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Chapter.15 ニセモノ? ホンモノ?

 御音学園探偵部は部員数たったの一名、一年生部長・乱刃羽燐が立ち上げた“探偵すること”を趣とした部活動だ。といっても主な業務はお悩み相談だったりするわけだけど、そこは思春期の高校生諸君。人あるところに悩みあり、といった感じで意外と忙しい。今年できたばかりなのに部室棟に部屋を持っている時点で、いかに重宝されているかが知れるというものだ。

 そう聞くと大したことのないように思えるが、羽燐の探偵としての能力は間違いなく本物で、何がしかの縁で知り合いらしい刑事さんがここを訪ねてきた際に、何度か顔を合わせたこともある。嘘のような本当の話だ。

 しかし女子高生に頼る国家権力というのも、情けないっちゃあ情けない。


「確か、いまは御音市のヒツジ男について調べてるんだっけ?」


 組んだ指を膝の上に置く羽燐の表情はとても生き生きとしている。


「――って、なんで知ってんの?」

「ふっふふー、むぐのことはすべてお見通しだよ」

「怖っ、ストーカーじゃん!」

「ほんとは今朝、たまたま廊下で那木さんに逢って聞いたんだけどねー」

「そこは『あなた、アフガニスタンに行っていましたね?』的に推理力を披露する場面じゃないの!?」


 カンニングにもほどがある。しかも嘘をつく必要性があったのかどうかも疑問だ。


「それはほら、アピール?」


 横ピースでウィンクを決める。掘り下げると面倒くさくなりそうなので無視をして、無理やり話を繋ぐ。


「ふうん。でもそっちはまだまだこれからの案件だから取り敢えずは措いといて。今日、解いてほしいのは別の謎なんだ」

「ふむふむ」


 既に羽燐はぼくのスルースキルに馴れてしまったようで、あまり気にしていなさそうだった。それはそれで罪悪感を覚える。

 ともあれ、聞く姿勢聞かせる姿勢がようやく整った。真正面のソファーに華奢な躯を悠然と預けて続きを待っている羽燐に、ぼくは一昨日の晩にくこ姉から聞かされた話を語り出した。灰名工場跡の人魂の話である。

 羽燐は真剣な顔でときどき驚いたように眼を大きくしたり、中空を見やって考えに耽ったりしながら、最後まで黙って話を聞いていた。


「何かわかるかな? 謎は謎でも羽燐の専門分野とはちょっと違うかもしれないけど」


 UMA、UFO、オーパーツ、幽霊心霊、超能力といったいわゆる超常現象がミステリーと呼ばれているのに対し、羽燐の偏愛する探偵小説は主にミステリと称される。謎は謎でも、ジャンルとしては似て非なるものなのだ。

 冒険小説からホラーまで、なんでもかんでも広義のミステリーと括ってしまう最近の風潮は些か乱暴すぎる――などと思わないこともないのだけれど、 この話を始めると長くなるので打ち止めにしておこう。


「あれ、でもむぐって幽霊はいる派なんじゃなかったっけ。それなのに人魂の存在は信じてないの?」

「信じてるからこそ、それが本物か偽物かを見極めたいんだ」

「なるほど」


 (はな)から全部が本物だとは思っていない。だけど、ひとつがフェイクだったからといってすべてが偽物とも限らない。

 一九三四年、ネッシー目撃史上最も有名な証拠品“外科医の写真”。

 一九六七年、ビッグフットの歩く姿を捉えた“パターソン・フィルム”。

 一九七二年、児童書に掲載され少年らを驚かせたハーキンマー“スクリューのガー助”。

 どれもが偽造、捏造、紛い物だったが、それが本物のいない証拠にはなり得ない。むしろ超常現象と真摯に向かい合いたいのであればなおさら、偽物は偽物だときちんと声高に言っていくべきではないのか。捏造品の写真をいつまでも本物だと言い張って使っているから、オカルト呼ばわりされて真面目に受け取って貰えないのだ。

 人魂や幽霊といった心霊現象にしたところで、それは変わらない。


「で、羽燐。この人魂はどっちだと思う?」

「むぐのお姉さんの話が正確だとすれば――偽物、かな」

「じゃあ――」

「ストップ」


 謎解きを聞かせてよ、と言い掛けたところを右手で制された。

 羽燐が居住まいを正す。な、何?


「あたしもKLG、行ってみたいなー」


 絵に描いたような棒読みだった。しかもちらちらと眼差しを送ってくる。

 つまるとろ、これはアレか。交換条件というわけか。那木と話したと言っていたから、そのときに一昨日の話題も出たのだろう。


「羽燐が遊園地に興味があるとは意外だったな」


 どちらかといえば、外でワイワイはしゃぐよりも静かに本でも読んでいる方が好きそうなイメージなのだけど。


「そんなことないよ。あたしだって一介の女子高生だもん」

「わかった、わかった。今度連れてってあげるよ。それで良い?」

「やたっ!」


 小さくガッツポーズまでして喜ぶ羽燐。そんなに嬉しいのか。

 羽燐のこれまでの境遇を考えてみれば、友達と遊園地なんてシチュエーションは恐らくなかったに違いない。らしくなくテンションが上がるのもムリのない話か。

 そうと決まったら。


「よし。あと那木と端立、飯島にも声を掛けよう。やっぱり大人数の方が楽しいからね。それから宮原さんに雁葉、他には――」

「むぐ」


 指折り数えていたところに厳しい声が飛ぶ。

 んん? 恐る恐る目線を上げると、さっきとは真逆で羽燐が苦々しい顔をつくっていた。


「もう、全然わかってない。学習してない。反省してない」


 そんなメタクソに言わなくても……。

 そりゃあ端立さんも怒るハズだよ、と羽燐が呟くようにごちる。


「むぐ。謎解きをする前にもうひとつだけ、あたしのお願い聞いてくれる?」

「そりゃあ親友の頼みとあらば。なんでもどうぞ」

「そこに正座することを要求します」


 羽燐が座ったままで不遜にもカーペット地の床をぴしりと指差す。


「へ?」


 お願いというよりは命令だ。

 しかし聞くと言ってしまった手前、ここで従わなければ男が廃る――と思いを巡らせ、幾秒。

 言われたとおりに正座をしたは良いけれど(いや、良くはない)ぼくが床で羽燐がソファーという都合上、このままだと目線がどうしても羽燐のスカートの高さにきてしまう。剥き出しのももの白さは思春期男子の目には眩しすぎる。

 と、そのことに気づいた羽燐が白磁のような頬っぺたを無言で赤く染め、膝をもじもじとさせながらワイシャツの裾をくい、と下に引っ張って隠そうとする。それはそれでスカートを穿いてないように見えて逆にやばいような。


「――って、そんなことはどうでも良いよ! 自分で指図したんだろうに」

「どうでもって言い方は女の子として傷つくかな。かといって変に興味を持たれても困るけどさ」

「いや、そこまで興味持ってないし」

「そこまで?」

「誘導尋問反対!」


 青い瞳が悪戯っぽく細くなる。なんていうか、誰が相手でもぼくって遊ばれているなぁ。いじられキャラなのだろうか、不覚にも。


「――さて」


 仕切り直しにこほん、と羽燐が咳払いをする。

 探偵とミステリ読みほど「さて」という単語が好きな人種もいないが、いまの「さて」はそれ以上に、羞恥心を振り払う意味合いの方が大きそうだった。自分からネタにしておいて恥ずかしがるなって。


「むぐは、花火は好きかな?」

「何、今度は花火大会に連れてけって話?」


 時期にはまだちょっと早いんじゃないか。


「ん。それも良いかもね。でもどうせだったら一緒にやりたいな」

「いや、それは構わないんだけど、どうしていきなり花火の話題になってるのさ」

「だから要するに花火なんだよ、人魂花火」

「人魂、花火?」


 人魂に見える花火というのは、ぼくも売られているのを見たことがある。確か針金の先に付いている綿か何かを薬品に浸して火を点けると、さながら人魂のように燃えるのだとか。肝試しには打ってつけのアイテムである。


「じゃあ灰名で屯ってた連中が人魂花火で遊んでたのを、外から見た誰かが本物と勘違いしたってこと?」


 それはなんというか――真相としては極限につまらない。わざわざ羽燐に意見を求めなくとも誰もが考え得る回答だろう。


「そうじゃないって、むぐ。お義姉さ――ううん、お姉さんの話では」

「何故言い直したし」


 後から字面に起こしてみて初めてその意味に気付いたけれど、それはまた別のお話。


「人魂を見たって証言してるのはその不良だったわけでしょ。当然そのときも一緒に屋内にいたんじゃない? 仮に外から目撃したにしても、花火遊びかどうかくらいは仲間に確認できるだろうし」

「でも、所詮は噂話なんだからそもそも目撃者当人が不良じゃない別の人だった可能性も否定できないわけで――」

「そこで前提条件」


 羽燐が右手の人差し指をぴんと立てる。


「あたしは最初に『お姉さんの話が正確だとすれば』って前置きしたハズだよ」


 そういやそうだった。つまり羽燐の推理は、くこ姉の話を疑いようのない絶対の真実と仮定して行われているわけだ。


「人魂に触って火傷したのも本当だとしたら、その正体はやっぱり幽霊みたいな存在じゃなくて、物理的なものなんじゃないかな」


――それで正体候補に人魂花火が出てきたのか。


「厳密には、原理が同じなんじゃないかって話なんだけどね」

「原理?」

「うん。人魂花火で遊ぶときに浸ける溶液の主成分、何だか知ってる?」

「いや、普通はそんなところまで気にしないよ。興味もないし」

「ふふ、むぐ理系嫌いだもんね」


 楽しそうに羽燐が言う。

 くっ。そういう自分は――と言い返そうとしたところで、羽燐に苦手な科目なんてものがあるはずもなかった。探偵には地動説を知らないくらいの愛嬌がほしいところだ。


「人魂花火の主成分はエチレングリコール。工業用の溶剤や洗浄剤、あとは自動車の不凍液とかポリエステルの原料なんかの合成原料に使われてるんだけど――。ちなみに有毒ね」


 聞き慣れない言葉がいくつも並んで頭がこんがらがる。ポリエステルといえば合成繊維の材料として有名な物質で――って。


「灰名化学繊維工業第一御音棟!」


 灰名工場の正式名称だ。

 羽燐がその答えに満足そうに頷く。


「そして建物の内部はどちらかというと研究室のような感じで、稼働していた当時に使われていた機械や薬品の類が無造作に放置されていた。その中にエチレングリコールが紛れていたとしても不思議じゃない」

「それにくこ姉の話では確か、割れたガラス瓶や中の液体が零れ出て乾いたような跡もあった」


 流れ出た薬品に着火したのか? しかしいったいどうやって――。


「工場内には吸い殻も落ちてたんでしょ? 携帯灰皿を持ち歩いてる人は吸い殻を放置しないよね」


 それ以前に、夜な夜な廃工場で騒いでいるような不良たちがそういったエコ精神に満ち溢れているとは思えない。


「じゃあむぐ、携帯灰皿のない人が煙草の火を消そうとしたらどうする?」

「それは、こうやって――」


 ぼくは正座したまま右手に煙草を持っている態で、床に擦りつけて火を消そうというジェスチャーをしてみせる。馴れない正座に足が痺れ始めてきているのが辛い。

 これが立ち姿だったら地面にぽい、と投げ棄てて足でぐりぐり火を消すのだろうけど。


「今回に限っては、いまむぐが見せてくれたように手でやったんだろうね」

「どうしてさ?」

「だって問題の不良は手首を火傷したんだよ? 足で消したらそうはならないよ」


 煙草の火を手で消した拍子に、たまたま零れていた燃焼性の高い薬品に触れてしまい、引火した炎が袖口に燃え移ったと。まとめるならざっとこんなところか。


「高さ的なことを考えると床よりも机か何かの上で火を消した線が濃厚かな。床で燃えたところでちょっと人魂っぽくは見えないし」


 くこ姉が何の気なしに机に置いたバッグが黒く汚れたのも、もしかしたらそのときの灰なり燃えカスなりが付着したからなのかもしれない。


「けど仮にそうだったとして、結局はただ単に薬品に引火しただけなんだよね? いくら不思議な出来事に見えたところで、ただの炎が人魂なんかに見えるかなぁ」


 中にはそういう早とちりさんもいるかもしれないけれど、どちらにしても多くはない。


「ところがむぐ。あたしはずばり、そこがこの話のポイントなんじゃないかと思うの」


 推理の粗を指摘してみせたつもりだったのに、むしろ羽燐はよくぞ訊いてくれましたとばかりに乗っかってきた。


「いまのむぐの言葉は裏を返せば、ただの炎じゃなければ人魂だと勘違いする人もいるってことだよね?」

「うん。まあ、そうなるね」

「じゃあむぐは、これは人魂だ!って、はっきり感じる炎ってどんなものだと思う?」

「そりゃあ暗闇にゆらゆら浮かぶ青白い炎とか――」

「どうして?」

「やっぱり色が普通じゃないからかな」


 厳密には温度の高い炎――たとえばキッチンのコンロとか――は青くなるらしいけど、目の前に突然青い炎が現れるような場面に出くわしたら、それは人魂だと思うだろう。


「じゃあオレンジは?」

「人魂感は薄いかな。何が燃えてるのかと不審にはなるけど」

「ピンクとか」

「そんなハイカラな人魂があってたまるか」

「緑ならどうだろう?」

「――それなら人魂に見えるかな」


 一般的に人魂をイメージした際、青と緑が最もスタンダードな色合いではなかろうか。

 羽燐がうんうん、と楽しそうに相槌を打つ。すべては予定どおり進行中らしい。


「人魂花火の原液に使われてることからもわかるように、エチレングリコールの炎色反応は緑なの」


 炎色反応とは噛み砕いて説明するならば、物質を炎で加熱すると元素によって炎に特有の色がつくという現象である。小学校の理科の時間にガスバーナーと金属片を使って実験したことがある人も多いはずだ。


「つまりエチレングリコールに着火した場合、それは幻想的な緑色の炎が見られるというわけ」

「とはいえ、煙草を消した場所にたまたま薬品が零れていたという説は些か都合が良すぎるような」

「別にそんなことはないよ。だって灰名工場は不良の溜まり場になっていたわけでしょ? だったら煙草を吸う機会なんて、それこそ何十回もあったんだよ。そのうちの一回に起きた不幸な事故だと思えば、別段そこまでの低確率でもないんじゃない?」


――くこ姉が潜入したとき、放置された吸殻はそこら中に散らばっていた。


「下手な鉄砲も数打ちゃ云々、か」

「そういうこと。ま、本当は正真正銘真物の人魂だったのかもしれないけどね」


 語尾にハートマークでも付けたくなるような笑顔で羽燐は答えた。


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