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15ピース目

『ーー下り、2キロの渋滞』

 英司が運転する公用車のラジオの交通情報に、助手席に座る岡村がうんざりとした形相をする。


 後部座席に乗せる元従業員の細野百合子の所為で、高速道路を走りまくった他県の警察署に、岡村が身元引き受け人として呼び出された。

 何故に岡村がという理由は、親戚を含めて身内と連絡がとれなかった。細野百合子の経歴に於いて、かつての職場が明かされたうえに、代表として岡村の名を指した。


『保護』された。

 ならば良かったと、言える訳は何処にもなかった。


 どうして他県まで辿り着いたのさえ、細野百合子は車中でも黙秘を続けていた。ルームミラーに映る態度は『騒動』の日と何一つ変わらない様子に、英司は内心怒りを膨らませる。



 ーー細野百合子が無銭飲食で捕まった。


 行きのハンドルを握る岡村の言葉に、衝撃を覚える。

 犯行現場の飲食店で、所持金は小銭入れに23円。飲食代560円を払えば釈放すると、警察署の連絡だった。



 ******



「今度騒ぎを起こしても、俺達は出てこない。人に変わって欲しいならば、自分が変わるしかないと思うのだ」


 公用車が到着した場所は、西日が眩しい県内の公共施設。

 岡村は、警察署から預かった書類を無表情の細野百合子に渡しながら言う。

 そして、細野百合子が玄関を潜り抜けた姿を確認すると、英司はアクセルを踏んで帰社する道を岡村と共に走り出したーー。



「戸田、今日は感謝する。礼として、晩飯を奢らせてくれ」

 事務所のデスクで緑茶を啜る英司は、岡村の申し出に間を置いて「はい」と、頷く。


「解った。俺は仕事を片付けて行くから『とんからりん』で待っててくれ」

 覇気がない岡村の形相を、英司は今日の出来事で疲労困憊状態と、解釈した。


 タイムカードに退社時刻を刻ませて玄関の扉を開くと、薄暗くなった空を翔る金木犀の薫りを含ませた風が英司の鼻を擽らせる。

 少し肌寒く、手にするフード付きの緑色をした上着に袖を通した英司は、岡村と待合せする場所に向けてアスファルトに靴を鳴らして行く。




 ******




 開店したと同時に『とんからりん』のカウンター席で待つこと30分。英司以外の客が、疎らに席に腰を下ろして食事を舌鼓する。

 店内に漂う味が染みる薫りが空腹を覚え、とくとくと、瓶からコップに注ぐ生ビールの注ぐ音が喉を鳴らす。


「いらっしゃいっ! 1名様ご案内」


 威勢が良い店員の声に振り返ると、岡村の姿を目に写す英司は堪らず安堵の息を吐く。


「待たせてすまなかった」

 岡村は笑みを湛えながら、英司の隣の席に腰を下ろしてお品書きを手にすると、次々に一品料理を注文をする。

 先に運ばれた中ジョッキ生ビールで乾杯をして、英司はお通しとして出された小鉢に入る金平牛蒡を箸で挟むと、口に含ませた。


「戸田、おまえも好きなだけ呑んで食べろ」

 岡村は注文した『浅利バター焼き』の指先で挟んだ貝殻を皿にからりと、落とすと、切り子細工のお猪口に注がれた冷酒をぐいっと、呑み干す。


「今日は控えめにします」

「前回の呑みを引きずっているのか?」

「そういう訳ではないのですが、岡村さんの気持ちの切り替えに感心してます」

「関係ないだろう? 旨い飯は味わうのが流儀だ。況してや仕事はもう、終わっている。もたもたとするならば『鬼サワー』を呑ませてやろう」


 英司はざっと、呑んだ生ビールの酔いが醒める感覚を迸らせる。焦りながら『サイコロステーキ』を頬張ると、舌を火傷する仕草に岡村が苦笑いをする。


「もう一杯、生を呑め」

 岡村はそう言うと、店員を呼んで『厚焼き玉子』と『中ジョッキ生ビール』を注文した。


 ーー岡村さん、意外な趣味を持っているのですねぇえ?


 ーーもうすぐ完成するパズルは真っ白だから、ピースの繋ぎ目を探し当てる作業が堪らない。戸田、おまえもやってみろ。


 ーーいやぁあ。飼い犬に邪魔をされてピースがバラけてしまってからは、手を出せません。


 ーー何だ? 犬を飼っていたのか。


 ーーあれぇえ? てっきりご存じかと、思っていました。


 酔うまいと誓っていたにも関わらず、英司は岡村に乗せられて呑まされた酒の息を混じらせて、雑談を能弁にする。


 夜は更ける。


 時刻はラストオーダーとなり、千鳥足をする英司を岡村が呼んだタクシーに押し込めるところでお開きとなった。




 ******



「どうした? 深酒でもしたのか」

 次の日、事務所のデスクで顔面蒼白の英司に声を掛けたのは、岡村だった。


「体調が悪いだけです。今日は大事な会議があるのでしょう?」

「ああ。現場は任せるぞ、戸田」

 岡村はA4サイズの資料冊を握りしめると会議室に向かうため、事務所の扉を潜り抜ける。


 英司は備え付けの常備薬が入る箱から液状タイプの胃腸薬を取り出して、苦さを堪えて一気に飲み干すと、就業開始のベルと共に、従業員に交じって業務を遂行した。



 一方、会議室では本題を終わらせて、次の議題に入る前の岡村の発言が物議を醸していた。


「岡村くん、けしてキミに責任を取って貰うとは提言してない。労災に於いては、人事課が手続きをして解決している。元従業員の不祥事は岡村くんが動いた事で、更正に向かった」

 議席の中心で会社の部長が腰を上げる岡村の姿に、焦りを含ませた形相を剥けて言う。


「いえ、どっちみち遠回しにおっしゃった。ならば、黙って去ると申し上げただけです」

「キミの実績は、十分に解っている。だから、思い止まって欲しい」

「私は結構恨まれている。消えてくれと願う者も居るでしょう?」


「ふぅ」と、部長の溜息が室内に吹かれると同時に、幹部の男が口を突く。


「県外で立ち上げた工場を管理するは、どうですか? 軌道を乗せるには、現場を直接ご覧になっていた経験がある岡村さんが適任だと、思います」


 ざわりと、会議室の響動めきを部長が手を挙げて静粛を促す。


「岡村くん、会社はキミが必要だ。承けてくれ」


 岡村は目蓋を綴じて椅子に腰を下ろす。


「考える時間をください」

 と、言うと会議が続行されていった。


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