Chapter.5 飯島彦二の回想
回想の二。
ええっと。これは紅月の知らないところで行われた会話なので、代わりに俺――飯島彦二が語らせて貰おう。
那木さんがノリの良い1Gの連中を上手いこと煽って、まんまと紅月に遊園地行きを約束させたその直後。端立の言葉でそのことに気付いた紅月は、自分を謀った本人を問い質すため、去ったばかりの那木さんを追って教室を出て行った。
それに続くようにして雁葉さんも部活のミーティングに向かう。
「那木さんも策士だな」
残された俺は笑う。
「え、いまいち状況が掴めないんだけど――。どういうこと?」
置いてきぼり状態の端立が眉根を寄せ、俺に説明を求める。
端立依藍は那木さんとは違って、いつも元気いっぱい笑顔満開というタイプではない。どちらかといえばこんなふうに、困ったようにむすっとしているときの方が圧倒的に多い。だからといって別段不機嫌なわけでもなく、俺が思うに、端立は気が強いわりに人付き合いが得意でなくて、喜と楽の感情表現がすこぶる苦手なのだ。
とはいえ、誤解はしないでほしい。そんな不器用なところも意外と周囲にウケが良いばかりか、人見知りに隠れた持ち前の面倒見の良い性格から、クラスのみんなからはかなり頼りにされていたりする。そりゃあもう、クラス委員である雁葉さんを差し措いて断トツの信頼度だ。
その端立がごくごく自然体で、無意識にふと表情を和らげる瞬間がある。
紅月葎を眺めているときだ。授業中に休み時間、部活の合間。何の気なしに紅月を見ては頬を緩ませる彼女は、紛れもなくとびきり可愛い恋する女の子だった。
ここまで話せばもう説明はいらないだろう。
俺は、そんな端立に惚れたのだ。紅月に――好きな男子に見惚れている瞬間の端立を好きになったのだ。複雑だろ?
ただ、紅月は紅月でこれがなかなかの朴念仁なものだから、この恋はまるで進捗を見せない。
さらに厄介なことに、紅月と那木さんは学年中に知れ渡っているほどに仲が良い。
そんな事情もあって“那木さんが紅月を遊園地に誘った件”を端立に話すのは少し気が引けた。端立が良い顔をするとは到底思えない。
「飯島くん?」
思案する俺に小首を傾げて訊いてくる。
畜生、こちとら恋愛補正が掛かっているんだ! しかめっ面だろうが何だろうが、好きな女の子にこんな不安げな顔をされては、裏切れるはずがない。
「――てなわけで、騙された紅月は那木さんを追っていった」
洗いざらい喋ってしまった俺の馬鹿。
案の定、端立は浮かない表情をしていた。
ああ、クソ!
「いや、まぁ周りは色々言ってるけど、単なる取材だから。心配することないと思うよ?」
紅月にはデートだろ、とからかっていた癖に、端立に対してはまったく真逆のことを言う。
どうして俺が、好きな娘の他の男に対する恋愛感情をフォローしなきゃならないんだよ!
紅月の野郎、今度『キューティクル』のチョコレートパフェを奢って貰うからな。
「――心配」
言葉の意味をじっくり噛み締めるように端立が呟いた。
まずい。これじゃあ俺が端立の好きな相手を知っている、と白状しているようなものじゃないか。端立、怒るかも……。
が、返ってきたのは予想とは違うリアクションだった。
「心配なのは、そう。確かに」
「珍しいじゃん。そういう素直な反応」
「どういう意味よ」
どちらにしても怒られた。
「ついこの前まで紅月くん、心なしかおかしかった」
「いつもと同じように振る舞ってるつもりなんだろうけど、無理してる?」
「うん」
それは俺も感じていたことではある。
ゴールデンウィークが明けた頃だったか。最近はようやく少しずつ元の紅月に戻ってはいたが、それまでは明らかに「何かあった」ふうだった。
さすがは端立。紅月のことをよく見ている。僅かばかり嫉妬してしまう。
でも、紅月はその原因を俺たちには話さず、平気の平差を装った。
「何がきっかけでそうなったのかは謎だけどさ、紅月がそれを隠し通すことに決めたんだから、そこは黙って騙されてやるのが俺たちの役目なんじゃないの」
クサい台詞に気恥ずかしくはあるけれど、それが俺の考える“友達”ってやつだ。
「――わたし、ときどき飯島くんってすごいと思う」
端立がびっくりしたような顔で言う。
それは嬉しい。嬉しいのだけども、未だに端立の表情は晴れていない。
恋する女の子的には、好きな相手が他の娘と休日にお出掛けなんて、それだけで既に不安の種だ。むしろそっちの方が端立にとっては大問題である。
いくら俺が何かを言ったところで、端立依藍は心配なのだ。俺が端立のことを放っておけないように、端立もまた紅月のことを放ってはおけない。
オーケー。それならやることはひとつだ。
「端立、明日の予定は?」
「――特にないけど」
急な問い掛けに訝しげな表情を浮かべる端立。
「KLG、俺たちも行こう。紅月と那木さんを尾ける」
俺のその言葉に端立は目を丸くする。
「ほ、本気なの?」
「どうあっても端立は紅月が心配なんだろ? それなら俺も付き合う。ふたりの後を尾けよう」
精一杯の決心を覚られぬよう胸の裡に隠して、そう言った。
高校生の男女ふたりで遊園地はデートだろ、という先ほどの会話がリフレインする。
形がどうであれ、それはデートに違いないのだ。ついこの間まで気落ちしていた友達と、それを心配する好きな娘の気持ちにつけ込んで、俺は自分の目的を遂げようとしている。
最低だな。紅月、ごめん。端立、許してくれ。
それでも俺は――。
「わかった」
しばらく思案した末、端立が首を大きく縦に振る。
そんな経緯で、俺と端立は開校記念日にKLGを訪れることと相成った。
那木の名前は、「橋」のように「ぎ」にアクセントを置くのが正しいイントネーションなのですが、紅月だけは「箸」と同じで前の文字にアクセントを置いて発音している設定です。
読んでいるぶんにはさして変わらないので、お好きな方でお呼びください。