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16ピース目〈岡村パズル 陽明編〉

 こんなに穏やかな日を過ごせたのは、久しぶりだ。岡村は真冬の蒼く澄みきる空と黄色に彩る銀杏並木を仰ぎなら、思いに更けていた。


 くっ、と、羽織るグレーのコートの左袖が引っ張る感触を覚えて我に返り、方向を確認する。


 ピンク色と純白が華麗な生花の束を左腕に抱える志帆と目が合う。紺のロングコート、黒と白のストライプ柄のパンツ。履く靴が黒のパンプスと、岡村は視線を注ぎ込む。


 服装が気を使った証拠。志帆ならば必ずする筈だと、想像はした。


 今から志帆を連れて行く場所。今更隠す必要はないと、岡村は決心したが恐れもあった。


 目の前の『真実』を、志帆は『現実』と受け止めてくれるだろうか? 最悪な場合、再び別れを告げられてしまう。


 勇猛果敢な岡村らしくない想いの一方、志帆が頬を薄紅色に染めていたーー。




 ******



 レンガ造りの階段を岡村が手を握る志帆と共に昇ると、木版の道標が表れる。石畳の路はセピア色の落葉が敷き詰め、足元が滑ると志帆の嘆きに岡村が笑みを湛える。


「お嬢様、愛くるしいお顔が歪んでますよ」

 頬を膨らます志帆を、宥めるつもりで突いた言葉だった。


「止してください。お空で妬かれてしまいます」


 岡村は苦笑いをするしかなかった。

 志帆の機嫌が損ねる、泣かれる。幾度も経験して懲りていた。


「違った。笑われますでした」

「バカちん」


 満面の笑みを湛える志帆の頬を両手で挟み、鼻の先を軽く擦る。更に額をくっつけて息を吐くと、くすぐったいと志帆が唇を震わせて言う。


「言うのを忘れていた。志帆、今日はすまなかった」

「少し心が揺れましたが、岡村さんも散々悩まれた筈です。ちゃんと受け止めますから、ご案内をお願いします」


「頼むぞ、志帆」


 石畳の路は途切れ、辿り着いた処は春に爛漫と花が咲く樹木。


 自分の代わりに守って欲しいと、岡村が植樹した。


 〔岡村 澪亜 風を薫らせる〕


 傍に、名を刻む《象》が寄り添っていたーー。




 桜の花びらを象る墓石に志帆が花束を手向けると、岡村は《象》と揃いの薄紅色のキャンドルに火を灯し、甘い薫りを放つコーンタイプのお香を焚く。


「離れすぎっ!」と、岡村は墓前で焦る志帆を手繰り寄せ、漸く合掌をする。


「素敵ですね」

「ああ」

「また会える日を、此処で待っていらっしゃるのですね?」

「……。ああ」

「私が入り込むなんて、何処にも無いくらいです」

「すまない……」

「それでも、私はーー」

「待て、続きは場所を移してからにしよう」


 ーーはい。


 志帆の震える唇を岡村は指先で押し当て終わると、肩を寄せて来た道を引き返して行く。


 繋ぐ手は指と指を絡ませる。志帆の指先が薬指を挟む。

 きっちりと填まる銀の輪をぐるぐる回す感触に、岡村は只管堪えていたーー。



 ******



 岡村は行き付けの『隠密の場所』で志帆を熱く抱擁する。

 天井の数多の星を彷彿する煌めきが志帆の滑らかな肌を照らし、息は甘く解き放される。


 岡村は志帆の振動を指先で確め、抑制することなく腕と脚を絡める。


「待って、岡村さん」

 岡村の高揚を志帆の囁きが遮る。


 するりと、志帆が覆い被さり唇を肌に着ける仕草を、岡村は振り払うことなく受け止めて、身震いするほどの艶やかさが岡村の膨張した欲望を更に拡大させる。


「なら、遠慮なく」

 と、岡村は此でもかと云わんばかりに志帆と根競べをして、最後は「参った」と音を上げた。



 一眠りしていたと、岡村が目を覚ますと頬に湿る感触を覚える。咄嗟に傍にいる志帆を見つめると、嗚咽を枕で押し込めて何度も呼ぶ名が、針の先のように鋭く胸の奥へと突き刺さる。


 ーー岡村さん、岡村さん、岡村さん。


 愛する人と一緒に暮らす。


 志帆も夢を見ていたと、明確になる。


 指輪を外せない理由を今日の『場所』で突き付けてしまった。


「すまない」

 侘びの言葉をどんなに考えても『一言』しか出てこない。惨めであり、歯痒いと岡村は唇を噛み締める。


「ごめんなさい。起きてしまいましたね?」

「たっぷり寝た」


「珈琲を入れますね」と、志帆はバスローブを身に纏うと濡れる頬を掴んだバスタオルで拭い、用意したマグカップに珈琲を注ぎ込む。


「今度、専門店に行こう」

 岡村は珈琲を飲み干して言う。


「どんなお店ですか?」

「ジャズをこよなく愛する店主が淹れる。店内は和風でおまえが絶対に気に入る」

「楽しみです」


「……。会う時は連絡をする」

「はい」


「戸田を頼むぞ」

「嫌です。戸田さんを連れて行ってください」


 志帆の言葉に岡村は苦笑いをする。


 明日から変わる日常を、岡村と志帆は『隠密の場所』を出た後も語り尽くし、其々の家路を辿っていった。




 

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