驚き
「信多さん!璃穏!おはよう!」
「た、種房君!おはよう」
いつも潤一に声をかけられることがほとんどないから、育実は驚きつつ、挨拶をした。
「おはよう、潤一君」
教科書やノートを机の中に入れているときに突然スライド式のドアが開いたので、育実の手から教科書が滑り落ちた。
しかし、それが床にぶつかる前に璃穏が片手で受け止めていた。
「はい」
「ありがとう、璃穏君」
「あはは、今日も元気にドジをしているな!信多さん!」
育実が潤一にからかわないように言うと、彼は笑いながら謝った。
そのまま潤一は璃穏のところへ行き、宿題でわからないところを教えてもらっている。
「珍しい。潤一が僕より先に来ているなんて・・・・・・」
悠は潤一を見て驚きながら、教室に足を踏み入れる。
顔を上げた潤一と璃穏が悠に挨拶をする。悠も挨拶をして、二人が何をしているのか問う。
「古典の宿題を出されただろ?」
「ああ、それで教えてもらっているんだ」
「そうだ」
育実がそのやりとりを見ていると、璃穏が育実に話しかける。
「古典の宿題、やった?育ちゃん」
「うん、やったよ」
潤一が突然何かを思い出したように手を叩いた。
「信多さん、古典のテストでクラス一位だったよな!?」
「本当、すごいね。信多さん」
悠と潤一に褒められ、育実は偶然成績が良かっただけだと伝える。
「そんなこと俺も言ってみたいな」
「ほら、潤一はさっさとやらないと」
「わかったよ・・・・・・」
潤一は璃穏と悠に教えられながら、四時間目にある古典の授業に間に合わせることができた。
宿題の答え合わせをするときに先生が潤一に答えを言うように言ったので、本人は若干焦りながら、正しい答えを言っていた。
四時間目の古典の授業が終わり、たまにはいつもと違う場所ーー屋上で昼食を食べることに決めていた。
「・・・・・・おい」
屋上に足を踏み入れる前に友希が立ち止まったので、璃穏は彼の背中にぶつかった。
「友希君、どうかした?」
「増えているよな?」
璃穏と友希が屋上へ向かうと、育実と一桜に加えて、悠と潤一も座って待っていた。
「たまにはいいだろ?」
「もちろん、ただ驚いただけだ・・・・・・」
「こんなに良い天気だと、眠くなってくるね」
璃穏が眠りそうになっているので、友希が肩を激しく揺さぶる。
「おい、寝るなよ」
「ん~?起きているよ?」
璃穏の顔がまだ眠そうで、育実は昨日のことを思い出す。
昨日は眠るまで璃穏に一緒にいてもらい、先に眠ったので、璃穏が何時に眠ったのか知らない。朝だって弁当を作るために早起きをしたものの、璃穏の部屋から物音が響いていたので、もしかしたら、育実より早起きをしていた可能性がある。
「痛っ!」
考えることをやめて友希を見ると、璃穏に弁当の蓋で指を挟まれていた。
「だから、駄目だって」
「ちょ、ちょっと、おい!指・・・・・・」
「痛そうだな・・・・・・」
「見ていないで助けてくれ!」
潤一がパンを頬張りながら言っていると、悠が璃穏を止めている。
指を抜くことができた友希は自分の指を撫でていて、璃穏は誰にも取られないようにさっさと食べている。悠が喉に引っかかるかもしれないからゆっくり食べるように言っても、スピードは変わらなかった。
「みんな、冬休みはどこかへ行くの?」
悠の質問に先に口を開いたのは一桜で、家族とイルミネーションスポットへ行く。
そこは光にライトアップされた花や木々、光のトンネルなど、他にも多数のイルミネーションがあり、華やかな場所で有名な場所。また、物産品の販売や飲食店もある。
「育実は?」
「私は特にないかな・・・・・・」
でも、できることなら普段あまり行かないような場所へ行ってみたいことを話した。
「潤一君は?」
「俺は他校の友達と遊ぶ約束をしたぜ!璃穏も一緒に行かないか?」
潤一は他校の友達に璃穏のことを話したらしく、機会があれば、一度会いたいことを言っていたらしい。
「そ、そんな、俺みたいな暗い奴がいたら、雰囲気が・・・・・・」
顔を青ざめながら言うと、友希が璃穏の頭に拳を落とした。
「痛っ!」
「馬鹿なことを言うな。あいつらが何も知らないだけだから」
実は今朝全校朝礼で体育館へ移動する際、他のクラスの男子達が璃穏が根暗だと言っていたことを璃穏と友希は聞いた。
「何?誰かに何か言われたの?」
「あ・・・・・・」
悠が心配すると、友希は何でもないことだけを告げた。
潤一は璃穏につまらない考えを捨てるように言ってから、白い歯を見せて笑った。
「璃穏!詳しい日にちや場所はメールで知らせるから」
「うん、わかった」
「よし!楽しみだな!」
潤一がガッツポーズをすると、制服のポケットから四つに折られた紙が音を立てて落ちたので、それを育実が拾った。
「種房君、落としたよ」
「何だっけ?それ」
「潤一、もしかして・・・・・・」
潤一がなくしていた提出用プリントだと悠が考えていると、提出期限が書かれているところが見えた。
提出期限は今日提出しなくてはならないので、時計を見て焦った潤一は口の中にコンビニで買ったパンを詰め込んだ。そのせいで喉に詰まり、自分の胸を強く叩いている。
「大丈夫!?」
「んぐぐっ!」
育実は自動販売機で買ったお茶を潤一に渡すと、彼はそれを一気に飲み干した。
潤一が落ち着いたので、続けてプリントを渡そうとしたとき、彼の人差し指から血が出てしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「あぁ、平気だから・・・・・・」
二十分経ったら、昼休みが終わって、次の授業が始まる。
急いで屋上を後にしようとしている潤一を育実が強引に引き止め、絆創膏を傷口に貼った。
「ありがとう、信多さん」
「お礼なんて言わないで・・・・・・」
育実は自分の渡し方が悪かったことに対して謝罪をした。
「育実、今日のドジは何回目?」
「もう!一桜ちゃん!」
ポカポカと一桜を叩くと、本人はそれを笑いながら受け止める。
潤一が行こうとしたとき、育実は予備の絆創膏を渡した。
「いいの?もらって」
「もちろんだよ。本当にごめんね、まだ痛むよね?」
もう痛くないことを伝えると、それを聞いた育実は安心した。
「良かった!」
育実に満面の笑みを向けられ、潤一の顔が赤くなった。
「じゃあ、俺、行くから・・・・・・」
育実から視線を逸らして、潤一はドアを閉めて走り去った。
「今、種房君の顔が赤かったような・・・・・・」
育実は風邪を引いたのかもしれないので、次に会ったときに無理をしないように言うことにして、残っている弁当を食べた。
「育実、今日はどこの掃除?」
「職員室だよ。一桜ちゃんは教室だよね?」
「そうよ」
全ての授業が終わり、掃除の時間になった。
一桜と育実が話をしていたら、育実と同じ当番の女子が育実を呼んだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
璃穏は掃除場所が階段なので、箒をもって、移動した。
三階から一階まで、ゴミを箒で集めていると、潤一が塵取りを片手にやってきた。
「璃穏、塵取りを持ってきたぜ!」
「ありがとう、助かるよ」
二人で協力してゴミを取っている間、潤一が育実について話を聞きたがった。
「信多さんと仲が良いよな?」
「うん、急にどうしたの?」
「いや、いつから仲良くなったのかなって思ってさ・・・・・・」
璃穏は友希や一桜にも同じ質問をされた日のことを思い出した。
「中学は別だよな?」
「うん、あ!今来さんは同じ中学だったことを聞いたよ」
「あの二人がくっついていると、自然に見るよな。微笑ましくてさ」
璃穏が頷いていると、悠が塵取りを取りにやってきた。
「掃除終わった?だったら、塵取りを貸して」
「あ・・・・・・もう少し待ってくれ!」
悠は二人がお喋りをしているから、てっきり掃除が終わっていると思っていた。
そんな二人を叱った後、悠も掃除を手伝ってくれた。
「それで?何の話をしていたの?」
「信多さんの話をしていたんだ」
潤一が笑顔で言い放つと、悠の顔が険しくなったことに璃穏が気づいた。
「で、どうやって仲良くなったんだ?」
「あ、えっとね、自然にだよ」
学校帰りに偶然出会って話をするようになり、気がついたら一緒にいる時間が長くなったことだけ話した。
「すごいな!璃穏に料理も教えてくれているんだ!」
「僕も今日間近で弁当を見せてもらったけれど、どれも美味しそうだったね」
「信多さん、可愛いよな」
璃穏が目を丸くしていると、悠が潤一の肩に手を置いた。
「駄目だからね、潤一」
「わ、わかっているって・・・・・・」
「ほら、さっさと掃除道具を片づける!」
悠が潤一を教室へ行かせた後も、璃穏は悠が何のことを言ったのか気になっていた。璃穏の表情を見て気づいたので、悠が話した。
潤一は恋人を欲しがって、好みのタイプが笑顔が素敵な女の子。
授業終了後の休憩のときに育実のことを話していたので、悠は少し気になったらしい。
「心配で・・・・・・」
「どうして?」
「今までにも恋人ができていたんだけれど、長続きしたことがないんだよね・・・・・・」
彼女に怒られるようなことばかりする潤一は彼女から別れを伝えられるみたいで、それを聞いた璃穏は何も言えなくなった。
学校帰り、璃穏がいつもより静かなので、育実は不思議に思っていた。
「璃穏君、どうかした?」
「ううん、何も」
会話が途切れ、周囲には何もないので、静かな場所のように感じる。
「・・・・・・育ちゃん」
「ん?」
「す・・・・・・」
その先をなかなか言わないので、育実が促そうとすると、璃穏が口を開いた。
「好きなもの、作って。今日の夕飯」
「う、うん。わかった・・・・・・」
本当は別のことを言おうとしていたことに育実は気づいていた。
だけど、しつこく問い質さずに本人が言いたくなったら、きちんと聞くつもりでいる。
数日後、育実と一桜は購買の目の前にある自動販売機のジュースを買って、近くにある白い椅子に腰を下ろして、仲良くお喋りをしている。
「育実、昨日のドラマ、面白かったよね!」
「うん!まさかあんな展開になるとは思わなかった!」
「主人公の友達、育実の性格と似ているから、録画して何度も観るのよね」
「そ、そんなに似ているかな?」
育実自身、そうは思わず、自覚がないが、一桜は力強く頷く。
「あれ?こんなところで何してんの?」
やってきたのは潤一で、彼は財布を持っているので、どうやら何かを買いに来たようだ。
「昨日のドラマの話よ」
「あの刑事のドラマ?九時からの」
「そう。観た?」
「いや、それが・・・・・・」
潤一もドラマを観る予定だったのだが、家族と外出していた。あらかじめ予約をしていたものの、チャンネルを間違えたらしい。
落ち込んでいる潤一に育実がパソコンで観ることができることを教えた。
「それ本当!?」
「うん、二週間前のドラマを見逃したとき、パソコンで検索したら、観ることができたよ」
「教えてくれてありがとう!信多さん!」
ぎゅっと両手を握りしめられて、それをしっかり見ている一桜は潤一を育実から引き剥がした。
「いつまで触っているのよ!」
「ちょっとくらいいいじゃん」
「駄目よ!」
育実を自分の背中に隠す一桜に対し、潤一は不満を言い続けた。
「ところでさ、何を買いに来たの?」
「あ?えっと・・・・・・」
潤一はメロンソーダとパンを何個か買うつもりだった。そのことを思い出した潤一は慌てて購買まで走った。
「やれやれ・・・・・・」
「行っちゃった・・・・・・」
呆気に取られて、しばらく潤一が向かった方向を見ていた。
「本当にもう、いきなり触ったから驚いたよね?」
「う、うん。それだけ嬉しかったってことだよね?」
「はぁ・・・・・・」
一桜は育実の無防備さに溜息を零した。
ジュースを飲んだ後、教室に戻って、一桜は璃穏に育実を半径二メートル近寄らないで守るように言った。
「育ちゃん、何かあった?」
「ううん、特に何も」
心当たりはあるものの、そんなに大袈裟なことではないので、璃穏に何も言わなかった。
「育ちゃん・・・・・・」
「ん?」
璃穏は引きつった顔で育実の机を見ている。
「次の授業、現代社会だよ?」
「あ・・・・・・」
育実が出していた教科書は音楽だった。それを机の中にしまい、現代社会の教科書とノートを出した。
「・・・・・・どうかした?」
「本当に何もないから」
璃穏はそれ以上、育実に何も言わなかった。
ただ、授業中に隣で何度も視線を感じていて、授業にあまり集中できなかった。
放課後、育実が担任の先生提出プリントを渡して話をしてから、職員室を出た。他の生徒達に紛れて、潤一が立っていた。
「信多さん!」
「種房君、誰か・・・・・・わっ!」
職員室に次々と生徒達が集まってくるので、育実と潤一はその波に押し流され、階段のところに来ていた。
「先生を待っているの?」
「いや、そうじゃない」
育実が職員室に向かっているところを見かけたので、潤一は後を追った。
「そうだったの?」
「うん」
今日も気温が低くて寒い上、冷たい風まで吹いている。
潤一に待たせてしまったことを謝ると、彼は手を横に振った。
「俺が勝手に待っていただけだから」
「何か用事があるんだよね?」
「あ、えっと・・・・・・」
急に潤一の様子がおかしくなり、鼻を触ったり、頭を掻いたりしている。
「一緒に来て!」
「ど、どこに?」
それに対して返事をせず、ずんずんと廊下を突き進み、どこまで行くのか考えていると、一階まで来た。
誰もいない空き教室に入り、椅子に座ると同時に育実がくしゃみをした。
「ヒーター、つけようか?」
「うん、ありがとう」
潤一はヒーターをつけて、廊下に誰もいないか確認してから、教室に戻った。
「ごめん、こんなところまで引っ張って・・・・・・」
「ううん・・・・・・」
気にする必要がないことを言いながら、首を横に振った。
「何か相談?」
「どうして・・・・・・」
「だって、わざわざ二人きりになる場所を見つけようとしていたから」
誰だって聞かれたくないことを話すことはある。
だけど、潤一が育実と二人きりになったのはそのためじゃない。
「違うんだ!」
「そうなの?」
潤一は頷いて、息を大きく吸い込んだ。
「信多さん、好き!」
「・・・・・・え?」
告白されたことを理解するのに、時間がかかった。
声が出なくて困っていると、彼はもう一度、育実に好きであることを伝えた。
「あの、返事は・・・・・・」
「お断りします。ごめんなさい!」
返事は急がなくて良いことを言おうとすると、育実が断りの返事でそれを遮った。
断られて、潤一はショックを受けて、全身を震わせている。
「ど、どうしても・・・・・・駄目?」
「うん、駄目なの・・・・・・」
本人はショックを受けていて、育実はどう言葉をかけたら良いのか、必死に考えていると、彼は椅子から立ち上がった。
「だったら、友達にならない?」
「と、友達?」
「そ。考えたら、最近少しずつ話したりするようになっただろ?」
確かにそうだ。挨拶したり、話をするようになったものの、まだ知らないことはたくさんある。
「友達だったら、いい?」
少し不安そうにしている潤一に、育実はにっこりと笑った。
「うん、もちろんだよ」
「やった!」
その後、潤一は鞄を持ってきていたので、そのまま帰り、育実は自分のクラスの教室へ戻った。
「育ちゃん!」
教室の中に入った瞬間、背後から璃穏に声をかけられた。
「璃穏君!」
「今までどこに行っていたの!?」
育実が職員室へ行くことは璃穏も知っていた。
だけど、いつまで経っても戻らないので、璃穏はあちこち捜していた。
「ちょっとお喋りをしていただけだから」
その相手が誰なのか、育実は璃穏に言わなかった。告白をされたことを正直に言うのは、少し照れるから。
「帰ろう、育ちゃん」
「うん、帰らないとね」
夕食が遅くなってしまうので、教室にいる友達に手を振ってから、再び一階へ向かった。