勤めとなりました。けして、お別れではありません」
「ごほっ」と、咳払いの息が、英司の言葉を遮る。
「あと、岡村さんは『場長』を本社と支店の兼務ですが、場内に於いての責任『代行』を今からご紹介致します」
英司の傍に靴を鳴らしながら近付く無愛想な男に、従業員の誰もが椅子に腰掛けたまま、背筋を伸ばす。