14ピース目
《事故》の日以来、岡村が現場に姿を見せることは減ってしまった。当然、従業員達は挙って英司に岡村の様子を訊ねる。
「先ずは業務を遂行しましょう。特に、今の時期は岡村さんも御多忙なのです」
管理職の本来の業務が何かと、いうのは英司も承知だった。生産に於いての稼働時間の調整、各部署の緊急性がある要望を営業課、または設備課に検討を依頼する。
そして、イレギュラー事態の対応。従業員同士が喧嘩しての仲介、クレーム発生では先方にお詫びの訪問。本来ならば、人事課或いは営業課の役割と思われるだろうの『雑務』を生産課の責任として、押し付けられる。英司は幾度もそんな状況を、岡村の傍で経験した。
一難去って、また一難。
本日も、英司に災いが忍び足でやって来る……。
******
「戸田、付いてこい」
昼休み、事務所のデスクでカップ麺を啜る英司を呼びつけたのは、岡村だった。
咄嗟に目蓋が痙攣を起こす。そんな英司の形相を岡村は当然、激昂する。
「シートベルトッ!」
公用車に乗車すると同時に、間を置かない岡村の罵声。助手席に腰掛ける英司は、背筋を伸ばして前方を見つめるしかなかった。
景色は澄みきる青空と、燃えるような紅葉の谷間の高速道路。ハンドルを握り締めてアクセルを踏む岡村。休日ならば、絶好のドライブ日和だろうと、英司は想像を膨らませる。
誰を乗せては、あの浅田志帆。
季節的には囲炉裏の炭火に暖をとりながら、山女魚の塩焼きを頬張るのが似合う。観光はそこそこにして、昼間の情事を貪る。
「何をニヤついてる?」
英司の空想が、岡村の凍てつく声色で木っ端微塵に砕け散る。
「いえ、従兄の子供が年子で三人いるのです。しかも、下二人は一卵性双生児ですから、呼び名を取り違えて参っていると思い出し笑いをしたのです」
苦笑いをしながら、英司は思いついた事実を口にする。
「従業員の誰かも、似たような事を言っていた」
「そうですかぁあ! と、言うことは、どなたか双子のお子さんがいらっしゃるのですね」
「正しくは、そいつの友人らしい。おっと! もうすぐインターを降りるぞ」
岡村と僅かながら雑談を交わす。しかし、英司は気付かなかった。
岡村が言う『従業員』が誰を示していたのかと、英司が言う共通の人物が志帆だった。既に頭の中は、此れから待ち構える出来事に於いて切り替えた為に、追々に語る等は無かった。
******
某県某市。つまり、英司と岡村は県外までやって来た。一般道路を15分公用車で移動した先にあったのは、警察署だった。
足取りが重くなる。同時に出るのは溜息で、口を閉ざした岡村の感情が剥き出しになりそうな形相を、英司は横目で追う。
取り憑かれたように、何の因果応報を何故喰らってしまう? 英司は思考を膨らませる一方、怒りも覚えた。
玄関を潜り抜けて『生活安全課』のカウンターで岡村が署に訪れた目的を説明する。担当者は同伴者の英司と暫く待つようにと、促す。
次に待つ来客。いや、一般人の女性が切実な相談の内容を証す。聞いてはいけないと思いもあるが、ご丁寧にキンキンと尚且つ大声を張り上げているものだから、嫌でも耳に入っていく。
良い場所ではない。さっさと立ち去りたいと、英司は苛ついていた。一方、長椅子に腰を下ろす岡村は、目蓋を閉じて腕を組むという姿勢で冷静さを表していた。
「ご案内します。ただし、お一人のみですのでーー」
「俺が行く。戸田、退屈だろうが待っててくれ」
職員と共に岡村は靴を鳴らしながら、通路の奥へと進んでいく。
時間が緩やかに流れる感覚。岡村を待つ間の英司の内心は、怒りとして限界に達していた。
「帰りは、戸田が運転しろ」
漸く岡村が戻って、英司は無言で首を縦に振る。傍にいる見覚えがある『あいつ』を連れて帰るのは気に入らないが、場所が場所だけに選択の余地はない。
未だに記憶が鮮明。
二度と会うまいと、願いをしていた。
会社に対する逆恨みなのか、頼る術が無くは別としても『現実』を受け止めるしかなかった。
細野百合子がいた。
何故、彼女……。もとい『一応、女』が県外で警察沙汰となった経緯は、次話で語られるーー。