相手
「来週?」
「うん、そうだよ」
昼休み、悠からみんなで買い物へ行くことを提案され、育実と璃穏は楽しそうと思った。
「悠君、前から考えていたの?」
「違うよ、璃穏君。最初に言い出したのは友希君だよ」
「まだみんなで出かけたことがないからな」
以前、男子だけでボウリング場へ行ったことがあるので、次は女子も合わせて出かけたい。
「それで、どこで買い物をするつもりなんだ?」
潤一の質問に、悠は学校から三駅離れたところにあるショッピングモールへ行くことを伝えた。
「あそこだったら、近いからいいよな!」
「そうだな。だけど、人が多そうだな・・・・・・」
友希がちょっと憂鬱そうにしていると、教室のドアが開いた。
「一桜ちゃん、おかえり」
「ただいま、育実」
四時間目の授業が終わってから、一桜は先生に用事を頼まれていた。
「一桜ちゃんも行こう!」
「ど、どこに?」
場所を言い忘れているので、まずはそこから確認をしたい。
「ショッピングモールだよ!」
「買い物?」
「うん!」
一桜はその日の予定がないか確認をしてから返事をすることにした。
「わかった。返事、待っているね」
「うん・・・・・・」
一桜が返事をすることにしたのはそれから二日経った後だった。
「育実!」
角を曲がろうとしたとき、後ろから一桜が後を追ってきた。
「一桜ちゃん!あれ?教室に行ったんじゃないの?」
「今日日直だから」
「そっか」
もう一人日直がいるのだが、彼は家の用事で今日は学校を休んでいる。
「日直の仕事、手伝うね」
「ありがとう。育実」
教室に入って席に着くと、一桜が育実の席で立ち止まった。
「どうしたの?」
「前のことだけどさ・・・・・・」
どのことがわからず首を傾げると、買い物のことを言ってきた。
「行けそう?」
「うん」
一桜は特に予定がなかったことを加えた。
「良かった!楽しみだね!」
「本当だね」
何か買いたいものがあるのか互いに確認していると、チャイムが鳴った。
「あっ!そろそろ席に戻るね」
「うん、後でね」
授業中、一桜は育実と楽しく買い物をすることができるのか、ずっと考えていた。
急用が入ったと嘘を吐いて断ることができるものの、正直そのようなことはしたくないので、却下する。
四時間目は体育の授業で、バトミントンをする。そのため、着替えてから体育館シューズを持って、体育館へ移動しなくてはならない。
「ちゃんとできるかな?」
溜息を吐きながら心配している育実の肩に手を置く。
「育実!」
「何?」
「弱気なことを言わないの!」
自由に分かれることができるので、一桜は育実を練習に誘った。
バトミントンの練習をするものの、ラケットでなかなか打ち返すことができない。
「もう嫌・・・・・・」
「弱気にならないの!」
まだ練習して十分しか経っていないのだから、諦めずに頑張るように応援される。
そのとき男子達が騒いでいるので育実と一桜が見ると、璃穏と友希の打ち合いがずっと続いている。
「いつまで続くの?あれ・・・・・・」
「授業が終わるまで?」
練習を止めて見続けていると、友希がラケットを思い切り振って、手から滑り落ちた。
「かなり続いたね・・・・・・」
「本当に・・・・・・」
練習に戻ろうとすると、璃穏が育実の視線に気づいて、にっこりと笑った。
「育実?早く・・・・・・」
一桜の声は育実に届いていなくて、育実は璃穏に笑顔を見せていた。それを見た一桜がそれ以上何も言えず俯いていると、誰かが避けるように大声を出した。
気づいたときには一桜の手首にラケットが当たっていて、その痛みで顔を顰めた。
「ごめん!大丈夫!?」
「う、うん・・・・・・」
ラケットを飛ばしてしまった女子が手を合わせて謝った。
いつの間にか育実がすぐそばまで来ているので、一桜は驚いた。
「手首捻った?大丈夫?」
「大丈夫だよ。育実」
大丈夫であることを伝えたものの、本音を言うと、変に捻ったからやはり痛い。
「練習戻ろうか・・・・・・」
「駄目だよ!」
そのまま放っといたらいけないので、育実は一桜を保健室に連れて行こうとした。
「触らないで!」
「わっ!」
手を振り払われたので、育実は後ろに倒れそうになった。
育実の手をを振り払ってしまい、一桜ははっとした。
「保健室だったら、一人で行くから。育実は他の人と練習していなよ」
育実が話をしようとすると、一桜は走って保健室へ行ってしまった。
立ち尽くしていると、クラスの女子達がバトミントンの練習に誘ってくれたので、そっちに加わった。
体育の授業が終わってから教室に戻り、一桜が早く戻らないかと何度も廊下を見た。
その頃、一桜は保健室で先生に手当てをしてもらって、更衣室へ戻ろうとしていた。
「手首、大丈夫?」
一桜に声をかけてきたのは潤一で、包帯で巻かれている手首を心配そうに見ている。
「これくらいどうってことないよ」
「だったら、早くいくみんのところへ行きなよ」
育実は体育の授業中も終わった後も、一桜のことを心配している。
そのことを聞いた一桜は更衣室へ行って着替えを済ませた後、急いで教室へ向かった。
「一桜ちゃん!」
「育実・・・・・・」
椅子から立ち上がった育実は一桜に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「本当に大丈夫だよ」
「でも、痛そう・・・・・・」
さっきまでなかった包帯を見て、育実はさらに暗い顔をする。
「そんなことよりさ!」
一桜は不自然にならないようにできるだけ明るい声を出した。
「今度、みんなで買い物をするでしょ?」
「う、うん・・・・・・」
突然大きく話が変わったので、育実は戸惑った。
「何か買いたいものとかある?」
何か欲しいものがあるか考えていると、潤一が教室の中に入ってきた。
「何の話?」
「種房君!」
来週行くショッピングモールの話をしていたところであることを言うと、彼の笑顔が消えた。
「今来さんは本当に一緒に行きたいと思っている?」
「それは・・・・・・」
潤一は続けて、育実と一桜が一緒になると、暗い雰囲気になりそうだと言ってきた。
「もうさ、いくみんに言いたいことがあったら、言えばいいじゃん」
「一桜ちゃん・・・・・・」
ここのところ、一桜の様子がおかしいので、育実は思い切って疑問をぶつける。
「一桜ちゃんの様子が変なの、もしかして私のせいなの?もし、そうなら・・・・・・」
「・・・・・・そうだよ」
一桜の一言を聞いて、育実や潤一、クラスメイト達が無言になり、静まり返った。
「私、育実といるの嫌になった・・・・・・」
「嫌になったのはどうして?」
恐る恐る訊いてみると、一桜は育実を睨みつけた。
「いつも育実の世話をするのが疲れたの・・・・・・」
「一桜ちゃん・・・・・・」
「それに見ていてイライラするの!携帯だって本当は使えているの!どうして何でも信じるのよ!もう知らない!」
一桜は育実の肩を押して、自分の席に着いて、腕で顔を隠した。
育実はどうしたらいいのかわからず、しばらく動けないままだった。
「で、落ち込んでいるんだな。育実は」
「うん・・・・・・」
家に帰ってから暗くなっている育実を見た空夜は何があったのか、璃穏から話を聞いた。
「俺は一桜姉ちゃんが本気で言ったとは思えないな・・・・・・」
「やっぱり空夜もそう思う?」
「璃穏兄ちゃんも思うよな」
育実と一桜はあれから一言も話さなくなってしまい、他の人達も心配している。
空気が重くなったことを感じたのは後から教室に入ってきた先生もだ。
「目も合わせていないんだよね・・・・・・」
「お互い?」
「いや・・・・・・」
育実は何度か一桜を見ていたけれど、一桜は少しも育実を見なかった。
キッチンで食事の支度をしている育実を元気づけるために空夜が向かうと、育実は皿を持ったまま立っていた。
「うわっ!何しているんだよ!」
「皿を並べようとしていたの・・・・・・」
料理はすでにできているので、空夜は味見をした。
嫌な予感がしていたが、料理は美味しかったので、胸を撫で下ろした。
「空夜、こっちも食べる?」
「何だ?」
甘味噌蒟蒻が入った器を渡して、 空夜はそれを食べた。
美味しいものに違いないと思っていたのに、普段の育実の料理の腕から考えられないくらい不味いものだった。
お茶を何度飲んでも口の中の味の変化はほとんどなかった。
「喉に引っかかったの?」
「そうじゃない!これ味見していないだろ!?」
「うん」
甘味噌蒟蒻はとても食べられるものでないことを言われてしまい、らしくないミスに落ち込んだ。
いつもだったら美味しく感じられる料理がどれも味がほとんどしなかったので、食事の時間が嫌だった。
部屋へ行き、気を紛らわせようと適当に音楽をかけて聴いていると、携帯電話が鳴ったので、急いで開いた。送られてきたメールはただの迷惑メールだったので、落胆した。
「育ちゃん」
「きゃあ!はい!」
突然璃穏に名前を呼ばれたので、育実は大声で返事をした。
「ご、ごめん・・・・・・」
「ううん・・・・・・」
沈黙ができてしまったので、育実は急いでそれを破る。
「それで、どうしたの?」
「うん、ちょっと、気になって・・・・・・」
育実がずっと暗い表情をしているから、璃穏は心配している。
「璃穏君・・・・・・」
「ん?」
口を開きかけては閉じて、また開こうとすることを何度か繰り返してから、ようやく声を出した。
「私は大丈夫だから・・・・・・」
心配してくれていることに感謝をして、もう一度同じことを言った。
一桜と喧嘩した日が金曜日なので、次に会うのは月曜日だ。その間、連絡をしようか迷ったけれど、携帯電話を閉じた。
また拒絶されたらと思うと、怖くてボタンを押すことを躊躇う。
毎週土曜日か日曜日にメールが来るのに、今週はきっと来ないだろうと思う。
育実の予想通り、土曜日も日曜日も一桜から一度もメールが届かず、電話もかかってこなかった。
「はぁ・・・・・・」
月曜日の朝から育実は何度も溜息を吐いている。
「育ちゃん、行こうか」
「うん・・・・・・」
育実は璃穏に背中を押されながら、家を出た。
教室がいつもより遠く感じたのは一桜との距離がそれだけ開いてしまったからかもしれない。
「かーー」
教室に入ると一桜がいたので、挨拶をしようとした。
けれど、笑顔になることも、挨拶をすることもできず、自分の席に着いた。
「育ちゃん・・・・・・」
璃穏が呼んでも、育実は顔を上げなかった。
いつもの育実だったらしっかりと反応するのに、今の育実は元気がない。
午前の授業中、何度も育実は一桜を見ていた。一桜はその視線に気づいていながら、その方向に顔を向けなかった。
昼休みになると、育実は一桜がいないことに気づき、悠に訊いた。
一桜は一人で外で食べることを言い残して、教室から外に向かって走って行ったらしい。
「育ちゃん、きちんと話をしないと」
「璃穏君・・・・・・」
育実が何度も一桜に視線を向けていたことを璃穏も知っている。
「でも・・・・・・」
「このままでいいの?」
「良くない・・・・・・」
「行っておいで。信多さん」
悠に背中を押され、一桜が財布を持って購買へ向かって行ったことを友希に教えてもらい、育実は急いで行った。
その頃、潤一と一桜が購買で数種類のパンを買い終えたばかりだ。
「もういくみんと話さないつもり?」
「知らないわよ!」
つまらない意地を張っていることに苛立ちながら、どこで食べようか考える。
「私のこと、放って戻りなさいよ」
「そんな邪魔者扱いしなくてもいいのに・・・・・・」
「そんなつもりない!」
ちょっと前まで育実が隣にいて、一緒に笑顔になることができたのに、それができなくなった。
「いくみん、どうでもいい相手じゃないんだろ?」
「それは・・・・・・」
育実と距離を置いてから、一桜はますます育実のことを考えるようになった。
本当にどうでもいい相手だったら、考えたりなんてしない。
「仲直りをしたら?噂をすれば、来たよ」
「育実・・・・・・」
遠くから左右を見ながら、育実が走ってきた。
徐々に距離が近づいて、育実も一桜の存在に気づいて、さらにスピードを上げる。
「あっ!」
「きゃっ!」
下り坂を走っていると、靴のつま先が引っかかって、大きな音を立てて転んでしまった。
それを見た一桜は急いで育実に駆け寄った。
「大丈夫!?育実!」
「一桜ちゃん・・・・・・」
出血をしていないか、足を動かすことができるか、一桜は心配している。
育実が立ち上がろうとしたとき、一桜は手を貸して、近くのベンチまで歩いた。
「育実、私のことを怒っているんでしょ?」
「どうして・・・・・・」
いつも迷惑をかけてきたのは育実なのに、どうして怒っていると思っているのだろうか。
「怒ってなんかいないよ」
「嘘・・・・・・」
あんな一方的に言いたい放題言ったのだから、怒っているに決まっている。
育実はもう一度一桜に対し、怒っていないことを伝えた。
「嘘だから・・・・・・」
「何が?」
「育実といるの嫌になったことなんて、嘘だから・・・・・・」
離れて行く育実を見て、一桜は不安になった。
「白沢と仲良くなっているのを見て、距離を感じたの。育実、白沢のこと、好きだよね?」
ストレートな質問に顔を赤くして、しばらく経ってから頷いた。
「うん、璃穏君が好き・・・・・・」
「やっぱりね・・・・・・」
一桜は結構前からそのことに気づいていた。
気づいてからだんだん不安が大きく膨れ上がり、それを育実にぶつけた。
「一桜ちゃん、私は璃穏君を好きになっても、友達だと思っているよ」
「本当に?邪魔じゃない?」
「邪魔じゃないよ!」
互いに悪かったところを言いながら、謝って仲直りをした。
教室に笑顔で戻ってきた一桜と育実を見たクラスメイト達は仲直りをしたことにほっとした。
「おかえり。仲直りできて良かったね。育ちゃん」
「うん!」
「本当良かったな!一時はどうなることかと思った」
潤一も他の人達のように心配してくれていた。
「育実、まだお昼食べていないんだから急がないと!」
「そ、そうだね!」
話すことに夢中になっていた二人は昼食をまだ食べていなかった。
時計を気にしながら、二人はいつものようにお喋りをしながら、昼食を食べた。
それから待っていた休みがようやく来て、育実と一桜、璃穏、友希、潤一、悠はショッピングモールへ来た。
「人が多いな・・・・・・」
友希はショッピングモールの中の人の多さに顔を顰めている。
「本当だね。育ちゃん、はぐれちゃ駄目だよ」
「はぐれないよ・・・・・・」
璃穏にからかわれたので、育実は一桜にくっついている。
「ちょっと、いじめないでよ」
「心配しているだけだよ」
先にどこから行くか相談して、CDやDVDを売っている店に入ることにした。
友希と潤一が前から欲しがっていたDVDがあったので、それを買いにレジへ行った。
璃穏と悠がCDを見ている間、一桜は育実にいつ告白をするのか、小声で質問をしてきた。
「そんなの!できないよ・・・・・・」
「白沢、前より明るくなったから、気になっている女子が増えているよ。伝えたいことはきちんと相手に伝えないと!」
「そうなの!?」
知らなかった情報を聞いて、育実はかなり驚いた。
そんな育実に一桜が告白をするように言っていると、璃穏と悠がこっちに来た。
「何二人で話しているの?」
「女同士の話よ。ね?育実」
「そうなの!」
内緒にしたことで、璃穏と悠は内心気になっていたものの、それ以上深く入ろうとはしなかった。
DVDを買った友希と潤一が戻ってきたので、店を後にする。
その後、服屋や携帯ショップ、スポーツ用品店など、たくさんの店の中に入って、買い物を楽しんでから、喫茶店でお茶をした。
「可愛い服があって良かった!」
「良かったね!一桜ちゃん!」
二人で服を買うときは今日よりもっと時間がかかる。
「璃穏君、携帯電話を真剣に見ていたよね?」
「デザインが好きだったから。悠も見ていたじゃない?」
「持っている携帯が古いからね」
潤一と友希は先刻行ったスポーツ用品店について、話をしている。
喫茶店で一時間半以上お喋りを続けてから、集合した場所で解散をした。
育実と璃穏は同じ家なので、二人で帰る。歩道を歩いているときに、ホットコーヒーを飲みたくなった璃穏がコンビニで買った。
「それ、初めて飲むよね?」
「うん、美味しいよ」
育実は一人で一桜のことを考えていた。
璃穏に告白をすること、それはかなり時間がかかり、勇気がいること。
「育ちゃんとこんな風に仲良くなることができるとは思わなかったな・・・・・・」
「そうだね・・・・・・」
璃穏が一緒に住むようになったきっかけがとんでもないことだったから。
「急にどうしたの?」
「お母さんが退院したらさ、俺・・・・・・自分の家に帰らないといけないからさ」
「あ・・・・・・」
毎日いろいろあったから、すっかり忘れていた。
いつか離れてしまうことを考えると、寂しさが胸の中に広がった。
「・・・・・・育ちゃん、俺が離れても、また家に遊びに行ってもいい?」
「うん!もちろん!」
いつでも来てほしいことを言うと、璃穏は嬉しそうに笑った。
「育ちゃん、俺と友達になってくれて、嬉しかった。でも・・・・・・」
「何?」
「いつからか、友達じゃ、その・・・・・・嫌になって・・・・・・」
何か不快なことをしてしまったのか、育実は不安に駆られる。
「違うよ!そうじゃない!」
「じゃあ・・・・・・」
璃穏は頭をくしゃくしゃにしてから、育実に顔を向ける。
「俺、育ちゃんのことが好き。その、友達・・・・・・以上に・・・・・・」
予想外の出来事に、育実はとても驚いた。
「育ちゃんは?」
「私は・・・・・・」
きちんと相手に気持ちを伝えないといけない。
「私も璃穏君が好き!」
自分と同じ気持ちだと知って、互いに嬉しくてどうにかなりそうになった。
「・・・・・・焦った。断られるかと思った」
「そんなことしないよ!」
育実は首を激しく振りながら、否定をした。
「これからも仲良くしようね。育ちゃん」
「はい!」