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ログホラ・サンタクロース物語

作者: 大きな愚

思いついた勢いのままに書いてみました。御賞味あれ。

 「なぁ、〈セルデシア〉にサンタクロースって居たっけ?」


 アキバを拠点とする戦闘系ギルドの中では最大手となってしまった〈ホネスティ〉のギルドハウス内にある〈モンスター生態調査部〉の部室棟。

 迫る年の瀬に向けてこの一年間で集めてきたモンスターの情報(データ)を纏めるべく、たった六人の部員たちはそれぞれのデスクに向かって慣れない手書きの書類作成をしていた。

 延々と続く作業に飽きて来たのだろう、その魁偉な容貌に似合わない羽ペンを放り出してレッドバトラーが誰にとも無く問いを投げかけた。


 部室にも設えられた重厚な執務机で書類の整理に没頭していた部長は顔を上げた。

 頭を動かしたことで忘れていたこめかみの幻痛がズキズキと自己主張を始めたため、親指で圧をかけそれを鎮める。

 「〈大災害〉前は各サーバーでそれぞれにクリスマスのイベントが行われていたのう」

 すっかり癖になってしまったな、と自嘲している間にシモンが返答をしていた。

 この〈セルデシア〉では、様々なものが彼を置き去りにして先へと進んでいくのだ。


 この〈セルデシア〉には〈旧世界〉つまり〈大災害〉前に彼らが住んでいた世界で言うところのクリスマスは厳密には存在しない。

 〈大地人〉たちは、年末から年始にかけて〈スノウフェル〉と呼ばれる行事で長い冬に耐える心を慰め、逝く年への感謝と、新しい年への願いを託すのだ。

 とは言うものの、MMOであった〈エルダー・テイル〉においてはクリスマス関連のイベントをまったく行わないというのも難しい話である。

 世界中で愛されるMMOとして特定の宗教色をなるべく排除するようにとの方針こそあったものの、十二のサーバーを委託された各企業はそれぞれに特色のあるイベントを行っていたのだ。


 それぞれ同時に思い出したのだろう、究理と那須がそれぞれに思い出した話をする。

 本人たちは嫌がるだろうけど、そのポーズもタイミングもピッタリで、やはり気付いたのか途端に表情が厳しいものに変わる。

 「北欧サーバーとロシアサーバーは本場だけあって伝統的なイベントが行われていたらしいぞ」

 「北米サーバーと西欧サーバーでは有志主催でキリスト教式の本格的な祭礼があったみたいだ」

 これらの地域ではサンタと言えば冬を象徴する精霊であったり幸せを届ける聖人であったりするため、〈エルダー・テイル〉に登場するサンタもまた古来種や精霊モンスターのNPCだった。

 などと部長が思いを巡らす間にも、どうやら部員達は休憩を取ることに決めたようで、那須が指をパチンと鳴らすのに合わせて彼の半透明の執事(ファントム・バトラー)オイカワが紅茶のカップを配り始める。


 いつの頃からか部室に棲み着いていた〈家事子狐(キキーモラ)〉に茶菓子の準備を頼むと、壁の一面を占める書類棚から分厚いファイルを持ち出して詳細を調べ始めたのはセシーリアだ。

 「狩猟対象としてサンタに類するモンスターが出現したサーバーは四箇所になりますね。中東、韓国、オセアニア、そしてヤマトです」

 その報告に、部室内の全域から納得の声が挙がった。


 「〈FOEフシミ・オンライン・エンターテイメント〉ではクリスマス前のイベントとして、サンタモンスターのデザインを公募し、投票によってその年のサンタ・モンスターを決定していましたね」

 ようやく話に割り込む隙を見つけ、部長も話しだす。

 「ですので、年毎にその名前も姿も性能も違っていたのですよ」

 短い準備期間で応募作をリデザインし、世界観に合わせて設定を付け、CGモデルや内部データを組み、イベントとして配置する。今にして思えば狂気の沙汰なのだが、スタッフもそれなりに楽しんでいたのだろう。主に、ユーザーの悲鳴を聞く方向で、だが。


 「うっへー! 面白そう。俺も見てみたかったなー」

 楽しそうな声の方に部長が目を向けると、レッドバトラー少年の瞳がキラキラと輝きを帯びていた。

 「なーなー、みんなはどんなサンタと戦ったんだ!?」

 その問いに、彼を除く全員がしばし考え込み、それぞれに答えを出す。


 秘蔵のクッキー缶を開けながら最初に答えたのはシモンだった。

 「儂はやっぱり〈聖誕不定形(サンタスライム)〉じゃな。白髭とサンタ帽子の巨大スライムで、〈馴鹿不定形(トナカイスライム)〉を大量に引き連れておった。外見が可愛いし、弱かった割にドロップはやたらと豪華でのう。全サンタ中でも屈指の人気者じゃったな」

 サンタのコスプレが一番似合いそうな髭面の中で得意そうに白い歯が光る。


 〈家事子狐〉の頭を撫でながら続くのはセシーリアだ。

 「私が挙げるのは〈黒の聖誕者(ブラックサンタ)〉という怪人系の幻獣種です。黒い服装の巨漢で背中から蝙蝠の翼を生やし、顔には髭の代わりに無数の触手という、冒涜的というか宇宙の根源的恐怖と言うべき姿でした。不思議と毎年の投票で上位に食い込んでいました」

 その姿を思い出した全員が、自身の両肩を抱いて身震いをする。


 その空気を打ち破るべく那須が挙手をして立ち上がる。

 「ぼくが推すのは〈夜を駆ける聖誕騎士サンタ・ナイトライダー〉だな。〈首無し馴鹿ヘッドレス・レインディア〉の牽く戦橇(チャリオット)に乗った逞しい首無し騎士(デュラハン)でね。首都高を荒らすそいつを一番に倒すべく、戦闘系ギルドによる〈大規模戦闘(レイド)〉が展開されたんだ。」

 話している那須も、聞いているレッドバトラーも鼻息が荒い。やはり男の子はレイドに燃えるのだ。


 それを冷ややかに見おろす究理はというと。

 「わたしの記憶にあるのは〈雪の精霊王の娘ロイヤルサンタ・プリンセス〉だな。もっとも狩猟対象は彼女本人ではなく御付きの〈雪達磨スノーマン〉たちだったが。女性用のクエスト報酬が彼女とお揃いのサンタガール防具なのも人気の秘訣だろう。レイネシア姫も着られたと噂がある」

 確かアレは相当に裾丈が短かった筈だが……と思考が脱線しているタイミングで話を振られる。

 「次は部長の番ですよ」

 うん。キミの方が雪の精霊みたいな目をしてると思う。と口の中に飲み込む。


 気を取り直してコホンと空咳をひとつ。

 「私が印象深いのは〈聖夜を祝う鼠魔王クリスマス・ラットキング〉ですね。配下の鼠人間(ラットマン)を率いてマイハマの〈灰姫城キャッスル・シンデレラ〉を乗っ取って迷宮ゾーンに書き換えてくれたものですから、いつ〈FOE〉が訴訟されるのではないかと、イベント期間中ずっと冷や冷やしていたものです」

 思い出すだに頭の痛くなる話です、と部長は再度こめかみに親指を宛てる。グリグリ。


 その他に、赤帽子(レッドキャップ)がスノウフェルの祝福で進化した〈血染めの聖誕者(ブラッディ・サンタ)〉や〈スノウフェル〉名物の〈ナマハーゲ・サンタ〉、馴鹿の頭をした筋骨隆々の〈馴鹿頭大鬼(トナカイタウロス)ルドルフ〉、〈聖夜に黄泉返る死霊王クリスマス・ネザーロード〉に茶目っ気を発揮した〈聖なる幸運竜セイント・ラッキードラゴン〉と様々なクリスマス・モンスターの話題で盛り上がったのだが、レッドバトラー少年の何気ない一言が部長の脳裏に警鐘を鳴らした。


 「なぁ、そのモンスターたち、今何処で何してるんだろうな? ひょっとして今年は一斉に来たりして」


 ガタン!

 言い出した彼を除く全員が一斉に立ち上がる椅子の音だ。

 戦慄した表情で互いに顔を見合わせ頷き合う。

 「至急の調査が必要です! 那須は〈円卓会議〉に、究理は〈水楓の館〉に連絡を入れてください。シモンは過去の資料から出現地点と可能ならば戦力データを、セシーリアは聞き取り調査です。レッドバトラーは〈第八商店街〉にお使いを頼みます、今発注書を書きますから!」

 まったく、あの鬼謀の青年がいない時に……杞憂であってくれれば良いのですが。

 

 部長の懸念が〈殺人鬼〉事件として別の意味で大当たりするのは、それから数日後の夜であった。

 合掌。

▼エネミー解説


聖夜を祝う鼠魔王クリスマス・ラットキング

 レベル:60 ランク:レイド4 タグ:「レイド」[人型][暗視][ラットマン]。

 2007年12月24日の夜限定で〈エルダー・テイル〉に登場したイベントモンスター。

 白い生地に金の縁取りがされたサンタ衣装を着た大柄な〈鼠人間〉の姿をしており、顔の下半分は白い髭に覆われている。

 住人が寝静まった夜のマイハマに出現し、煌びやかにライトアップされた〈灰姫城〉をテクスチャの違う迷宮ゾーンに変えて配下のモンスターと共に待ち構えていたという。

 何しろ10年以上前のイベントであり、〈大地人〉は無論のこと〈冒険者〉ですら詳細を知っている者は極希だと言われている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全部来たらどないするんや:(;”゜’ω゜’): そうか、こういうイベントではプログラマーは命を削る覚悟か(ヽ´ω) そう言えば時系列は「あの辺」でしたね。
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