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震え

 璃穏の母親が入院している病院から出ようとしたときに知らない男が璃穏の名前を呼んだ。


「よう!久しぶりだな!」

「・・・・・・育ちゃん、早く家に帰ろうか」


 育実の手を握って引っ張って帰ろうとする璃穏の前に男が立ちはだかる。


「待てよ、お兄ちゃんにその態度はないだろ?」

「お兄ちゃん?」


 育実が驚いていると、璃穏の兄が育実を見下ろした。

 彼の髪の色は明るい茶色、前に璃穏が茶髪に染めたきっかけを話してくれたことを思い出した。


「初めまして、育実ちゃんだよな?璃穏の兄の育磨いくま。大学一年。よろしく」

「よろーー」


 挨拶をしてから、握手を交わそうとすると、璃穏が育実を自分の背中に隠した。


「育磨、触るな」


 鋭くて低い声が間を割り、育実と育磨の邪魔をした。


「どうしてさ?小さくて可愛らしいから触りたい」


 諦めずに手を伸ばすと、璃穏がそれを振り払った。


「不審者に触らせるか!」

「何それ!?ひどい!」


 二人のやりとりを育実はオロオロしながら見ることしかできなかった。

 しばらくしてから落ち着いて、璃穏は怒鳴り続けていたので、喉が渇いた。


「育ちゃん!」

「馴れ馴れしく呼ぶな」

「どうしてだよ?名前で呼ぶことは普通だろ?璃穏・・・・・・」


 育磨も璃穏と育実のように母親の病院に来ていた。


「仕方ないな、育実ちゃん」

「は、はい!」


 背筋を伸ばして返事をすると、育磨が両手を広げた。


「ちょっと抱きしめてもいい?」

「やめろ!この馬鹿!」


 璃穏が育磨の腹を強く蹴ったので、育磨は震えながら座り込んだ。


「璃穏君!駄目だよ!育磨さんに乱暴なことをしたら!」

「だってあのままにしていたら、育ちゃん、絶対に抱きしめられて骨を折られていたよ」

「お、俺はそこまで強くしない・・・・・・」


 さっきまで動くことすらできなかったのに、育磨はもう回復した。


「痛い・・・・・・」

「大丈夫ですか?」

「あんまり・・・・・・」


 それを聞いた璃穏が声を上げた。


「あれくらい平気だろ!?嘘を吐いて、育ちゃんに心配してもらってさ!」

「平気じゃない」

「俺と数え切れないくらいに喧嘩してきた奴の言うことじゃない!」


 昔から璃穏と育磨は喧嘩をしていて、その度に母親に心配をかけていた。


「育実ちゃん、璃穏は俺に勝ったことがほんの数回なんだぜ・・・・・・」

「馬鹿!言うなよ!」


 散々言い合いをしてから、育磨が飲み物を奢ることになった。


「そこの自動販売機は?」


 病院から徒歩二分くらい歩いたところに自動販売機がある。


「駄目だ」

「どうして?」

「その奥にある店がいい」


 璃穏は自動販売機を通り過ぎたところにある喫茶店を指差した。

 育磨は肩を竦めながら、そこへ向かうことへした。


「育ちゃん、一番高い飲み物を育磨に買ってもらおうか?」

「そ、そんな、申し訳ないよ!」

「平気だよ」


 育磨を置いてけぼりにしたまま、育実と璃穏は話し続けている。


「あのさ・・・・・・」

「育磨、黙れ」

「ひどい・・・・・・」


 育磨は璃穏の態度に落ち込んでいる。


「行こうか。育ちゃん」

「ああ!」


 育実の代わりに育磨が元気に返事をした。


「お前じゃない!」


 育磨に飲み物を奢ってもらった後、育磨は用事があるので、駅で別れた。


「明るいお兄さんだね」

「あいつはいつもあんな調子だよ」

「もっと話したかった」


 人見知りをする育実がこんなことを言うのは珍しいので、自分自身、とても驚いた。


「今度あいつに声をかけられたら、ちゃんと防犯ブザーを鳴らすんだよ」

「璃穏君、お父さんみたい」


 育実がくすくす笑っていると、父親じゃないことを言いながら、拗ねてしまった。

 次の日に育実が一桜と出かけているとき、璃穏は空夜と二人でゲームをして遊んでいたときにチャイムが鳴った。

 空夜が出て、ドアを開けると、聞き慣れた声が家中に響き、璃穏は玄関まで走った。


「何しに来たんだ!育磨!!」

「遊びに来たんだぜ、璃穏!」

「誰も許可なんかするか!」


 育磨の話によると、育磨が朝、家に電話をかけたとき、母親が出て、そのときに許可してもらったらしい。

 璃穏は渋々育磨を家の中に入れて、胡坐をかいた。


「面白そうなゲームをやってんな!えっと・・・・・・」


 空夜の名前を知らないので、育磨が困っていると、璃穏が育磨に教えた。


「空夜だよ、育磨」

「空夜か。いい名前だな!」

「わっ!」


 育磨は笑いながら、空夜の頭をくしゃくしゃと撫で回したので、空夜の目が回っている。

 空夜を助けようと、璃穏は空夜の手を引き、髪を元に戻す。


「何するんだよ!」

「空夜で遊ぶな!」

「だったら、三人でゲームをしようぜ!」


 育磨はゲームのスイッチを押して、対戦できるようにコントローラーを操作する。

 それから一時間以上かけて勝負をした結果、育磨と璃穏は勝ったり負けたり繰り返している。


「ところで空夜、育実ちゃんは?」


 育磨はキョロキョロと家の中を見回している。


「育実だったら、友達とお茶をしに行った」

「そっかー、女の子の柔肌を堪能できると思って、楽しみにしていたのに・・・・・・ああ!!」

 

 いいところまで璃穏を追いつめていたが、璃穏はしっかりと育磨に反撃をしたので、璃穏が勝者となった。


「もうちょっとだったのにー!」

「残念だったな、育磨」

 

 普段滅多に見ない璃穏の黒い笑みを見ながら、空夜は苦笑いをした。


「俺も妹が欲しい!空夜はいいよな、あんな可愛い妹がいるからさ!」


 それを聞いて空夜は一瞬ポカンとした。


「あのさ、育磨兄ちゃん・・・・・・」

「ん?どうした?」


 育実が空夜の姉であることを伝えると、驚いた育磨が大声で叫んだ。


「嘘だろ!?」

「本当だよ。空夜が何歳だと思ったんだ?育磨」

「高三」


 それを聞いた空夜はショックを受けている。


「まだ中学生だよ」

「そうなのか!?悪い!」


 両手を叩いて、深く頭を下げる育磨に空夜は顔を上げるように何度も言う。

 育磨が顔を上げてから、空夜の携帯電話が鳴って、電話に出た。電話の相手は彼の友達で、どうやら恋愛について話を聞いてもらいたいらしく、電話を切った後、空夜は出かける準備をする。


「どこか行くのか?」

「友達の家まで。夕方には戻るから」


 空夜が家を出て、璃穏と育磨は璃穏の部屋に移動した。


「璃穏」

「何だよ?」

「高校生活、楽しいか?」


 育磨の問いかけに璃穏は素直に頷いた。


「うん、楽しいよ。最近クラスの男子達とボウリング場へ行った」

「おっ!いいなー」


 璃穏は中学生の頃に散々嫌なことをされてきたので、楽しい高校生活をこれっぽっちも期待していなかった。


「俺とお前がもう少し年齢が近かったら、いいのにな・・・・・・」


 そしたら、もっと楽しい高校生活を送ることができたかもしれない。


「育磨、やめろ。高校でもお前の世話をさせる気か?」

「俺はお前の兄だぞ・・・・・・」


 育磨はクッションを抱えて、育実について話を始めた。


「本当に育実ちゃん達と一緒に住んでいるんだな」

「急に何だよ?」

「いや・・・・・・」


 育磨は昨日も病院で母親に聞かされたけれど、信じられなかった。

 育磨が誤解をしている可能性があるので、璃穏は改めてあの出来事について話した。


「育ちゃん、わざとやってなんかいないからな」

「わかっているって。そんな悪い子だったら、仲良くなんてしないだろ?」


 璃穏は力強く頷いて、ふと、育実の笑顔を思い出した。


「いいなー。毎日育実ちゃんをぎゅっとできてさ!」


 その言葉に璃穏は顔を赤くした。


「し、していない!」

「本当か?」


 璃穏はニヤニヤしている育磨の顔面にクッションを投げつけ、見事に命中した。


「照れることないだろ!」

「お前、もう帰れよ・・・・・・」

「来たばっかりだろ!」


 まるで駄々っ子のように頭を横に振っている。

 本当に育磨が大学生なのか、璃穏は本気で疑いたくなった。


「お腹が空いてきた・・・・・・」

「俺の分も!」

「激辛ラーメンでも作ろうか?」

「ひどいな・・・・・・」


 育磨が辛い食べ物を食べることができないことを知っていて、わざと言う。

 璃穏は育実が作っておいてくれた軽食を二人で食べることにした。


「で、付き合っているんだよな?」

「は?」

「育実ちゃんと璃穏。だろ?」


 育磨が璃穏と育実が恋人同士だと勘違いをしているので、璃穏はすぐに否定する。


「違う!」

「そうなの?お前、好きじゃないの?育実ちゃんのこと」


 璃穏が無言になったので、育磨はそれを肯定ととった。


「俺は好きな子に一番に告白して、気持ちを伝える」

「そうだな、頑張れ!」


 それから育実と空夜が帰ってきたのは夕方だった。


「育磨さん、来ていたの?」

「うん、軽食を一緒に食べたよ。育磨も喜んでいた」

「そっか、良かった」

 

 璃穏が育実の名前を呼ぼうとしたとき、空夜がキッチンに入ってきた。


「育実、今日喫茶店に入っただけか?」

「ううん、それはなしになったの」


 育実は一桜とクレーンゲームで少し遊んでから、ハンバーガー店でオレンジジュースを買って飲んだ。

 その後はお喋りをしながら、洋服の店に向かった。


「何も買わなかったのか?」

「うーん・・・・・・。欲しいものはあったの・・・・・・」


 育実が買いたかったものはネックレスで、値段は二千円だった。


「育ちゃん、高かったの?」

「うん・・・・・・」


 宝くじでも当てて買えばいいことを空夜が言ったので、育実は空夜に当てるように言った。


「無茶を言うなよ」


 宝くじを当てるなんて、誰も到底できることではないことだ。


「璃穏兄ちゃん、もしも当たったら、何が欲しい?」

「えーっと・・・・・・」


 しばらく考えた璃穏は新しいパソコンを欲しいことを伝えた。


「今のパソコン、古い上にかなり画質が良くないから・・・・・・」

「俺も前に璃穏兄ちゃんのパソコンで動画サイトを開いたけれど、かなり暗かったな」


 自分のパソコンがあるのに、空夜はときどき璃穏のパソコンを使うことがある。


「育ちゃんのパソコンが一番いいね」

「育実、璃穏兄ちゃんにパソコンをやったらどうだ?」


 そんなこと当然無理に決まっている。


「璃穏君、あげることはできないけれど、貸すことだったらできるから、必要なときには言ってね」

「ありがとう。育ちゃん」


 にっこりと笑う璃穏を見て、育実は無意識に見惚れていた。

 異性の笑顔を見惚れることなんて、今まで生きていて、一度もなかった。


「ところで育ちゃん」

「何?」

「今日、ホラー映画が放送されるんだよ」


 笑顔で言い放った璃穏に対し、育実の全身が一気に凍りついた。

 口元が引きつっている育実を空夜が指で突いても、育実は抵抗しない。


「ホラー映画?」

「うん、一緒に観ようよ」


 空夜と観るように言っても、空夜はやるべきことがあるらしく、誘いを断った。

 璃穏の誘いを受けて困っている育実を笑いながら、空夜はさっさと部屋へ行ってしまった。


「嫌・・・・・・」

「大丈夫だよ。俺がいるから」


 正直誰がいようと、さほど変わりがない気がする。

 そのことを目で訴えても、璃穏は笑顔でかわすので、無意味だった。


「璃穏君は平気なの?」

「平気じゃないよ」


 それに対し、育実は驚いて、目を見開いた。


「じゃあ、どうして?」

「興味があるから。一人で観るより二人で観るのがいいでしょ?」


 育実が良くないことを伝えても、璃穏はもうその気になっている。


「楽しみだね」

「ちっとも楽しみじゃない!」


 それから三時間後に璃穏と一緒にホラー映画を観た育実は悲鳴を上げたり、璃穏の腕を引っ張ったりして、大騒ぎだった。


「ぎゃあ!!」

「痛っ!」


 怖いシーンをしっかりと観てしまった育実は顔を背けようとしたとき、璃穏と思い切りぶつかってしまった。


「ごめん・・・・・・」

「育ちゃん、そんなに怖い?俺はこれくらい平気だよ?」

「私は怖いよ・・・・・・」


 ホラー映画の幽霊も怖いけれど、幽霊の出現に驚いて悲鳴を上げている女優の表情もかなり怖い。

 音楽が変わって、怖いシーンになりそうなときに目を閉じようとしたとき、璃穏にしつこく耳朶を触られたので、彼を睨みつけてから、視線をテレビ画面に戻した。


「・・・・・・部屋に戻ってもいい?」

「駄目」


 璃穏に即答されて、育実は項垂れるしかなかった。

 それから二十分経過して、ようやく終わりが近づいてきた。


「ほら、もう終わりみたいだよ?」

「良かった・・・・・・」


 もうこれ以上怖いことなんて起こらない。

 育実はすっかり安心して、璃穏と映画を観ている。

 しかし、最後の最後で最も怖いシーンを観てしまい、育実は悲鳴を上げることすらできなかった。


「ビックリした~」

「さ、さ、最後の・・・・・・」


 ほんの一瞬の映像が頭から離れず、育実はカタカタと震えている。

 育実は一人で絶対に眠ることができないので、璃穏に一緒に寝てほしいと心から思った。


「さてと、俺はもう寝るね」

「ちょっと・・・・・・」


 手首を掴もうとする前に璃穏は自分の部屋へ行ってしまった。


「無理・・・・・・」


 育実が慌てて璃穏の部屋へ行くと、部屋から璃穏が顔を覗かせた。


「璃穏君・・・・・・」

「どうしたの?育ちゃん」


 嫌な予感がしている璃穏はなるべく平静を装った。


「今日だけで良いから、一緒に寝て!」

「やっぱり・・・・・・」


 嫌な予感は見事に的中してしまった。

 すぐに璃穏が断ると、育実は引こうとせず、何度も頼んでくる。


「お願い!」

「育ちゃん、部屋に幽霊なんていないから、自分の部屋で寝ようね」


 育実は黙って出て行ったので、安心していたものの、別の考えが浮かんだので、璃穏は育実の後を追った。


「空夜・・・・・・」

「何だよ?どうした?」

「あのね、一緒に・・・・・・」

「育ちゃん!」


 育実が空夜に頼もうとしたとき、璃穏がそれを邪魔した。


「何?」

「一人で寝ないと」

「璃穏兄ちゃん、ひょっとして・・・・・・」


 空夜は育実が一緒に寝ようとしていることを璃穏の口から言うと、空夜は呆れ顔で育実を見た。


「もう小さな子どもじゃないんだから、一人で寝ろ」

「空夜もひどい・・・・・・」


 育実は俯きながら、自分の部屋に戻った。

 部屋の中に入ってドアを閉めようとしたとき、璃穏が外から引っ張った。


「育ちゃん、一緒に寝ることはできないけれど、育ちゃんが眠るまでだったら、一緒にいることができるよ」

「本当!?」


 さっきまでの暗い表情が嘘みたいに明るい表情になった。

 布団の中に入ったものの、育実はずっと璃穏の顔を見ている。


「育ちゃん・・・・・・」

「はい?」


 璃穏は右手で育実の両目を覆い、視界を真っ暗にする。


「ちゃんとここにいるから、目を瞑りなさい」

「はい・・・・・・」


 育実が素直に従うと、全身の力が抜けて、眠りに落ちた。

 寝息を立てている育実を覗き込み、そっと頬を撫でると、育実の口元が緩んだので、璃穏は小さく笑って、布団をかけ直してから部屋を出た。


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