Chapter.18 プライバシーっておいしいの?
鈴芽侑子、二五歳。職業、OL。
御音市街にある文具メーカーに勤務しており、現在彼氏無し。絶賛募集中。
――て、別にこれは新キャラのプロフィールではないので無理して覚える必要はないのだけど。何のことはない。ヒツジ男を目撃した人物の基本データである。
ぼくたちは現在、その鈴芽さんの家に向かっている最中だった。無論、水瀬さんのときと同様に目撃者当人から生の証言を得るためだ。話を聞いて別の目撃証言と照らし合わせることで、何かしら見えてくることがあるやもしれぬ。
「しかし、これはちょっと失礼なんじゃないの。なんで一般人の個人情報がこんなに詳しく載ってるのさ。特に最後の彼氏云々のくだり、プライバシーって観念がないのか?」
「それを直接記事にするわけじゃないんだから大丈夫。取材対象のことはきちんと知っておかないと」
「そういう他人には踏み込んで欲しくない領域を土足で荒らしていくのが、マスコミの悪いところだよね。なんでもかんでも知る権利、知る権利って――金科玉条のように振りかざす」
「批判精神は結構だけど紅月、あんまりやると読者が付いてこないよ?」
那木からありがたいアドバイスを賜わった。
「それは困るな。なにせ、この小説は部誌に載せて文化祭でばしばし売り捌く予定なんだから」
部にはお金が入って、売り上げが良ければ生徒会へ提出する活動実績にも織り込める。件のB級映画評に着想を得た一石二鳥の計画だ。
ここ一〇分間の会話は報告書に起こす際、大幅にカットしておくことにしよう。
「紅月、それじゃ丸っきり文芸部だろ」
「第一、そう言う紅月くんもいまは取材する側にいるの、忘れてない?」
――とは飯島と端立の言である。
「ま、これを見れば、そう言いたくなる気持ちもわからないでもないけどな」
飯島がぼくの眺めていた紙束をひょい、と取り上げた。
左上をクリップで留められた“取材資料”には、これから訪ねる予定の人物についてのパーソナルデータがこと細かに記されている。あまりに長いものだから気が滅入って適当に読み飛ばしてしまったくらいだ。
「だいたい、一介の高校生風情がどうやってこんなことまで調べ上げたんだ?」
「そこはまあ、企業秘密ってことで」
顔の横で人差し指を立て、ペコちゃん人形みたいに舌を出して可愛こぶる那木。
なまじ可愛いだけに余計むかつく。
「さすがは新聞部ね」
「いや、普通の学校の新聞部はここまでしないから!」
飯島の手元を覗き込みながら感心している端立に突っ込みを入れる。ちなみに当の飯島は、不意に距離を詰めた端立の髪先が頬をくすぐったあたりで完全に骨抜きにされていた。
放課後――と呼ぶには少し早い気がする午前授業終わり。帰りの学活を終えたぼくと端立、飯島の一年G組三人衆は、先にホームルームを終えて教室の前で待っていた那木に即効で捕まえられて(うちの担任はHRが長いのだ)、ヒツジ男の目撃者にアポが取れたという話を聞かされた。ぼくが羽燐と駄弁っている間に、那木の方では目覚ましい成果を上げていたようだ。
灰名工場の人魂の正体に見当が付いたのもぼくとしては大きな収穫ではあるのだけど、そちらは今回のヒツジ男事件とは関係がなさそうだしね。所詮、寄り道にすぎない。
そんなこんなで諸人こぞりて、御音学園から歩いて二〇分ほどのところにある鈴芽さん宅に向かっているというわけだ。
ちなみに那木によると、さらにこの後もう一名――ヒツジ男を見たという女子高生とも、約束を取り付けているのだとか。つくづく優秀な新聞部部員だ。
「――と、まぁそんなことを言ってる間に着いたみたいだよ」
比較的新しそうな単身者向けの賃貸マンションだった。白塗りの建物に入り、ロビーで那木がインターホンを押す。女性のひとり暮らしに相応しくオートロック完備である。
インターホン越しに那木が名乗るとどうぞ、と気さくそうな声で迎えられ、自動ドアが開く。
――これならば予期せぬ闖入者にあらぬ姿を晒して、慌てふためくこともなさそうだ。
昼休みの一件を思い出し、ぼくはひとり苦笑した。




