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階段

 教室中に悲鳴が木霊した。前後左右にいるクラスメイト達が注目すると、数十冊のノートが床に散らばっていた。


「・・・・・・あんた、またやったの?」


 少女は溜息を吐きながら目の前にいる少女を見下ろす。


「やっちゃった、ごめんなさい」

「もう・・・・・・」


 やってしまったのは信多育実しのだいくみ。高校一年生。昔からよくいろいろなものを壊してしまう。


「何回目よ・・・・・・」

「数えていない・・・・・・」


 散らばったノートを一緒にまとめてくれている女子は今来一桜いまきかずさ。二人は小学四年生の頃から現在まで友達として関係が続いている。


「信多さん。これ、拾い忘れているよ」


 育実にノートを渡したのは白沢璃穏しらさわりおん

 他の男子と違って大人しく、いつも教室や図書室で読書をしている。


「ありがとう」

「いえ」


 彼は用が済んだとばかりにさっさと自分の席へ座った。


「白沢が他の男子と喋っているところをほとんど見ないよね?育実」

「うん・・・・・・」


 一桜はそっと育実に耳打ちをする。


「人見知りが激しいのかな?」

「もう少し会話すればいいのに・・・・・・」


 一桜にクラス全員分のノートを半分配ってもらい、育実が感謝しながら配っていると、黒板消しを落としてしまった。

 育実がドジなのはクラスメイトや他のクラスの一部の人達も知っているので、やれやれと思いつつ、手を貸す人達が多い。


「どうにかならないかな?」

「育実、さっさと拾う」

「わかっているよ」


 学校が終わって、育実はあちこちの店で寄り道をしていた。欲しかったペンケースと菓子が手に入ったことに満足しながら帰り道を歩いていると、いつも通る道が工事で通ることができず、橋を通らなければならなかった。階段を上って橋を渡っていたときに何も躓くものがないにもかかわらず、躓いてしまった。

 躓くだけならまだましだった。育実の前を歩いていた男の背中を躓いたときに力強く押してしまったために彼は階段から転げ落ちてしまった。


「あっ!!」

「うわああああ!!」


 育実は血の気が引いて、顔を青くしながら、彼に駆け寄って必死に声をかけるが、彼は気を失っていた。


「ど、どうしよう、きゅっ、救急車!」


 鞄から携帯を取り出して、救急車を呼んだ。

 育実は泣きそうになりながらも声をかけながら、救急車が到着するのを待って、到着後は落ち着きがなく、立ったり、椅子に座ったりし続けていた。


「ご家族の方ですか?」

「えっと、はい・・・・・・」


 本当は違うのに、パニックになっていたので、思わず肯定した。


「彼は大丈夫ですか?」

「軽い打撲だから、大丈夫ですよ。命に別状はありませんから」

「本当ですか?」

「はい」


 看護師からそれを聞いた育実はほっと胸を撫で下ろす。


「良かった」

「ただ、念のために今日一日は入院が必要です」


 病院の待合室で待っていた育実は彼と話ができるかと看護師に訊くと、安心させるような笑みを浮かべて頷いた。

 恐る恐る病室を入ると、男は意識が戻っていて、窓の外を眺めていた。育実の足音に気づいた彼は振り向いて、目を見開いた。育実はすぐに頭を深く下げて謝罪した。


「すみません!本当にすみません!!私がドジを踏んだばっかりにこんなことになってしまって・・・・・・」

「あのときは驚いたよ、最大の出来事だよね。信多さん」

「何か力になれることがあれば・・・・・・今、何て言いました?」


 目の前にいる人が育実の名前を呼んだ気がする。初対面で知らなくて当然なのに。


「信多さん。聞こえなかった?」

「どうして・・・・・・」


 目の前にいる男は髪の色を茶色に染めている。綺麗な顔立ちで、全身を見たところ、いくつも古傷が残っていて、どこかの不良と間違われてもおかしくなかった。

 こんな怖い人と知り合いのはずはないと思いながら、育実はかなり焦っていた。


「聞いている?」

「聞いていますから、暴力は勘弁してください!」

「ぼ、暴力?」


 男は怪訝そうに育実を見つめている。


「私、反省していますから!あの、怪しいところに売り飛ばそうとか、倍返しにして痛い目を見せたいとか、考えているかもしれませんが、お願いします!それ以外でしたら、何でもしますから!!」

「何でも?」

「はい!」


 男はしばらく考えてから、口を開いてこう言い放った。


「じゃあ、これから俺の世話をしてもらおうかな?」

「喜んで!!」


 ほっと胸を撫で下ろしていると、男の鞄の中に入っている携帯電話が鳴って、男は何やら操作している。

 操作を終えた男はもう一度育実の顔を見る。


「実はね、君のお母さんも君と同じように俺のお母さんに大怪我を負わせたんだ」

「嘘・・・・・・」


 まさか親子揃って、見ず知らずの他人に怪我を負わせるなんて。


「嘘じゃないよ」

「そんな・・・・・・」

「だからしっかり俺の世話をしてね」


 育実が口を開けたまま固まっていると、男は笑った。


「これからよろしくね。信多さん」


 ここでさっきの疑問をぶつける。


「そうだ!お兄さん、どうして私の名前を知っているのですか?」


 どこかで会った記憶なんてこれっぽっちもない。


「わからないのかな?俺だよ。クラスメイトの白沢璃穏!」

「白沢・・・・・・ええええっ!!」


 それから大声で叫んでいた育実は看護師に怒られて、その日はもう遅いから帰るようにと言われて家に帰った。

 家に到着すると、すぐに育実は母親に質問攻撃を始めた。

 

「お母さん!どういうことなの!?」

「これには事情があって・・・・・・」

「どんな!?」


 母親の話によると、友達とお茶をした後に一人で買い物をしようとショッピングモールのエスカレーターを利用しようとしたときに持っていた缶ジュースを落としてしまい、それを踏んだ彼の母親が下の階まで転げ落ちてしまったらしい。


「白沢君のお母さんはどうなったの?」

「あちこち骨折して、しばらくの間は入院よ。育実も息子さんに怪我を負わせたのよね?」


 育実は小さく頷いた。それを見た母親は深い溜息を吐く。


「実はね、その息子さんの母親はお母さんが大学生の頃から友達で、とてもお世話になっている人なの。それで怪我が治るまで預かることになったの」

「そうなんだ・・・・・・ちょっと待って!?」


 危うくそのまま聞き流してしまうところだった。


「お母さん!」

「聞いていないぞ!そんなこと!」


 和室に入ってきたのは弟の空夜くうや。手には中学二年の数学の教科書を持っている。

 わからない問題が出てきて、姉の育実に教えてもらおうと考えていたときに二人の話を偶然聞いた。


「勉強熱心ね、空夜。お母さん自慢の息子!」


 母親は空夜にピースのサインを出している。


「誤魔化すなよ!本気で!?」

「本気よ。これから仲良くしてね」

「お父さんが反対するでしょ?」

「しないわよ。私が強く言ったら、何も言わなくなったから」


 父親は母親にとても弱くて、母親の意見に反対することがあっても、母親に強く言われてしまえば、渋々受け入れることがある。

 この件に関しては父親がもっと強く反対すべきだ。


「向こうの父親は?」

「お仕事の都合でいないの」

「一人暮らしでもすればいいじゃねぇか」

「とにかく新しいお兄ちゃんができたと思えば、楽しくなるわよ」


 話が面倒になったのか、母親は糸を切るように話を終わらせた。育実も空夜も強く反対しながら、不安に駆られた。

 後日、育実と母親、空夜が病院へ行くと、彼は元気でどこも異常がないことを確認してから病院を出た。


「あんたさ、名前何だっけ?」

「空夜!」

「まだ言っていなかったね・・・・・・」


 育実達が話していると、前を歩いていた空夜がいつの間にか後ろに下がっていた。

 さっき、育実がこっそり名前を教えたのに空夜はすっかり忘れている。


「璃穏だよ、白沢璃穏」

「璃穏兄ちゃんだな。俺のことは空夜でいいからな」

「わかった、これからよろしくね。空夜」


 少し前まで嫌がっていたのに、あっという間に弟の態度が変わった。

 男同士で年齢もそれほど離れていないからか、すぐに仲良く話している。会話で盛り上がっている内容は育実の学校生活についてだったので、本人は憂鬱な気分だった。


「信多さんも俺のことを名前で呼んでくれていいからね」

「う、うん!」


 育実は慌てて頷いたものの、実際に異性の名前を呼んだことがあるのは弟の空夜だけだったので、ちゃんと名前で呼ぶことができるのだろうかと頭を悩ませていた。

 二人はそんな育実に気づくことなく、別の話を始めた。


「育実、学校で他にも問題を起こしているのか?」

「最近は黒板消しを落としたこととクラスメイト達のノートを全て床に落としたくらいかな」

「やめて!」


 きちんと記憶しているので、そんなことはすぐに忘れてほしかった。


「余計な情報を与えないで!」

「これからも頑張ってドジの力を高めるんだよな?」

「高めていないよ!空夜、どうして私だけ呼び捨てなの?」

「だって妹みたいだから」


 弟に妹扱いをされて何も言えなくなる。昔から空夜が兄に見られて、育実が妹に見られる。

 間違えられる度に違うこと教えては謝られる。たまには誰か違うことを言わないだろうかと期待をしても、それは裏切られるばかり。


「璃穏君、ご飯は何がいい?」

「何でもいいですよ」


 その返事が一番困ることをどうやら知らないようだ。


「お母さん、外食するの?」

「そうしようかと思っているけれど、みんなはお腹が空いた?」

「俺は空いたな。すぐそこの店にしない?」


 空夜が提案した店は和食屋。窓から店内を見ると、他の客はいるものの、待つ必要はなさそうだった。

 店の階段を上って店内へ入ると、店員が禁煙席まで案内した。メニューを開いて、育実の隣にいる母親にも見えるようにテーブルに置いた。


「育実、決めた?」

「うん、決めたよ」

「俺も彼女と同じものにします」


 母親は天とじ丼セット、空夜はカツ丼セットに決めて、店員に伝えた。


「食事が終わったら、買い物へ行きましょうね」

「お母さん、何を買うの?」

「食材がもうほとんどないのよ。荷物持ちをお願いね」

「あんまり買い過ぎるなよ。重くなるから」


 外食にしたのは冷蔵庫の中が空に近い状態だったからと知った。

 いつもだったら、家族の食事を作るのは育実が担当。


「料理が得意なんだね。すごいな」

「そんなことないよ」

「いつも育実に作ってもらっているの。楽しみにしていて」


 璃穏は満面の笑みで微笑んでいて、育実はプレッシャーを感じた。


「はい!楽しみにしています!」

「それプレッシャーになるから!」


 母親、育実に料理をバトンタッチ。料理をするときは不思議と普段のドジはない。

 プレッシャーをかけられた育実は何とも言えない顔になった。育実は気になっていることをいろいろと彼に質問をしたかったのだが、店員が笑顔で料理を持ってきた。


「育実、月曜から弁当を作ってよ」


 空夜からの突然の頼みに育実は困惑する。


「どうして?今までそんなことを言わなかったのに・・・・・・」

「入院していた奴にそんなことを言うかよ!」


 夏休みの途中から二週間、育実の肺に穴が開いてしまったために入院をしていた。

 育実は入院していて家にいなかったので、退屈な日々を過ごしていた。


「それにしても、よく入院中も勉強していたな」

「だって遅れたくないから」

「病気を治すことだけ考えていればいいのに・・・・・・」


 育実の行動に空夜は納得していないようだった。


「病気で入院したんだよね?」

「普段のドジっぷりを見ていたら、年に何回も怪我で入院しそうなのにな」

「とんでもないことを言わないの!」


 母親は食べようとした手を止めて、空夜を叱った。

 初めて長い入院となったので、退屈と寂しさが入り混じった入院生活を送っていたことを思い出していると、空夜が弁当の話に戻した。


「さっきの話だけどさ、前から頼みたかったんだよな。時間になったら、俺が起こすからさ」

「毎日?」

 

 それはさすがに勘弁してほしい。毎日早起きするのはしんどい。


「できれば毎日がいいな。けど、せめて週二でも作って!学食より育実の手作りがいいからさ」

「わかった。週二ならいいよ」

「よし!サンキュー!」


 その後、空夜は母親から自分の料理は嫌なのかと何度も質問攻めをされていて、買い物のときに育実は母親に重い荷物を強制的に持たされた。


「よろしくね?」

「はい」


 璃穏と一緒に生活するようになってから、育実は彼についてわかったことがいくつもある。

 髪の毛を茶色に染めているのは家族が髪を染めているから、真似してやった。髪を染めることを禁じられている学校では黒髪にしているが、休みになると、すぐに髪を染めている。

 育実が璃穏にドライヤーを渡すため、脱衣所へ行ったときに上半身裸を見て、育実は自分の足にドライヤーを落として、パニックになっていた。いくつも痣が残っていて、見ていて痛々しい。


「どうしてこんなに傷があるの?」

「中学のときに喧嘩を売られてできた傷だよ」


 話をまとめると、中学生だった頃、同級生に無口で近寄りがたいと馬鹿にされていたが、相手にしないでいたら、数日後に複数の男子達に家の近くで待ち伏せをされており、殴りかかってきたものの、彼らより璃穏が強かったからあっさりと倒すことができたらしい。

 しかし彼らはそれに対して根に持ち、ほとんど学校に行っていない不良生徒達に頼んで、璃穏を傷だらけにしてから倉庫に入れて火を放って、倉庫を燃やした。

 璃穏は窓ガラスを叩き割って、脱出した際に火の粉が飛んできたので、それが残っている。

 あまりにもすごい話を聞かされた育実はすぐに頭の整理ができなかった。


「ひどいよ、こんなことをするなんて・・・・・・」

「最初に相手した男子達くらい弱かったら良かったんだけどね。鍛えていても、やっぱり上には上がいるね」

「犯罪だよ・・・・・・」


 璃穏が脱出したことを知らない不良達はさすがにやり過ぎたのではないかと、急に怖くなってその場から逃げようとしたところ、騒ぎを聞きつけたパトカーと消防車が来て、彼らは逮捕された。


「お風呂に入るときとか、痛いよね?」

「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、驚いたよね?育実ちゃん」


 申し訳なさそうに謝るので、聞き逃すところだった。


「驚いたよ・・・・・・待って!今、何て言ったの!?」

「大丈夫」

「その後!」

「ごめんね?」


 一番聞きたいことが聞けないので、育実はイライラしていた。

 一緒に生活していても、璃穏と会話が噛み合わないことがときどきある。


「そうじゃなくて、名前!」

「名前ね。嫌だった?」

「嫌じゃないよ!ただ、驚いて・・・・・・」


 璃穏は育実が呼び方を気にしているのだと勘違いして、別の呼び方にした。


「じゃあ、育ちゃん?」

「もう何でもいいです・・・・・・」


 璃穏に新しいニックネームを決められて、育実は項垂れるしかなかった。

 そんな育実に璃穏はあるお願いをした。


「あのさ、俺にも弁当を作ってくれない?」

「はい!?」

「いいの!?ありがとう!」


 都合の良い聞き違いをして、話を先に進めないでほしい。

 

「待って!どうして作ってほしいの?」

「だって、育ちゃんの手料理が予想以上に美味しいから」


 璃穏はご飯を食べるときにあまりおかわりをしないが、育実の手料理を食べてからおかわりをするようになった。

 食事の準備や片づけを手伝ってくれるので、育実は前より楽になっていた。


「よろしくね、育ちゃん」

「空夜と同じ週二だよね?」


 育実は弁当を作る回数を恐る恐る確認する。


「毎日がいいな」

「無理です!」

「そんなことを言うの?俺を階段から突き落とした女の子は誰?」


 まさか璃穏に脅迫をされるとは思わなかった。大人しい男子だと思っていたら、こっちが本性なのかと育実は疑いたくなった。

 育実が自分の頭を抱えながら唸っていると、璃穏は咳払いをした。


「育ちゃん、そろそろ風呂に入ってもいい?」

「本当に毎日は無理だから!」


 育実はさっきの弁当の話で頭がパニック状態だった。


「何の話?」

「さっきの弁当の話だよ!」

「育ちゃん、俺の裸が見たいから、ここにいようとしがみついているの?うわぁ・・・・・・」


 璃穏はわざとらしい演技をして、後ろへと下がる。


「人をとんでもない人みたいに言わないで!!」

「あはは!」


 真っ赤な顔になった育実の頬を璃穏は笑いながらペチペチと叩いた。

 話を保留にしておいて、脱衣所から出ようとしたときに外から開けようとドアが動いた。鍵をしっかりとかけているので、ドアが開くことはない。


「おっと、入っていたんだな」

「空夜、育ちゃんを外に出してくれる?覗こうとして困っているから」

「ちょっと!」


 誤解を招くような言い方をされ、すぐに違うことを言った。


「覗こうとしていない!変なことを言わないで!」

「うわっ!本当に一緒にいるんだ。育実、後で話を聞いてやるから、とりあえず出ろ。な?」

「く、空夜!?」


 空夜の声がいつもより低くなって、本当なのだと勘違いをされてしまった。

 ドアが開いた音が耳に響いて育実が驚いていると、ズボンとパンツが風呂場から脱衣所へ投げられた。育実があれこれと考えている間に璃穏は風呂場へ移動して、中でズボンなどを脱いだ。洗濯機に置いていたバスタオルとタオルもなくなっていた。

 もう何度目かわからない溜息を零してから、育実は脱衣所から出て行った。


「育実、どうした?何かに目覚めたのか?」

「何も目覚めていないよ!」

「だってさ・・・・・・」


 居間に連れて行かれた育実は空夜に肩を掴まれて揺さぶられている。さっきの誤解が解けていない。姉の新たな一面を発見したとばかりに動揺している。


「じゃあ、どうして璃穏兄ちゃんと一緒にいたんだ?」

「だから、ドライヤーを渡しに行っただけ!」

「璃穏兄ちゃんはかっこいいけどさ・・・・・・」


 覗きは良くないと言いたげに空夜が苦々しい顔をしていると、璃穏が首にタオルをかけた状態で居間に来た。

 タオルで髪を拭きながら、ソファに座って溜息を吐く。


「やりたいなー」


 璃穏が突然言ったので、驚いた育実は肩を震わせた。


「何を?璃穏兄ちゃん」

「ピアス。学校では生徒達がピアスを開けていないか、先生達が体育館でチェックをするからね」


 それを聞いた空夜は顔を引きつらせる。


「うわっ、そんなことをするのかよ」

「そうだよ。待っている間は肩や足が痛くなる・・・・・・」


 同じ高校に通おうかどうしようか考えている空夜はそれを聞いて、嫌そうに顔を歪めた。


「ピアスが駄目だったら、イヤーカフスとかは?あれだったら、わざわざ開けなくていいだろ?」

「・・・・・・もらった!」

「受け入れないで!」


 璃穏は名案だと思い、一気に表情が明るくなった。

 喧嘩をする、髪を染める、おまけにピアスをすることまで考えていた璃穏を見て、学校のときと違うので、育実は大きなギャップを感じていた。


「さっきの話の続きをする?」

「さっき?」

「弁当の話」

「その話ね・・・・・・」


 すっかり忘れていて、慌ててその話を璃穏とした。


「もしかして忘れていた?」

「まさか!」


 育実は作り笑顔をしながら、頭をブンブンと振る。


「育実、嘘だろ?」

「空夜は静かにして」


 それから数十分、弁当を作ることについて話し合いの結果、作るのは週三になってしまった。育実がどんな弁当にしようかと悩んでいる一方で、璃穏はひたすら喜んでいた。

 自分が作ったものを何度でも食べたいと思ってくれることに嬉しさを感じつつ、少々複雑だった。


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