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4/10

女子

「信多さん、恋人がいるのかな?」


 他のクラスの二人の女子達が育実について話をしているところに璃穏と友希は偶然遭遇してしまった。


「信多?あのいろんなドジをする子?」

「その子だよ」


 育実のドジについては大勢の生徒や先生も知っている。


「どうして?」

「最近、信多さんより背の高い男と一緒に出かけているところを友達が見たようなの」


 それを聞いた璃穏が思わず息を呑んだ。


「お兄さんじゃないの?」

「ううん、違う」

「違うんだ・・・・・・」


 育実に兄はいない。弟が知っているのかどうか定かではないが、わざわざそれを教える必要はない。


「彼氏だったら、大変そうだよね」

「怪我とかしないように見張らないとね」


 それを聞いた璃穏と友希は顔を見合わせて苦笑いする。

 今朝、育実が学校の階段を上っているときも足を踏み外して、怪我を負いそうになっていた。幸い、璃穏が育実の後ろにいたから、怪我をしなくて済んだ。

 階段を利用するとき、璃穏はいつでも育実を助けることができるように育実の後ろにいる。育実も自分がドジであることを自覚しているので、常に手すりを掴んでいる。

 それでも今日、後ろに倒れそうになったので、璃穏の不安がさらに大きくなった。


「絶対に信多さんの恋人は鍛えている人がいい」

「あんた、信多さんの保護者?話をしたことなんてないでしょ?」

「そんなことないわよ」


 彼女は一度だけ育実と話をしたことがあった。それを聞いて、もう一人の女子はちょっと驚いている。

 彼女達のクラスと育実のクラスはかなり離れているので、話すきっかけがほとんどない。


「いつ?」

「結構前にね・・・・・・」


 彼女はいつも学食で友達と一緒に昼食を食べている。

 しかし、ある日一人で学食へ行ったときにかなり混んでいて、座る席がない状態だった。

 困り果てていると、育実が座っている隣の席に置いていた鞄を下に置いて、席を譲ってくれたことがある。


「そんなことがあったんだ」

「嬉しかった」

「じゃあ、やっぱりあれは違うみたいだね」

「あれ?」


 彼女達と違うクラスの女子達が育実について良くない話をしていた。

 育実がドジなのは実はわざとで、男子達から注目を浴びるために計算でやっている。

 誰かがそんなことを話していて、それを聞かされた女子はすぐに否定した。


「違うよ。絶対に違う」

「だよね」


 育実がそんな悪い性格でないことは知っている。それに育実は誰もいなくても、ドジを踏むことも。


「それを話していた人達・・・・・・」

「信多さんのことが嫌いなんだろうね、きっと」


 女子が黙ると、もう一人の女子が教室へ戻るように彼女を促して、歩き進んだ。


「おい、今の話・・・・・・」

「そう考える人もいるよ」


 誰もが育実を好きになったりしない。たくさんの人達がいるのだから、それぞれ印象は違う。

 友希はまだ不安そうにしていて、もう女子達はいないのにその先を見つめていた。


「俺達も教室へ行こうよ」

「お、おう・・・・・・」


 璃穏と友希が教室へ戻ると、教室で暗いオーラを放っている人物がいた。

 育実が黒板を消して、数種類の色のチョークが出たままだったので、引き出しに戻そうとしたときに強く引っ張ってしまったため、他のチョークまで床に落とした。


「育ちゃん・・・・・・」

「信多、お前は・・・・・・」

「いいところに来た!あんた達も手伝って!」


 育実と一緒にチョークを拾い集めているのは一桜。

 育実も一桜もチョークを触っているので、手にチョークの粉がついて、カラフルになっている。


「雑巾を持ってくるね」

「ありがと、璃穏君・・・・・・」

「計算ではない。そんな奴、馬鹿だ・・・・・・」


 友希が何やら呟いているので、一桜は手を止めた。


「さっきから何を言っているのよ?」

「こっちの話だ」


 四人で協力をしたので、すぐに元通りになった。

 手を洗いに行き、廊下を歩いていると、他のクラスの女子が育実を呼び止めた。


「一桜ちゃんの友達?」

「ううん、違う」


 そっと耳打ちをすると、女子が育実に近づくために一歩前に出る。


「ちょっと一緒に来てくれない?信多さん」

「あれ?私がいたらできない話?」


 すかさず隣にいる一桜が口を開くと、目の前にいる女子が言葉を詰まらせる。


「今来さんには関係ない。いいからちょっと来て」


 彼女の手が触れる前に一桜が育実の前に立ち塞がった。


「どうせ大した用じゃないんでしょ?」

「そんなことーー」

「もう私達は行くから」


 彼女の話を遮り、一桜は育実の手を引いて、教室へ戻った。

 一桜と育実が教室へ戻ってきたので、璃穏と友希が近づいてきた。


「遅いぞ。どこまで行っていたんだ?」

「えっとね・・・・・・」


 育実がどう説明しようか考えていると、一桜が代わりに話した。


「トイレで女子達がずっとお喋りしていてさ、別の階へ行っていたんだよ」

「他の場所で喋ればいいのにな・・・・・・」


 友希の机にはクラス全員分の英語のノートが置いてある。


「阿佐部君、運ぶのを手伝うよ」

「お!サンキュー!でも、今来がいるから・・・・・・」


 一桜は申し訳なさそうな顔で両手を叩いて、頭を下げた。


「ごめん!ちょっと先生に呼ばれているから、これから行かないと!」

「職員室じゃないのか?」

「職員室だったら、ちゃんと半分持って行くわよ」


 一桜はどうやら先生に資料室に呼ばれているらしい。


「だったら、仕方がないか。信多、頼む」

「わかった」

「育実、ごめんね?」

「いいよ、行ってきます」


 育実と友希が行ったから、教室には一桜と璃穏だけだった。


「今来さん、何か俺に話したいことがあるの?」

「あ・・・・・・うん・・・・・・」


 璃穏は一桜と育実の様子の異変に薄々気づいていて、一桜が嘘を吐いて、二人を追い出そうとしていたこともわかっていた。


「どうして気づいたの?」

「育ちゃんに仕事を任せたから」

「っ!」

 

 いつもの一桜だったら、危なっかしい育実に仕事をさせようとしない。育実が委員の仕事をしていたら、一桜は絶対に手伝っている。


「さっき、教室へ戻るときに知らない女子が育実をどこかへ連れて行こうとしたの・・・・・・」

「同級生?」

「うん・・・・・・」


 前に友達から育実のことをひどく嫌っている女子達がいることを一桜は聞かされていた。

 常に一緒に行動しているから、下手に手を出さないはず。そう思って油断していた直後に嫌なことが起こった。


「呼び出しをすることはつまり・・・・・・」


 その先を促すように一桜は頷いた。


「誰かが待ち伏せをしている可能性があるよね?」

「絶対ね・・・・・・」


 人気のない場所へ育実を連れて行き、複数で育実を囲んで、好き放題に罵る気だったのだろう。


「白沢に伝えておこうと思って・・・・・・」

「また来るかな?彼女」

「それはわからない・・・・・・」


 このまま何事も起こらなければ、それでいい。

 だけど、そうじゃなかったら、育実が傷つくようなことだけはさせない。


「育実・・・・・・」

「こういうのは嫌だね・・・・・・」

「本当だよ・・・・・・」


 それから璃穏も一桜も育実と一緒にいる時間を増やしたものの、怪しい影が近づく気配はなかった。

 担任の先生が試験範囲が書かれている用紙を黒板の前に上の位置に磁石でつけた。


「ちょっと、英語の範囲が広くない?」

「プリントからも出されるみたいだね、一桜ちゃん・・・・・・」


 一桜は範囲を見て、がっかりしていた。


「お互いに頑張ろうよ。ね?」

「育実は前向きね・・・・・・」

「勉強はあんまり好きになれないわね・・・・・・」


 日々、勉強を璃穏や一桜、友希としていて、わからないところがあると、そこを教えたり、教えられたりしていた。


「勉強なんて退屈だな・・・・・・」


 まだ一時間しか経っていないのに、友希はもうやる気をなくしていた。


「ちゃんとする!私だって嫌なんだから!」

「二人はいいよな。頭がいいからさ・・・・・・」


 璃穏と育実は勉強を前からしていたことを言う。


「育実、入院中も勉強をしていたわね・・・・・・」

「うわっ!本当かよ!?」


 友希はガタンと音を立てて、椅子から立ち上がった。


「退屈だったから」

「俺だったら、元気なときでも毎日ずっと寝ているな・・・・・・」

「いや、少しは足とか動かしなよ」


 育実はノートの最後のページまで問題で埋め尽くしたので、新しいノートを用意する。

 

「手が真っ黒になっているぞ、信多」

「ありゃ・・・・・・」


 育実は手を洗いに行って、その後もずっと問題を解いて、勉強をやり続けた。


「本当に頑張るよな・・・・・・」

「あんたも育実のように頑張りなさい!」


 試験が終わった後、信じられないことが起こってしまった。

 育実は知らない女子達と口論している最中だった。


「だから私は何も悪いことなんてしていないよ!」

「よく言うよ!カンニングペーパーを持っていたくせに!」

「そんなの知らないよ!」


 育実が教室から出て、廊下を歩いていたときに複数の女子達に呼び止められた。

 彼女達の話によると、育実の制服のポケットからカンニングペーパーが落ちたらしい。


「じゃあこれは何?」

「だから、それは・・・・・・」

「こんなことをするとは思わなかったわ」


 どんなに育実が否定をしても、信じてくれない。

 それどころか、人が集まって、いつの間にか育実がカンニングをしたことを信じている者が増えている。


「いい加減にしなさいよ!」


 遠くにいる一桜が怒鳴っても、周囲がざわついているので、その声が消されてしまう。

 育実がカンニングなんてやっていないのは一緒に勉強をしていた一桜だってわかっている。


「何これ?」

「うわっ!何だよ?通れないじゃねぇか」


 璃穏と友希がやってきたので、一桜は説明してから、助けを求めた。

 周囲はすっかり育実が悪いのだと思い込んでしまい、育実は半泣きの状態だった。


「お願い、白沢!助けて!」

「・・・・・・ちょっと待っていて」


 璃穏は育実のところまで行き、育実を庇うように前に出た。


「な、何よ・・・・・・」


 カンニングペーパーを持っている女子が璃穏を睨みつけている。


「本当だったんだね・・・・・・」

「は?」

「この子を貶める計画。実行したんだ」


 女子達は全員顔色を変えた。

 実は三日前に育実と璃穏の二人で帰ろうとしていたときに忘れ物をしてしまった璃穏は慌てて教室に戻ろうとした。そのとき階段のところで他のクラスの女子達が育実のことについて話をしていた。

 育実のことを良く思っていなくて、テストでカンニングの疑いをかけるために何かできないか、相談していた。

 近づこうとしたときに璃穏は小さな音を立てたため、女子達は振り向くことなく、階段を上がって行った。


「あんた、聞いていたの!?最悪!」

「馬鹿!!」

 

 二人の女子達を見て、その話が本当であることは他の人達もわかった。


「じゃあ、あいつらが悪いってことだよな?」

「信多さんがカンニングなんてしていない・・・・・・」

「本気かよ・・・・・・」


 誤解していたことに気づいた生徒達の視線に耐え切れなくなった女子達は黙って俯いた。


「何か言うことはないの?」

「その子が悪いんじゃない・・・・・・」


 一人の女子が育実を睨みつけている。


「いつも周りに守ってもらって、可愛がられてさ、ムカつくのよ!」

「だからこんなことを?」

「そうよ!せっかくあんたの評価を落とすことができると思ったのに!」


 それだけのために育実を不幸にしようとしていた彼女達を当然許さない。


「ちょっと頭が良いからって、調子に乗らないで!」

「調子に何か乗っていない」


 育実はすぐに否定してから、ゆっくりと前進した。


「私は今年病気になって、他の人達より勉強が遅れているの。だから一生懸命勉強をした」


 それなのに、カンニングをした疑いをかけられて、かなり腹が立っている。


「私は別に人に守られようなんて思っていない」

「嘘よ!ドジだって、周囲の人達の注目を集めたいだけにやっているのでしょう?」

「違う。どうして好んでそんなことをする必要があるの?」


 璃穏も他の人達も黙って話を聞いている。


「もっとしっかりした人間になりたいよ。自分で何でもできるように」


 育実は自分がドジを踏むせいで、周りの人達に迷惑をかけてきた。

 怪我まで負わせることもあるので、自分のそういうところが嫌で仕方がない。


「そんなこと思っていないくせに・・・・・・」

「思っているよ」


 駄目なところがたくさんあることを育実は自分自身のことなので、知っている。


「私のことを貶めるような人達が立派な人間だなんて思わない!」

「偉そうに、いい加減にして!」


 育実と言い争っていた女子が育実の頬を叩こうとした手首を璃穏が掴んだ。


「この子をこれ以上傷つけるんだったら、容赦しないよ」

「ちょっと、痛い!」


 璃穏が女子の手首に爪を立てているので、本気で痛がっている。

 女子がいくら抵抗しても、璃穏の掴む手は緩むどころか、じわじわと力が強くなる。


「どうする?まだこんなことをする?」

「しない!もうしないから!」


 璃穏の手を振り払い、捕まれた手首を見て、彼女は顔を青くした。

 駆けつけた先生が近くの生徒達から話を聞いて、加害者の彼女達は先生と一緒に職員室へ向かった。


「璃穏君・・・・・・」

「もう大丈夫だよ」


 育実は今にも泣きそうな顔で、安心させるように笑う璃穏を見上げた。


「た、助けてくれてありがとう・・・・・・」

「いえいえ」


 その後は育実、一桜、璃穏、友希の四人で外に出た。

 テストが終わって、みんなで食事に行くので、育実は楽しみにしている。


「今日は本当に怖かった・・・・・・」

「私もよ。嫌なことがなくなったと思ったら、あんなことが起こってさ。でも、疑いが晴れて本当に良かったよ」


 加害者の女子達は先生に散々説教を受けて、反省させられたみたい。


「偶然話を聞いたから」

「白沢、本気であいつの手首を折ろうとしていなかったか?」

「ふふっ、どうだろう?」


 笑みを浮かべる璃穏に友希は若干怯えながら、後ろへ下がった。


「あのままだったら、折っていたかもしれないわね・・・・・・」

「一桜ちゃん!」

「そ、そうだ、来週になったら、テストが返ってくるんだな・・・・・・」


 別の話題にしたものの、友希は気持ちが沈んでいる。


「終わったばかりなんだから、そんなことを考えるのはやめようよ」

「そうだよ」


 育実と一桜が友希に言うと、何度も頷いた。


「こうやって、四人で外食するのは初めてじゃない?」

「そうだよね。私、阿佐部君と食事をするのは初めてだよ」

「俺だけ?」


 育実は何度か一桜や璃穏と食事をしたことがある。


「楽しみだね」

「育実、テスト中にお腹が鳴っていなかった?」

「な、鳴っていないよ!」


 育実は首が取れてしまいそうなくらい、横に振っていた。


「本当?育ちゃん」

「だから違うの!」


 それを見ていた友希が笑ったので、育実は友希に奢るように言った。


「あ!俺の分もお願いね。阿佐部君」

「私も!」

「お、お前ら、ふざけんな!」


 三人に対して、友希は一人ひたすら怒っていた。

 ハンバーガー店へ行き、四人で食事をしていたとき、それぞれ呼び方が変わった。

 一桜と友希は互いに下の名前で呼ぶようになった。璃穏は友希のことを下の名前で君をつけて呼ぶようになり、友希は璃穏を下の名前で呼び捨てにするようになったので、友情がさらに深まった。


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