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後日談 金絲雀色-キャナリィイエロー-

「――それで結局、三回目の告白でようやく付き合うことになってね」


 水瀬(みなせ)(かな)の囀るような高い声に耳元を擽られる。

 聴いていて心地が良い――奏と話しているとき、波唖(なみあ)はいつもそう思う。

 奏も一緒の軽音楽部のバンドでは波唖がヴォーカルを担当しているだけに、若干のジェラシーを感じたりもする。


「随分とご執心なんだ、その――ええーと」

由妃(ゆひ)ちゃん」


 何ていう娘だったっけと訊ねる間もなく、奏が教えてくれる。

 言いたくてむずむずしていたかのような気さえする。


「そうそう。その由妃さんに」

「だって可愛いんだよー。告白済ませた後、どの瞬間から恋人同士になるんだろう――って、いまどきこんなことに悩んでる高校生がいる?」

「――まぁ、ちょっと珍しいよね」


 力説する奏の勢いに圧されつつも、率直な感想を述べる波唖。

 珍しいし、それでいてすごく純粋な娘だ。


「でしょでしょ? もう国宝級の可愛さなんだよ、由妃ちゃんは」


 国宝級ってどのくらいなのだろうか。一瞬思いを馳せてみたが、いまいちぴんとこなかった。

――カナはいつも、ノリで喋ってるところがあるからなぁ。深く考えるのは無粋なのかもしれない。

 最近、奏はことあるごとにこの“由妃”という女の子の話をしている。友達になってからまだそう間もないらしいが、本当に常にといった感じで、部活中に交わす会話のおよそ四割は彼女の話題で占められている。まるで自分のことのように楽しそうに語るその姿は、愛娘の成長を見守る父親のようだ。

 今日もこうして、二限終わりの休み時間に軽いミーティングを済ませた帰りなのだが、廊下を歩く奏の口から発せられるトピックはやはり由妃という娘の近況についてだった。


「カナはなんでその娘のことがそんなにお気に入りなの?」


 これは以前から波唖が疑問に思っていたことだ。奏のこの思い入れようは、ただの友達というには少々度が過ぎている気がする。いまにも蕩けそうな表情で慈しみ語る彼女の様子は、恋する少女と大差ない。殆ど、溺愛に近い。

 ある程度の付き合いがある波唖だってそう思うのだ。これがちょっとした知り合い程度の相手だったら確実に誤解を与えている。

 良い機会だからその理由を訊いておこう。


「んー」


 奏は人差し指を唇に当てて天井を仰ぐと急に真顔になった。


「憧れてる、のかな」

「――憧れ?」


 意外な言葉に波唖は驚く。

 憧れている、と。そう言った。

 奏は良くも悪くもお気楽で、波唖に言わせればだいぶお調子者でもある。それこそ波唖の知り合いの中では群を抜いて、だ。

 だからこそ余計に、そんな答えが返ってくるとは思っていなかった。


「波唖はさ。他人の目に映る自分像に違和感を覚えたこと、ない?」


 どこか寂しそうに笑い、奏が問い掛ける。

 他人が自分に抱くイメージと、自身がよく知っている本当の自分。

 奏のセリフが不意打ちのように波唖の心に響き、胸の奥底に沈んでいく。

 ないわけがない。見て見ぬフリをしているが、少なからず誰もが抱えている悩みだ。少なくとも波唖にはそうだった。

 大人しく、物静かでしっかり者――。

 他人は波唖をしてそう評す。ある程度親しい仲の友達にだってそう見られている。

 けれど、当の波唖本人は何故そう言われているのかがまったくわからない。

自慢じゃないが、寝坊して学校に遅刻したことだってあるし、友人同士の恋愛話で大いに盛り上がったりもする。たまには腕ずくで相手を脅かしたりもする。

 別に大人しいわけじゃない。自分よりも大人しい女の子なんてごまんといるのだ。

 それなのに、他人はいつも私の実像を曲解している。

 わかってくれないのがもどかしい。

 想いを寄せるあの男の子(ひと)には、波唖はどんなふうに映っているのだろう――?


「わたしは」


 奏はいつもと変わらぬのんびりとした調子で言う。


「割と、自分のキャラクターを演じてるところがあるんだよね」

「カナが?」


 目の前の友人の告白に波唖は戸惑う。

 そんな気配、まったく感じたこともなかった。


「じゃあ訊くけど、波唖から見たわたしってどんな感じ?」


 奏の目が猫みたいにきゅっと細くなる。


「ノリが良くっておふざけ屋で、人を煽るのが大得意。どんな些細なことでもいちいち楽しんでやっちゃうような女の子」


 波唖のよく知る奏はそんな娘だ。


「それから不要なお節介は焼いてくるし、すぐに調子に乗っちゃうし――」

「ストーップ! やめやめ。なんだかそれ以上は聴いてて切なくなるから」


 あけすけに言われるのに耐え兼ねた奏が制止に入る。

 あんまり空気が重たくなるのも避けたかったので、ついつい波唖は茶化してしまう。

 友達が真面目な話をしているのにこの態度。これのどこが“大人しくてしっかり者”だというのだ。


「でもね、波唖。わたし、本当はそんな(、、、)でもないんだよ」

「どういうこと?」


 うん、と奏が一拍置いた。


「わたしはいつも、こうやればみんなが盛り上がって物事を上手いふうに運べるんじゃないかとか、そんなことばっかり考えてる」

「それって良いことじゃないの?」


 常に他人のことを考えて行動するなんて波唖には到底できない。

 ついさっき奏の悪いところを(あげつら)ったように、他者への配慮よりもまず自らの感情を優先させてしまうことも少なくない。

 しかし奏は首を横に振る。


「違うね。だって私は誰かのためじゃなくて、自分のためにそう振る舞ってるんだもん。自分を“そういう娘”として見てほしいから。本当のわたしは結構腹黒いんだな。こうやって計算して自分のキャラクターを演じてるみたいに、ね。いつもの喋り方だって、あれ半分意識してやってるんだ」


 普段から奏は気怠げに語尾を伸ばした眠たそうな喋り方をする。言われてみれば、いまはそこまでゆるゆるとはしていない。のんびりはしているが、はきはきしている。


「由妃ちゃんはさ、そういうのがまったくない娘なの。相手を好きな想いは全力で“好き”って表現するし、表裏がなくて感情に合わせてころころ表情が変わる――」

「けど、それが“演じて”ないとは限らないんじゃ?」


 自分でも嫌味な質問だと思ったが、言わずにはいられなかった。これもまた自分の嫌いなところだ。

 とはいえ奏は取り立てて気にした様子もなく、


「ううん。わかるよ。自分が(、、、)演じてる側の(、、、、、、)人間だから余計に」


 自嘲気味な笑みが痛々しく見えて、波唖はいても経ってもいられなくなる。

 目の前の友達の大切にしているものを踏みにじり、こんな顔までさせている。最低だ。


「だからわたしは、そんなストレートの自然体でいられる由妃ちゃんに心の底から憧れてるの。尊敬もしてる。自分じゃ絶対に届かない世界だから」


 ふと奏が廊下の窓に映る自分自身の顔に手を伸ばす。

 どこか――ううん、どこでもない遠くを見るような視線。

 『水瀬奏』という籠から抜け出せない彼女は、自由に羽ばたく友人に憧れた。

由妃に自分の想いを託し、いつかはそうなりたいと夢を見る。

 その心境は波唖にも少しわかるような気がした。波唖は自らの親友の顔を思い浮かべる。

 天真爛漫、自由奔放な彼女――。波唖の理想であり自慢でもある彼女は、奇しくも話に聞いた由妃と似ているところがあった。

 そういった意味では波唖もまた、奏と似ているのかもしれない。


「――ムードメーカーは大切だと思うよ」


 自分の言葉に友達を慰める力がないことを悔いながら、呟くように奏に言う。

 奏と波唖。似ているといってもそれは本質的な部分であって、実際の性格は大きく異なる。

 でも。だからこそ。波唖には奏の良さがよく見える。

 落ち込んだり暗い気持ちになっているとき、奏の陽気さには思った以上に救われる。奏が気付いていないだけで、きっと周りの人間もそう思っているはずだ。


「優しいね。波唖は」

「そんなこと――」


 そんなことない。

 友達なのに。こうやってすぐ隣で奏が悩んでいても、これっぽっちも気付かないのに。

 優しいなんて言われる資格はない。


「そういうところが優しいんだけどね」


 表情を曇らせる波唖を見つめ、奏はもう一度そう述べる。

 どこをどう指したらそうなるのか、波唖にはまったく理解できない。たぶん一生わからないだろう。

 しかしながら、人間関係なんて意外とそういうものなのかもしれない。

 波唖が本人の気付かない水瀬奏の良さをたくさん知っているように、宮原波唖が自分では知らない良い部分に、奏はしっかりと気付いている――他人のことを言えないくらいにお気楽で、自分勝手で、前向きが過ぎるけれど。そう思った。


「それはそうと」


 トーンダウンしていた奏の声がいつもの調子に戻る。

 真面目な雰囲気はここで終わりとでも言うように、あからさまに悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「飯島君との仲は最近進展してるの?」

「は!?」


 いきなり好きな人の名前が飛び出して波唖は焦りを隠せない。


「ちょっ!! どうしてそこで飯島君が――」


 いまにも奏に飛び掛らんばかりの勢いで食いついた。

 こちらの心に残るシリアスさもいっきに吹き飛ぶ。

――いや、吹き飛ばす(、、、、、)ために(、、、)こういう話題を振ってきたのだ。自分から持ち掛けた深刻な話題を波唖の心に引き摺らせないように。

 まったく。奏には負ける。

 それがわかっていて波唖は敢えて憮然として答える。


「いつもどおりだけどね。進展も進歩もない、ただの仲の良いお友達」


 第一、相手に好きな娘がいる時点で絶望的な恋愛なのだ。

 波唖自身、半ば諦めている。諦め切れてはいないけど。


「今度メールしたとき、わたしから何か言っといてあげようか?」

「絶対やめて」


 睨みを利かせ、冷徹に言い放つ波唖。

 ただでさえ危ういバランスで成り立っている関係だ。気持ちはありがたいが、これ以上ややこしくなるのは避けたかった。


「――ん? ちょっと待って」


 ふと気になって波唖は足を止める。

 釣られて奏も立ち止まる。


「何?」

「カナ、いま“今度”って言わなかった?」

「言ったけど――」


 それがどうかしたの、とでも言いたげな顔である。


「それってつまり、飯島君と何度かメールでやり取ってるってことだよねぇ?」

「げっ!!」


 慌てて方向転換を図ろうとする奏の襟元を、波唖ががっちり捕まえる。


「……まさかカナ、あれから本当に飯島君にメールしてたとはね」

「や、それは――なんていうかメル友的な?」

「カーナぁー」


 笑顔のまま奏を捕らえる波唖の右手にぎりぎりと力が入る。

 前に、ある用件で飯島と奏を引き合わせたことがあった。そのとき奏がアドレスの交換を申し出たのは、目の前の出来事だったので知っていたが、よもやメル友なんて間柄になっているとは思いもしなかった。

 奏のことだから他意はないのだろうけれど、自分の知らないところで彼とやりとりをしていた事実は流せない。完全にやつ当たりではあるが。


「あれ、カナさん?」


 波唖がさらに、奏の両頬をぐにーぃと(つね)りながら引っ張っていると、そんな声がした。


「由妃ちゃん!」


 奏は一瞬の隙を突いて波唖の両手を振り解き、すぐさまその娘の後ろに逃げ隠れる。

 明るい髪色のセミロングが印象的な彼女は、そんな奏を怪訝そうに眺める一方で、とても心配そうな表情を浮かべていた。

 これが――由妃さん。奏の憧れのひと。

 この場面だけ切り取って見ても、奏の言っていたことがわかるような気がする。純粋で友達想いで、感情がすぐに顔に出る。ありえないくらいにまっすぐな女の子。


「カナさん、また何か悪いイタズラしたんでしょ?」

「う、それは――」


 背後に隠れる友人に疑惑の視線を向ける由妃。

 由妃にまでああ言われるなんて、私のいないところでもカナは変わらないな、と波唖は苦笑する。


「ダメだよ、きちんと謝らないと」


 そう言うと由妃は奏をくるりと波唖の方に突き出す。

 奏が怯える仔犬のようにびくびくと波唖の顔色を窺う。さすがに、こちらが好意を持っている男の子に対して過度に接触していたこといついての罪悪感は持っているらしい。


「波唖――?」

「良いよ」


 奏がどんな人間であるか、波唖はよく知っている。

 たとえどんな悩みを抱えていたかに気付かなくとも、水瀬奏がどういう性格なのかは充分にわかっているつもりだ。たぶんそれは由妃も同じこと。だからこうして、多くの人が彼女を好いている。

 計算? 確かにしているかもね。ただし本人は頑なに否定していたが、奏のそれは間違いなく誰かのため(、、、、、)になのだ。波唖が保証する。

 メル友の件だって、実際は好きな人との間に一線を引いている波唖の恋愛を、どうにかして一歩でも進めてやりたいという心からに違いない。

 それでもたまに調子に乗るから、ちょっと懲らしめてやりたくなる。いつものことだ。

 大人しいというレッテルを貼られる波唖には、こういう荒々しいやりとりができる相手は貴重だった。親友の叉弥香(さやか)の前では大抵の部分は曝け出しているけれど、彼女はこういったタイプではないから。

 だから正直なところ、怒っているのではなく楽しんでやっている。


「私はカナのこと、だいたい把握してるからね」

「言うね。わたしも波唖のことは大方理解してるよー」


――それは奏も承知の上だった。

なんて人騒がせな。互いにそう思いつつ、波唖と奏がシニカルに笑みを交わす。


「じゃ、私こっちだから」

「うん」


 部活仲間である奏とは別れて、波唖は自分のクラスの方へと足を向ける。

 背後では段々と遠ざかる奏と由妃の会話が聞こえる。


「私、カナさんより優位に立てる娘、はじめて見たよ。私たちなんかいつもやり込められてばかりだもんね」

「甘いよ、由妃ちゃん。波唖の真の怖ろしさはあんなものではないのだよ」

「嘘!? すごっ」


 またそうやってデタラメを流す……。次はもっときつく叱っておかないとダメみたいだ。

――でも。この学校でひとりくらいは波唖のことを“大人しい娘”ではなく“怖くてすごい女の子”と記憶しているかと思うと、ちょっと愉快かもしれなかった。

 うん、悪い気はしない。

 教室に戻ったらこのことを叉弥香に話すことにしよう。波唖が彼女に憧れていたと話したら、親友はどんな顔をするだろうか。

 たぶん彼女は驚くに違いない。驚いて、そしてきっと喜んでくれる。

 ひとり廊下を歩む波唖の足取りは、いつもよりもほんの少しだけ軽かった。

                                                       < fin. >

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