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Chapter.21 逆鱗

「嘘じゃないんです! あの工場のところで私、襲われたんです!! ヒツジ男が私のポシェットをこう掴んできて――。それを囮にしてなんとか走って逃げられたんですけど、ほんと、このまま食べられちゃうんじゃないかと思いました」


 シンプルな白セーラーの女の子が一生懸命、那木に訴える。

 本日ふたりめの面会相手、御音南高校の一年生・桐生のどかさんだ。ふわふわした感じの娘なので話からはあまり緊迫した空気が感じられないが、それなりに大変な目に遭ったらしいことだけは伝わった。

 鈴芽さんのマンションを出たぼくたちは、那木がヒツジ男を見たと証言している女子高生と逢う約束をしているという児童公園へと向かった。

 砂場と築山、ブランコ、トイレに、僅かばかりの駐輪スペースがあるだけの公園にしてはそこそこ広く、小学生がポコペンをして遊んでいる。桐生さんは公園の隅にあるブランコを小さく漕ぎながら、ぼくたちの到着を待っていた。


「おい、紅月」

「ああ」


 那木と話している桐生さんを見て飯島がぼくに耳を寄せる。

 飯島の言わんとしていることは一発で把握した。見るからに純情清楚系なその佇まい。大きな瞳を潤ませながら必死になって訴えるその姿――桐生のどか。


「御音南、レベル高ぇ」


 飯島の呟きにぼくは無言で首肯する。


「ばか……」


 隣で端立が額に手を当てて呆れ果てる。

 途端、飯島が焦ったように前言を撤回して。


「いや、御音学園の方が一億倍ハイレベルだなっ。特にうちのクラスなんか――なあ、紅月?」

「ぼくに振るなよ、ぼくに」


 端立のあの唾棄するような目を見ろよ――って、飯島の台詞に思い当たるフシがあったらしく、端立は頬を紅潮させて黙り込んでいた。

 そんなにちょろくて大丈夫だろうか。

 まあこの際、飯島の弁解に少しくらい加勢してやっても良いかもしれない。


「端立、たとえ好きな女の子がいても、目の前に可愛い娘がいたらついついどきりとしてしまうのが男子という生き物なんだよ」


 その一方でどんなに可愛い女の子だって、好きな娘の前では曇ってしまうものなのだ。


「え、それはサイテー」

「さすがは“女たらし”と言われるだけのことはあるな」


 ふたり同時に納得したように頷いて、それから軽蔑の眼差しを向けられた。

 飯島の擁護に入ったつもりが、どうしてぼくはこんな状況に陥っているんだ。


「それより紅月、直截的すぎんだろ!!」


 しかもちょっと遅れてマジギレされた。

 飯島の端立大好きオーラは端立依藍当人を含めてクラス全員、友達みんなに知れ渡っているところなのだけど、飯島的には告白もしていないし、一応は秘めたる片想いなのだ。


「ごめんごめん」

「いまのでチョコパフェの件はチャラだからな! むしろおまえが奢れっ」

「ちょ、チョコパフェ?」


 何の話だよ。

 そこまできて、ぼくたちはようやく那木の肩が怒りに奮え、拳をぎりぎりと握り締めていることに気が付いた。


「――う」

「う?」

「うるさいっっ!!」


 妖怪をUMAに分類すべきかどうかについては常々議論が絶えないが、真実鬼という生き物がいるのだとしたら、それはこんな顔をしているに違いない。いや、むしろこれは般若――いやいや、もはや阿修羅の形相だった。阿修羅面・怒りである。


「いまこっちは大切な話をしてるの!! 紅月、飯島君、依藍ちゃん。遊ぶんだったら他でやってくれるっ」

「わ、わたしも!?」


 端立が驚いて自分のことを指差す。


「なんか言い訳でもあんの?」

「な、ないです」


 腕を組んだ那木が端立を見下ろして言う。身長でいえば端立の方が二〇センチも高いハズなのに、物理法則を無視した何かがそれを可能にしていた。

……これはやばい。いつもは飯島以上に端立LOVEな那木が「言い訳でもあんの?」だもん。端立が敬語で答えてしまうわけだ。


「だいたい。バイト前の貴重な時間を、あたしたちのために割いてくれてるのどかちゃんに対して失礼でしょうが!」

「はい。申し訳ありません」


 那木が桐生さんのことを下の名前で呼んでいようが、ポコペンを中断した小学生に指を差されて笑われようが関係ない。

 ぼくたち三人はただひたすらに平謝りだった。


「あ、あの頭を上げてくださいっ。私は全然気にしてないですし! 仲が良いのは良いことだと思いますっ」


 おろおろ戸惑いながら言う桐生さん。天使すぎる。


「気にしないで、のどかちゃん。こいつらは一度反省させておかないと調子に乗って、またやらかすから」


 怜悧な台詞を浴びせるのは勿論、那木である。

 こいつら、ときたよ。キャラ崩壊も甚だしい。


「話の腰を折ってごめんね、のどかちゃん。続き、聞かせてくれる?」


 嘘のような満面の笑みで桐生さんに言う那木叉弥香の変わり身に、ぼくたちがこの日一番戦慄したことは言うまでもない。

――て。なんか章が替わりそうな勢いだったけれど、肝心なことをまだ書いていなかった。桐生さんの目撃証言である。

 といっても、その内容は水瀬さんや鈴芽さんの証言とさして変わらない。遭遇場所はやはり灰名工場に面した通りで、ヒツジ男のディテールも殆ど一緒。

 違いといえば目撃日時が今月八日の夜八時だったことくらいのものだ。


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