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メール

「あれ?」

「どうかした?育ちゃん」

「ううん、気にしないで」

 

 璃穏にそう言ったものの、育実は数日前から一桜に何度もメールを送っているのに、いくら待っても返事が来ない。

 特に重要な用事はないが、いつもだったら一桜はその日に必ずメールを送ってくれる。


「忙しいのかな?」


 翌朝、登校したときに一桜が靴を履き替えているところを見たので、走りながら名前を呼ぶ。


「一桜ちゃん!」

「育実?」


 走ったときに小石に躓いて転んでしまった。それを見た一桜は慌てて育実に駆け寄った。


「ちょっと、大丈夫!?」

「う、うん。大したことないから」


 血が出ていないので、汚れを手で払ってから、歩き出して、自分も靴を履き替える。

 保健室へ行かなくていいのか質問され、育実はそれをやんわりと断った。


「それより一桜ちゃん・・・・・・」

「ん?」

「メール、読んだ?」


 数日前からメールを送ったことを言うと、一桜は携帯電話の調子が悪く、読むことができないことを伝えた。


「そうだったの・・・・・・」

「うん。何か大事な用事?」

「ううん、そうじゃないの」


 教室へ行くと、潤一と悠が教室の窓際の席で外を眺めていた。


「おはよう。二人とも早いね」

「おはよう、いくみん。悠に宿題でわからないとこがあったから、教えてもらっていたんだ」


 それを終えたので、二人でお喋りをしながら、他の人達が来るのを待っていた。


「いくみん、璃穏は?」


 いつも一緒にいるから、てっきり今日も同じように教室に来ると思っていた。


「先生に用があるみたいで、後から来るよ」

「そっか」


 璃穏は先日、ノートを提出した際に関係ないプリントを挟んでいたので、それを取りに行った。


「今来さん、しんどいの?」


 悠の質問に一桜ははっとして、顔を上げた。


「ううん、そんなことないよ」

「一桜ちゃん、無理していない?」

「うん!」


 一桜の笑顔を見ていると、少しずつ生徒が集まって、璃穏も後からやってきた。

 挨拶しながら宿題の問題について話したり、新商品について話をしたりしている間、一桜だけが楽しんでいなかった。

 午前の授業が終わった後、一桜は潤一と偶然廊下で会った。


「いくみんは?」

「多分、白沢と・・・・・・」


 璃穏と育実が一緒にいることを言おうとして、中途半端でやめてしまった。


「戻らないの?」

「戻っ・・・・・・」


 教室を抜けるとき、いつものように璃穏と育実が授業について話しているところを見た。

 もしかしたら、悠や友希が一緒にいたとしても、常に璃穏が育実のそばにいる。


「・・・・・・購買で何か買いに行くね」


 踵を返して行こうとしたとき、知らない生徒にぶつかり、謝罪してから前に進もうとすると、別の生徒にぶつかった。

 後ろで見ていた潤一が一桜の腕を取り、その場から急いで離れた。


「はい。これ」

「ありがとう・・・・・・」


 潤一は購買で買ったパンを渡すと、それを受け取った一桜が黙って食べ始める。

 一桜の隣に座って、潤一も袋を開けて、自分のパンを一口齧る。


「これ、いくらだった?」

「気にしなくていいぜ」


 パンを奢ってくれたことに感謝して、半分くらい食べてから、そっと口を開いた。


「鬱陶しい?」

「何が?」

「私よ」


 今まで育実はずっと一桜の隣にいたのに、高校生になってしばらくしてから璃穏のそばにいるようになった。

 もう自分が世話をするのではない。そう思うと、少し怖くなった。


「他の人達と仲良くなっているのを見ていたら、ちょっと・・・・・・」

「いくみんが今来さんにくっついているとばかり思っていたら、実はそうでもないんだね」


 潤一にとって、このことは意外なことだった。

 それから昼休みが終わる五分前まで、潤一は一桜の話を聞き続けた。


「・・・・・・遅いね」

「本当だね。潤一も今来さんも」


 育実と悠が心配しながら話していて、璃穏は廊下を見ている。

 いつも購買で昼食を買ったら、すぐに飛んで帰ってくるのに、二人とも帰ってこない。

 一桜の携帯電話にメールを送ることを考えたが、調子が悪いことを言っていたことを思い出して、そうしなかった。


「今来さんと一緒なのかな?」

「どうなんだろう?」


 二人が出て行ったところを見ていなかったので、わからないまま。

 そんな話をしていると、クラスメイトの一人が二人が外へ行ったところを見たらしく、そのことを教えてくれた。

 しばらくして二人が教室に戻ってきたので、話しかけたかったものの、次の授業の先生がとっくに教室に入ってきていたので、そうすることができずにいた。


「はぁ・・・・・・」

「今来さん、今日全然話すことができなかったね。育ちゃん」

「うん・・・・・・」


 授業が終わった後もいつもより会話が短く、用事がある一桜はさっさと行ってしまった。

 一桜の様子がおかしいことに気づいている育実は潤一に話を聞くことにした。


「種房君!」


 階段を上り終えた潤一と目が合って、名前を呼びながら駆け寄った。


「いくみん! どうしたの?」

「あの、一桜ちゃんのことでちょっと・・・・・・」


 昼休みに一緒にいたことをクラスメイトから聞いたことを言ってから、何を話していたのか知ろうとした。


「えっと・・・・・・ね・・・・・・」


 昼休みに話したことを育実に言わないよう、一桜に強く言われているので、正直に話すことができない。


「どうしたの?」

「い、いくみんの話だぜ!」


 決して嘘ではないが、言った後すぐに後悔した。


「そうなの!? どんな話をしていたの?」

「あ・・・・・・」


 予想通りの質問をされて、潤一はどう返事をすべきか考えた。

 一桜がどれだけ育実が好きなのか、自慢話をされたことにして伝えると、本人は照れている。


「一桜ちゃんってば、恥ずかしいよ・・・・・・」

「まあ、そんな感じの話をしていたんだ。じゃあな!」

「じゃあね」


 潤一はこれ以上話を長引かせたくないので、早足で学校から出て行った。


「私達も帰ろう。璃穏君」

「うん・・・・・・」


 慌てて帰った潤一の後姿を見ながら、璃穏は頷いた。

 家に帰るとまだ誰も帰っていないので、家の中には育実と璃穏だけだった。


「夕飯までまだ時間があるね」

「そうだね。何かする?」

「何かね・・・・・・」

 

 宿題だったら、学校にいる間に済ませてしまった。観ていたドラマは終わったばかりなので、もう観ることができない。

 

「あ! 思い出した!」

「何?」


 実は先日のこと、潤一と悠に家に遊びに行きたいことを言われて、璃穏はそれをやんわりと断った。

 理由はもちろん、育実の家に一緒に住んでいるからで、もしもそのことを知られてしまったら、大事になるのは目に見えている。


「そんな話をしていたんだ・・・・・・」

「うん、危なかった・・・・・・」


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、予想外のことだった。


「あっさり諦めたの?」

「悠君はすぐに納得してくれたよ」


 ただ、潤一はなかなか諦めてくれず、最終的に悠も璃穏と同じように諦めるように言ってくれた。


「ところで、どうやって断ったの?」

「そこは適当に・・・・・・」


 かなり焦っていて、適当なことをペラペラと言っていた気がする。


「育磨がいるから、駄目なことを言えば良かったかも・・・・・・」

「育磨さんはここに住んでいないよ?」

「・・・・・・わかっているよ」


 そのとき璃穏の携帯電話が鳴って、タイミング良く育磨がメールを送ってきた。

 メールの本文に書いてあったことは璃穏が好きな漫画の新刊が発売されていることを教えてくれた。


「買わないと・・・・・・」

「何を?」


 璃穏が誰かに何か買うように頼まれたと思っている育実は携帯電話についているストラップを見ている。


「今、俺が読んでいる漫画の新刊」

「誰がメールを送ってきたの?」

「育磨だよ」


 返事のメールを打っている璃穏を見ながら、育実は自分の携帯電話を取り出した。メールボックスを開いて、自分が一桜に送ったメールを読み返した。


「育ちゃん?」


 いつの間にかメールを送り終えている璃穏を見て、育実は慌てて携帯電話を閉じた。


「な、何?」

「いや、溜息を吐いていたから・・・・・・」

「何でもないよ!」


 早く一桜とメールをしたいと思いつつ、また学校へ行ったら会えるのだから焦らないように、自分に言い聞かせた。


「あれ?また来た」


 育磨が送ってきたメールを読み、璃穏は短い文章で返事を出した。


「今度は何を書いてきたの?」

「新商品のことについて。それと貸していた漫画を返すことも」


 どこかで会うのか質問すると、家以外の場所で会うようにすることを言った。


「気にしなくていいよ?」

「いや、育磨がいると騒がしくなるからさ」


 前に会ったときのことを思い出すように言われて思い出す育実だが、決して不快にならなかった。

 むしろ初対面であんなに明るく接することができるので、育磨のそういうところを憧れる人くらいだ。


「それは・・・・・・良くないの?」

「疲れるからね」


 一日中元気な育磨に、璃穏は今まで何度も振り回されてきた。


「ところで、育ちゃんも誰かにメールを送っていたの?」


 璃穏が育実の手の中にある携帯電話を見ているので、首を横に振った。


「ううん、誰にも送っていないよ」

「そう?」


 本当は一桜にメールを送りたいところだが、携帯電話が使えないことを璃穏に言った。

 すると、それを聞いた璃穏の表情が変わった。


「嘘・・・・・・」

「嘘なんかじゃないよ」


 どうして自分が嘘を吐いていると思われているのか理解できずにいると、璃穏は友希から聞いた話によると、友希が一昨日、一桜にメールを送ったら、きちんと返事が返ってきたらしい。


「本当に?」

「うん。そう言っていたよ」


 だから璃穏は育実がおかしなことを言ったので、首を傾げていたのだ。

 育実は確認をしようか迷って、結局そうしなかった。

 携帯電話を持ったまま、普段着に着替えるため、部屋に戻ることにした。着替え終わって食事の準備をしている頃に空夜が家に帰ってきた。


「ただいま・・・・・・」

「おかえり」


 空夜はちょっと疲れているようなので、冷蔵庫から麦茶を出して、それを差し出した。

 それ受け取った空夜は一気に飲み干して、グラスをテーブルの上に置いたので、もう一度麦茶を注いだ。


「はぁ・・・・・・」

「運動でもしていたの?」

「ちょっとな・・・・・・」


 空夜は今日財布を忘れてしまったので、飲み物を買うことができなかった。

 育実が空夜の分も弁当を作っていたので、昼食に困らなかった。


「財布、どこに置いているの?」

「休日に出かけるときに持って行く鞄だ」


 空夜は前にその鞄を持って、一人で買い物に出かけていたから、鍵をそのままにしていたようだ。


「腹減ったな・・・・・・」

「空夜・・・・・・」


 夕食までまだ時間があるので、もう少しだけ待つように言うと、冷蔵庫の中を覗き込む。

 その中から出したものはフルーツゼリーだったので、育実は何も言わなかった。


「育実も食べたいのか?」

「ううん、私はいい・・・・・・」

「そうか?」


 璃穏にも食べるかどうか確認をして、彼も同じようにそれを断った。

 時計を見ると、ちょうど面白い番組が終わった時間なので、育実は一人で溜息を吐いた。


「どうかしたか?」

「ううん、何でもない」


 フルーツゼリーを美味しそうに食べている空夜を見ながら、育実は今日の夕飯の献立について考えた。

 後日、育実が璃穏と一緒に学校へ行くと、一桜が先に気づいて挨拶をしてくれた。いつもの笑顔を見ることができたので、育実はほっと胸を撫で下ろした。


「おはよう。一桜ちゃん!」

「明日雨が降るみたい・・・・・・」

「嫌だね・・・・・・」

 

 今使っている傘は気に入っているものの、雨は好きではない。


「育実、その傷・・・・・・」

「あぁ・・・・・・」


 今朝、自分の部屋から出ようとしたときに布団で足を滑らせて、箪笥の角に顔をぶつけてしまった。

 その音に気づいた空夜と璃穏が部屋に来て、育実はぶつけたところを涙目で押さえていた。


「またドジなことをしちゃった・・・・・・」

「痛いでしょ?」


 嫌な色になっているので、一桜は育実を心配した。


「今はましだよ」

「本当?」

「うん、本当」


 ぶつけたところが目の辺りなので、視力に悪影響を受けたのではないかと不安になった。


「俺も見たときは驚いたよ」

「私も。まさかこんなことになるなんて思わなかった・・・・・・」

「学校に来たときに気づいて?」

「ううん、違うよ」


 家で見たことを一桜に言いかけた璃穏は慌てて口を噤んだ。隣にいる育実も内心ヒヤヒヤしている。


「ちょっと、何を言おうとしたのよ?」

「な、何でもない!」


 その後、学校で見たことにした璃穏はそれを伝えて、育実もその話に合わせてしまった。

 しかし一緒に学校に向かっているところを他のクラスの人達に目撃されていて、さらに焦ることになった。


「どういうこと?」

「えっと・・・・・・」


 学校に着いたときに気づいたことを言うと、それまで気づかなかった璃穏に対し、一桜が怒った。


「落ち着いて、一桜ちゃん」

「ったく、いつも一緒にいるくせに!」


 育実の変化に気づきもしないような人間にが育実のそばにいられるのは嫌だ。

 しばらくの間、一桜は璃穏に怒っていて、後からやってきた友希が話を聞いて、宥めていた。


「ごめん、育ちゃん・・・・・・」

「そんな、わざとじゃないから・・・・・・」


 移動教室から戻るとき、璃穏が育実に謝った。


「危なかった・・・・・・」

「今度から気をつけたらいいんだよ」

「そうだね・・・・・・」


 教室の中に入ると、一桜が先に戻っていて、携帯電話を操作していた。


「一桜ちゃん!」

「い、育実!?」


 驚いた一桜が危うく携帯電話を落とすところだった。


「もう、驚いたじゃない」

「ごめんね・・・・・・」


 頭を下げて謝ると、一桜は携帯電話をそっと鞄の中にしまった。


「携帯電話、直ったんだね?」

「う、うん。そう・・・・・・」


 一桜は携帯電話を一瞥してから、次の授業の教科書やノートを出した。

 いつもより静かな一桜のことが気になった育実が一桜に話しかけようとすると、他の生徒達の話し声で自分の声が消されてしまった。

 次に話しかけたのは授業が終わった後のことだった。


「一桜ちゃん、私のことで種房君に変なことを言ったりしないでね?」

「は?」


 育実の言っていることがわからず、普段出さないような声を出してしまった。


「な、何の話?」

「前、種房君に私の自慢話をしたんだよね?」


 潤一本人から聞いた話をすると、一桜はそれに苦笑いを浮かべる。

 潤一の話を信じている育実に頷くと、育実は顔をほんのりと染めながら、怒っている。

 一桜は無理矢理笑顔を作って、後から潤一を呼び出すことにした。


「どうしたの?」

「自慢話って何よ?」


 首を傾げる潤一に対し、一桜は育実の名前を出した。


「だって、それは・・・・・・」

「黙っていてくれたのね。その、ありがとう・・・・・・」


 感謝の言葉を告げると、潤一は目を丸くしてから、気になっていることを一桜にぶつける。


「いいの?このままで」

「それは・・・・・・」


 きちんと返事をすることができずにいると、潤一が続ける。


「態度がよそよそしい」

「そんなことを言われても・・・・・・」


 自分でもどうにかしたいけれど、どうしたらいいのかわからず悩み続ける。


「言いたいことがあるなら、言ったらいいんだよ。いくみんに」

「それは・・・・・・」


 一桜がどんなことを言っても、育実はきちんと聞いてくれる。

 それをわかっていても、一桜はまだ何をどう言ったらいいのかわからない。


「俺だったら、そうするし、そうしてほしいぜ」

「あんたと一緒にしないで」


 もう少し可愛げがあればいいのに、こんな言い方をしてしまい、口を閉ざしたくなる。


「来た」

「誰がよ?」


 一桜が振り返ると、育実が早足でやってきた。


「二人とも、もうすぐチャイムが鳴っちゃうよ?」

「そろそろ戻ろうと思っていたんだ」

「あの、育実!」


 育実の顔を間近で見た一桜は口を開きかけて、また閉じてしまった。

 遠くから璃穏が育実を呼んでいて、二人分の教科書や筆記用具を持っている。


「璃穏君!」

「次、移動教室なのに、遅れちゃうよ?」

「ありがとう」


 わざわざ持ってきてくれた璃穏に礼を言い、二人で笑い合っているところを見た一桜は小さな痛みを感じた。


「一桜ちゃん、待っているから一緒に行こう」

「あ、いいよ。先に行っていて」


 一桜は逃げるようにして、その場から離れて、教室へ走って行った。


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