12ピース目
英司は会社で起きた出来事を岡村から聞く。先日の細野百合子の件も記憶から消えていない事にも腹が立つのに、今度は最悪な事態。
一度は帰宅したが、対応に人手がいると岡村の指示を承けての再出勤。
怒りを全速力で自転車のペダルを踏み締めて発散させながら、英司は片道30分の通勤路を駆け抜けていった。
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社内は案の定と云わんばかりに、従業員達が業務を止めて騒然としていた。
英司は息を吐かせる暇もなく、行動に移す。
「皆さんはそのまま作業を続けてください。どうか、落ち着いてください。怪我だけはくれぐれもないようにお願いします」
従業員は英司に向けてじろり、と冷たい視線を浴びせる。
理由は頭に巻く包帯では説得力が無かった。懸命に従業員達を宥める事を続けて場を平常に戻すと、岡村が告げた場所に向かって駆け出していった。
「岡村さんっ! 遅くなって申し訳ありません」
「わざわざ呼びつけてすまなかった。俺は今後の対応に入るが、戸田にやって貰いたい事がある」
岡村の顔は流石に岩のように硬く険しさを含ませていた。声はいつもと変わらないが、冷静さを保つ事に半ば疲労を滲ませていると英司は解釈する。
「是非、申し付けてください」
「ああ、ひとつは従業員達の動揺を止めさせる。もうひとつは……」
岡村は目蓋を綴じて溜息を吐くとゆっくりとした口調で言葉を続けていく。
英司は空耳と疑うが、岡村の眼差しに曇りがないと確認する。
「解りました。岡村さん、僕も頑張ります」
「我が会社は騒々しい事ばかりでうんざりしているだろうが、戸田、宛にしているから頼むぞ」
岡村は右手を戸田の肩を強く押し込むと、今でも現場検証を執り行っている捜査官を見つめる。そして、踵を翻して一人の警察官の元へと向かっていった。
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英司は会議室に入ると肩を震わせながら泣きじゃくる志帆がいた。隣には、事情聴取をしているだろうの女性警察官(黒縁眼鏡の奥の眼が細くて、前髪はぱっすんとしている)が困惑している様子が伺えた。
「お世話になっております。僕は、会社の管理を従事している戸田英司と申します。先程、上司の岡村から今回の件で報告を受けています。場内での経緯は把握していますので、どうか……特にそちらにいる浅田さんを思い詰めさせるのは、控えて欲しいです」
「失礼しますが、第一発見者の彼女を如何なる理由でも聴取をしなければならない。貴方は公務執行妨害をするつもりですか?」
「其処までは言ってませんよ。ただ、頭ごなしに質問責めでは話したい事も出来ません。少し、お時間を取りますが浅田さんとお話しをさせてください」
ぱっすん前髪の女性警察官の両手を挙げる仕草に英司は怒りを堪えながら、志帆に恐る恐る声を掛け始める。
「浅田さん、泣かないで。貴女は見たことだけを言うだけで良いのです。辛い気持ちは僕も同じです。岡村さんが貴女を支えるようにと承けて、傍に来ました」
志帆は涙で濡れる頬を作業着のポケットから取り出したハンカチで拭いあげると、英司と顔を正面にさせる。
「心配しているのですね? 岡村さんは強い人です。会社で働く色んな方をご存じだからこそ、ご自身がやるべき事に立ち向かわれました。今は、岡村さんを信じて待ちましょう」
志帆は一度鼻をすすり上げて、首を縦に振る。ゆらりと、傾く身体を背後から英司が添える掌をそっと解し、深呼吸をして硬く閉ざしていた口を開き始めていった。