Chapter.13 察しが良いのか、悪いのか
「んーっ、面白かったぁ」
隣を歩く端立が、いかにも至福といった表情で大きく伸びをする。
最近はすっかり日も延びて、七時を過ぎているというのにまだまだ夕焼け空の延長線といった具合だった。校門のところで部長たちと別れ、ぼくと端立はいつものように連れ立って下校する。端立を途中まで送っていくのだ。
いまよりも暗くなるのが一時間は早かった四月。咲良先輩が「男の子が女の子を送るのは当然でしょ?」と厳命してきたのがそもそもの始まりで、初めのうちは「そんな、恋人じゃあるまいし」と固辞していた端立だったが、最近ではなあなあのうちに帰路を共にしている。
まあ、ぼくにしてみてもそこまで遠回りになるわけでもないし、特に不満はない。
「端立って帰り道になるとやけにテンション高くなるよね」
「――べ、別に、そんなことっ」
恥ずかしい秘密でも知られたかのように端立が耳まで真っ赤になる。
「否定することないじゃん。むっすりしてるより全然良いって」
「誰がむっすりよ!」
条件反射的に咬みつかれるも、依然として顔を紅潮させたままなので、せいぜい精一杯強がっているふうにしか見えなかった。
「学校でもそのくらい元気にしてたら良いのに」
「苦手なんだから仕方ないじゃない」
端立は小声になりながら唇を尖らせる。
こういったしおらしげな態度もクラスではまず見せない。
「嬉しいときには喜ぶ。思っていることを他人に伝える。自分の感情に素直になるのって、言うほど難しくはないと思うんだけどな」
「紅月くんにはそうでもわたしには難しいの」
「そんなものなの?」
「そんなものなの」
取り繕った澄まし顔で言う端立はそれでもどこか楽しそうでもあって。
「でもいまは普通にできてるよね?」
「な、何言ってんのよ」
「あはは、そうそうそんな感じ!」
あまりに取り乱すものだから悪いと思いつつ、声に出して笑ってしまった。
喜ぶ。拗ねる。動揺する。こんなにも容易くできているのに。
――気ぃ張ってるんだよなあ。
「紅月くんっ、笑いすぎ!」
「うお」
恥ずかし紛れにぼくをはたこうとする手を、半歩下がってやり過ごす。端立が恨めしそうにこちらを見てくる。
うん、このくらい威勢の良い方が端立らしい。
「那木ともさ、こんな感じのノリで良いんじゃない?」
「どうして――」
「そりゃあ端立とは毎日顔を合わせてるもん。そのくらい汲み取れなくてどうするよ」
「紅月くん」
いつになく穏やかな物言いに、確かに彼女の肩の荷が下りたのが伝わってきた。
那木叉弥香とどうやって友達関係を築けば良いのか――。それが端立依藍の抱えている悩みだった。悩んで悩んで悩みすぎて、余計に彼女を動けなくしている。
相談でもしてくれればまだ対処のしようがあるのだけど、見てのとおり端立は内に溜め込むタイプなので、こうでもして解きほぐしてやらないと先に進まない。お節介で結構。せっかく縁あって出逢った仲間なのだ。このまま打ち解けられないで終わるのは勿体ない。
「あっちはあれだけ慕ってくれてるんだから、変に肩肘張って身構えることないって。端立がもうちょっとだけ歩み寄ってみれば、ほんの少しだけ自分の心に素直に従ってやればそれで万事解決。もともと馴れ馴れしいやつだしね」
だいたいからして、初対面の人間をちゃん付けするような輩だ。気遣うだけ無駄というものだ。
端立は真剣な表情で決意したように頷いて、
「――わたしも。那木さんとはもっと仲良くなりたい。ちゃんと、友達として」
そう言った。
「そっか」
「うん」
晴れやかに答える端立に、一瞬その頭を撫でそうになってぼくは慌てて手を収める。
同級生の女の子の頭を不用意に触るのは常識的にあり得ない、だっけか。那木だったから単なるセクハラ扱いで済んだが、端立の場合は本気で殺され兼ねない。
端立と那木が本当の友達になるのにはまだ少し掛かるかもしれない。でもいまは、その台詞が聞けただけで充分だ。
「ときに端立、これから時間ある?」
「な、なんで?」
警戒するように固くなる端立。
いや、何をされると思っているんだ。ぼくってそんなに信用ないのかな。
「これから灰名に行ってみない? 現場を生で確認しときたいし」
「いまから?」
「勿論、時間が許せばだけど」
「――時間は大丈夫なんだけど」
含みのある言い方をして、端立が夕焼けのオレンジと夜闇の黒が混じり合う空を見上げる。
逢魔が刻と呼ぶに相応しい時間帯。東の空には既に半月が顔を出している。
「ちょっと夜は――。何か出たら、嫌じゃない?」
無理やりに笑顔を作っているが、口の端がちょっと引きつっている。
なるほど。そういうことか。端立はお化けがダメな人だった。
「い、いないっていうのはわかってるのよ? でも、こういうのは理屈じゃないっていうか――」
「その気持ちはよくわかるよ。なんというか本能的なものだよね、アレは」
昨日のお化け屋敷を思い出して再び背筋が冷える。
「紅月くんって意外と怖がり?」
「端立と違ってぼくは幽霊肯定派だしね。てか、見たことあるし」
「そこまで言い切っちゃうと逆に清々しいわね」
強がっているだけだと思われたのか、しらっとした目を向けられた。
見たことあるのは本当なんだけどなあ。
「それなら残念だけど、敵情視察はまた今度にしてまっすぐ帰りますか」
よくよく考えると、送っている人間をわざわざ危険そうな場所に連れていくというのも変な話だ。それで端立の身に万が一のことがあったら咲良先輩に顔向けできない。
「ちょ、ちょっと待って紅月くん」
ぼくは左手に持った鞄を肩越しに背にやったところで軽く振り返る。ぼくの方が若干前を歩いていたので端立が呼び止める形になったのだ。
「工場には行かないけどっ、その、時間はあるから――」
「うん?」
端立はスカートのところでぎゅ、と両の拳を握っていた。
「ど、どこか、寄ってかない?」
どこか――って。
「なんで?」
ぼすん、と鈍い音を響かせて、端立のスクールバッグがぼくの顔面を直撃した。