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Chapter.29 調査打ち切り?

「お、良い球、放るねえ」


 ぼくの投げたバスケットボールを受け止めて、飯島が言った。


「バスケ部員に褒められるとは光栄だね。こう見えてぼく、コントロールは悪くないんだ」


 体育館に響くボールの音。

 土曜日の二時間目は体育だった。ネットで半分に仕切られた体育館で、一年G組の男子たちが端と端に分かれてふたりひと組のパス練習をしている。ぼくはいつものように飯島と組んで、ボールを放りながらやりとりしていた。


「端立、学校来られて良かったな」


 天井からぶら下がるネットに分断された向こう側――女子の方を見やる。女子の授業はバレーボルの試合だった。

 コートに立って飛んできたボールをトスする端立の姿は、昨日のショックをまったく感じさせない。しかし、その首筋には確かにうっすらと赤い痕が残っていた。

 端立がヒツジ男に襲われたのは現実の出来事なのだ。


「チャイムが鳴ってるのに登校してこなかったときは心配したけどね」


 飯島から返ってきたボールを再び投げ返す。


「昨日の今日だもんな。まさか、ひったくりに遭ったお年寄りに付き添って交番まで行ってたとは誰も思わんよ」


 端立のことが気に掛かったぼくと飯島は、今朝はいつもよりもずっと早く登校した。なのに、いつまで経っても端立はやって来ない。いよいよもって不安を感じ始めたそのとき、朝のホームルームにやって来た担任の口から、彼女が遅刻している理由を聞かされたのだ。

 最初こそ脅かすなよと思ったものの、そこまでの余裕があるのなら大丈夫だろう、と飯島とふたり安堵したのもまた事実である。


「でも、端立曰く『当分は寄り道せずに自宅謹慎』なんだよね」

「この場合、それだけで済んで良かったというべきかもな」

「退部させられなかっただけマシか」


 飛んできたボールをキャッチする。

 昨晩。端立を連れてなんとか灰名工場から逃げ遂せたぼくは、ヒツジ男が追ってこないのを確認してから飯島の携帯に連絡を入れた。

 『キューティクル』の前で端立と別れ、那木と飯島と帰路についていたぼくだったが、やはりなんとなく気に掛かり、ふたりに断って後を追うことにしたのだった。結果的にその判断が正しかったとはいえ、あのとき端立をひとりで戻らせたことについては悔いても悔い足りない。

 飯島たちと再合流を果たすと、未だに小刻みに震える端立を全員で自宅まで送り届けた。端立の制止も構わず、迎え出た親御さんにぼくから何があったのか逐一説明したのだが、ヒツジ男云々などという戯言を大の大人が鵜呑みにするハズもなく、娘が “話したくないような悪いこと ”に巻き込まれたと受け止めているようだった。

 その結果が『自宅謹慎』令なのだと端立は言っていた。ご両親も相当に気を揉んでいるのだ。無下にはできまい。


「端立は実質離脱してしまったわけだし、仲間内から被害が出てしまった以上、調査は打ち切るべきなのかなぁ」


 言って、力いっぱいにボールを投げる。


「はぁ? 何、弱気なこと言ってんだよ。端立の弔い合戦をするに決まってんだろうが」

「別に端立は死んでないから!」


 よほど気が立っているらしく、普段はそうでもないのに今日の飯島はやけに荒れている。

 好きな女の子がどこの馬の骨――もといヒツジの怪物に襲われたとあっては、それもまたムリからぬ話か。飯島としては自分が助けに行けていれば、との念もあるのかもしれない。


「紅月はヒツジ男を見たんだろ。どんなやつだった?」


 ぼくは昨日の衝撃的な邂逅を想い起こす。

 といっても、ぼくも端立に気を取られていて、そこまでじっくり観察できたわけではないが。

 それでもひと言で表現するのなら。


「――ヒツジだった」

「アホかっ!!」


 ばしん、と両手が痺れるほどの球を投がってきた。

 マジ怒りだ。手が痛い。


「や、そうは言うけどさ。実際、既出の目撃情報どおりだよ。大きな角を湛えた頭に、筋肉質で毛深い身体、それからやや前傾姿勢っぽかったかな」

「本物か?」

「少なくともそう見えたね」


 ヒツジ男の正体論の中に黒魔術信奉者の扮装説があったけれど、アレはそんなお手軽でハリボテな代物でないだろう。

 てか、本物か変装かくらいはさすがに見抜けると思うんだ。

 再び端立の方に視線を向ける。どうやら端立のチームが勝ったらしく、ぎこちないながらもチームメイトのハイタッチに応えている。――やればできるじゃん。

 授業が終わると那木と宮原さんが連れ立ってG組を訪れた。那木から事情を聞いたという宮原さんは、端立の身を案じてしきりに話し掛けていて、当の端立もときたま笑顔を見せながら、それに応えていた。意外と会話も弾んでいたようだ。

 端立は友達づくりを苦手項目にしているきらいがあるけれど、周りにはこうも気に掛けてくれる仲間がいるのだ。あとほんの少しだけ勇気を出して手を伸ばしてみれば、案外それは簡単に届くところにあるのではないだろうか。ぼくはそんなことを考えていた。

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