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Chapter.3 女王の庭

 まぁそんなわけで、開校記念日で学校が休みの今日を利用して取材に行くという那木に付き合わされ、ぼくもこうして遊園地に来ているのである。制服を着ているのも学生の正装だからに他ならない。取材の際には礼を以て、とは那木の言葉である。

 淡い桜色の手帳を片手に、熱心な様子で宗像さんに質問している那木に目をやる。

 この同級生は幼く見えてその実、中身は結構しっかりしているのだ。そういうところ、ぼくは密かに尊敬していたりする。


「ん? 紅月、急に黙り込んじゃってどうかした?」


 ふと会話を止めて、不思議そうにぼくの顔を覗き込んでくる那木。


「いや、単に語り部的役割を果たしてただけ」


 とか嘯いてみる。尊敬の眼差しで見ていました、なんて口が裂けても言えやしない。


「またよくわからないことを――」


 ぼくの言葉に呆れ返り、それから那木は改めて宗像さんにいくつか確認をしていた。

 新聞部がKLG側に取材を申し込んだ折、すぐさまOKが貰えたそうだ。先ほど西野さんの言っていたとおり、学校新聞に取り上げられるメリットは大きいからだろう。しかも太っ腹なことに、初めに相手をしてくれた広報のお姉さんは、取材を終えると「せっかくですので今日は楽しんでいってください」とぼくたちふたりに一日フリーパスを与えてくれ、本来ならば自分が最後まで相手をしたいところだけれど、防犯の都合上、アトラクションを管理するための鍵はひとつしかないとかで、わざわざ裏方の西野さんたちを案内役として付けてくれたのだった。

 まさに至れり尽くせりの待遇だ。或いはこれも、園の気前の良さをアピールする意図なのかもしれないが、何にせよぼくと那木はせっかくの申し出、ありがたくお言葉に甘えさせて貰うことにした。どちらにしても気前の良い話である。


「――そうは言うけどな、嬢ちゃん。うちのオーナーはキツい女性(ひと)だぜ?」


 那木と宗像さん、西野さんの三人も、ちょうどそのことを話しているところだった。


正親町霧(おおぎまちきり)さん、ですよね。若干二五歳の才媛と評判の」

「お、詳しいな」

「現在のOGM代表の姪御さんで、このKLGのアトラクションや施設も構想段階から霧さんが一手に任っていたとか。しかもすっごい美人!」


 さすがは新聞部員。ただ漠然と付いてきたぼくなんかとは全然違う。


「いやぁ、よく知っておられる。驚きました」


 宗像さんが好々爺然とした笑みを浮かべた。


「『キリズ・リトル・ガーデン』って名前もそこからきてる。これだけの広さがあって小さな庭、だとよ。嫌味な女だぜ。まぁ、いくら美人で才覚があってもアレはモテないな」


 仮にも、いち従業員が職場でオーナーに悪態をついたりして大丈夫なのだろうか。

 しかしこの態度からすると、西野さんは件の霧オーナーをあまり好いてはいないらしい。


「オーナーは夢の庭と呼んでいます。こいつはお金持ちを妬むことしかできない寂しい人間でしてね」

「寂しいは余計っす」


 楽しそうに説明してくれる宗像さんの横で、西野さんが不機嫌そうに訂正を入れる。


「それに加えて、ちょうど二ヶ月前にぬいぐるみが盗まれる騒ぎがありまして。そのときにこいつ、責任者の癖に管理がなってない、とオーナー直々に大目玉を食らったばかりか、警備をふたりに増やされて担当まで外されたものだから、逆恨みしているんです」


 万引きだろうか。それはまた穏当でない話だ。

 西野さんしてみればとんだとばっちりだったろう。

 ていうか、取材にやって来た高校生にそんなことまで喋っちゃって良いのかな。勿論、那木は記事にはしないだろうけど、園の沽券に関わるんじゃ――。

 そんなぼくの心配を汲み取ってか、これはオフレコでお願いしますね、と宗像さんが小さく付け加えた。


「まぁ、それがかなり堪えたみたいで、以来、余計に反抗心が芽生えたみたいなんですよ」


 なるほどねえ。そんな経緯があったわけか。


「あんな若いお嬢さんがオーナーともなると、普通はそれこそ不満爆発でこういうやつが出てきてもおかしくないんですけどね。不思議なことに私の知ってる限りじゃ、こんな文句を言ってる人間はこいつだけです。上に立つ者の資質なんでしょうか。本当に厳しい方なのに、この人には絶対の信頼を寄せられる――。オーナーは、周囲にそう思わせる何かを確かに持ってるんです」


 宗像さんの表情には一点の曇りもなく、年下の上司に対する純粋な敬意を感じさせた。

 絶対の信頼を寄せられる、か。

 ぼくは隣に座って真面目な顔でメモを取っている背の低い同級生をちらりと見やる。

 高校で那木に出逢ってから早二ヶ月。彼女にはさんざん色々な厄介ごとに駆り出されてきたけれど、一度断ったつもりでも、最終的にいつもこうして付き合わされてしまう。

 いや、付き合ってしまう――かな。自分でも不思議なことに、どんなに面倒くさい案件や危険な事態に陥ろうが、それで後悔したとは思わないのだ。よくはわからないけれど、なんというか、ぼくも那木にはそれに近い感情を抱いているのかもしれない。

――て。それじゃあまるで、ぼくが那木のことを好きみたいじゃないか。こんなことを考えていたら、あの娘に対して申し開きができない。

 逢えなくなったいまだって、ぼくは彼女のことを思い出すだけで胸のあたりがむず痒くなる。あのときの楽しかった想いと、別離れの悲しさがいまにも込み上げてくる。信頼と恋心は別物だ。


「どうしたよ、少年?」


 那木と宗像さんの会話からあぶれた西野さんが耳打ちしてくる。

 うっかり那木のことを見ていたのを気取られたか。目敏い。


「別に、なんでもないです」

「彼女、可愛いもんな」


 ひそひそ声での会話が続く。


「何言ってるんですか」


 もしかしてこの人、那木のこと狙ってるんじゃ――。

 ナンパでもする気なのか?

 待て待て。他の女子高生ならまだしも、よりにもよって見た目小学生の那木がターゲットというのは犯罪的な匂いが……。


「そんなに睨むなって。大丈夫だから。誰も少年(ひと)の彼女に手ェ出したりしないって」

「睨んでません。ていうか、ぼくたちはそういう関係じゃないって言ってるじゃないですか」

「じゃあ良いのか?」

「良いわけないでしょう!」

「ほーら、やっぱり」


 そう言ってにんやりとする西野さんは、ぼくの反応を見て明らかに楽しんでいた。よもや学校の外でもからかわれるハメになろうとは。

 ぼくが遊ばれている間に取材の方は完了したらしく、ぱたん、と小気味の好い音を立てて那木が手帳を閉じる。


「宗像さん、西野さん」


 すくりと立ち上がる那木に、慌ててぼくも倣った。


「本日は貴重なお時間を割いて頂き、どうもありがとうございました」


 ぼくと那木が深々と一礼すると、宗像さんたちも腰を上げる。


「こちらこそ、大して参考になるような話もできずにすみません。われわれのような裏方の話が果たして取材の足しになるものかどうか」

「いえ、そんなことないです。おふたりのお話、とても勉強になりました。新聞、完成しましたらお送りしますね」


 宗像さんと話す那木のてきぱきとした態度には、やはり感心させられる。

 ぼくと西野さんはというと、未だにひそひそと小競り合いを続けていた。きっとふたりは呆れ果てていることだろう。

 それから宗像さんはぼくの方にも視線をやって。


「――それじゃあ那木さん、紅月君。われわれはこの辺で失礼しますが、午後もめいっぱい楽しんで行ってください」

「はい!」


 元気の良い二重奏で答える。


「じゃあな、少年。頑張れよ」


 去り際、西野さんがにやっと笑って軽く右手を挙げる。

 頑張れよ、って――。あの人、絶対に大きな勘違いをしている。


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