10ピース目
英司に春が来た。念願の……志帆と一緒にご飯を食べる。
和食、中華、洋食。密かにグルメ情報誌を購入して店の雰囲気、お薦めメニュー等を調べまくっていたと自負する。
準備万端、何時でも誘えるっ! 英司は待ち構えていた。
しかし、世の中そんなに甘くはなかった。
前回の志帆を振り返ってみる。
ーー戸田さんが約束していた『お食事』をご馳走になりたいですーー。
そう、志帆は『外食』とは言わなかった……。
「お昼のお弁当、ご馳走さまでした」
「其れなら良かったです。僕も一度は食べてみたかったから、思いきり注文した甲斐がありましたよ」
「事務の方の間では美味しいと評判でしたよね? から揚げが六個も入っていて、満足しました」
「ところでーー」
「あ、今日は急いで帰らないといけなかった。それでは、お先に失礼します」
業務終了後の場内の通路で英司は志帆から『昼食』の礼を告げられて、表面上は喜んでいた。
確かに『食事』だった。練りに練ったプランはあっという間に崩れ落ちてしまった。胸の内は例えるならば、不発弾を抱え込む。
四人組のミュージシャンが歌う『まじまじ? 乙女』のフレーズを握り締める鍵の束を楽器のようにじゃらじゃらと鳴らして口遊む。
『まじって、まじって、まじってっ! 哀しいぃいーよぉーおう』
我ながら洒落にならない歌だと、英司は片っ端から扉に錠を掛ける作業をしながら思うのであった。
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事務所に戻った英司は岡村の姿が無いことに気付く。デスクの椅子に腰を下ろすと同時に走り書きのメモ用紙が目に映る。
ーー用事が出来たから、先に帰るーー
筆跡は岡村。わざわざ書き置きしなくても口頭で良かっただろうにと、英司は読んだ紙切れを丸めて足元の屑籠に投げ捨てる。
ーーところでーー。
英司は、あの時言いかけていた志帆に向けての言葉の続きを思い浮かべていく。
今度の指定休日同じだったから、外食に付き合って貰えませんか?
と、言うつもりだった。
恐らく志帆は、どんな事を言われるのだろうか? と身構えた筈だ。
ただご飯を一緒に食べるだけなのに、遠回しに断られてしまう。惨めと思う一方、やはり奴の存在があると嫌でも明確になるのが歯痒くて堪らなかった。
岡村と互角と呼ばれる人材にならない限り、志帆が自身に振り向くことはない。
諦めても良かっただろうに、志帆から漂う安らぎを覚える見えない空気が心地好かった。満遍なく、しかも濃厚に受けてみたいと男の情さえ沸き上がらせてしまったのも否定は出来なかった。
志帆を本気で我が物にするとなれば、奴との対峙は免れない。
思考を膨らませる英司は頬に溜める息を一気に吐くと、退社時刻をタイムカードに刻ませていった。
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英司より一足先に退社していた志帆は、既に路線バスに乗車して帰宅中だった。
車内に停車する停留所を知らせるアナウンスが流れると、志帆は停車ボタンを押して下車をする。
向かった先は国道沿いのファミリーレストラン。入店する間際で駐車場からクラクションが鳴り響く方向に振り返る。
「早く乗れ」
運転席側のウインドが開いての声の主を確認した志帆は、助手席側のドアを開くと躊躇うことなく、乗車していった。