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Chapter.12 もうひとつの活動

「それじゃ、紅月、端立、那木さん。後は頑張れよ」

「部長は今回の調査、参加しないんですか?」

「ん? まあな。紅月風に言えば、これは俺じゃなくておまえたちの物語だ」

 

 端立が訊ねると、部長はさも当然のように言ってのけた。

 元々、わが未確認生物研究会は自由度の高い部活動だ。こうした事件調査はこれまでにも幾度かあったが、全員参加というケースは滅多にない。一応のところ部の活動ではあるので、この場のように会議はみんなで行うものの、大抵は興味のある人間が話題を持ち込み、予定に空きのある都合のつく人間が調査に乗り出す放任主義だ。

 だから今回の飯島のような部外者参加も、そこまで珍しくもなかったりする。


「何か忙しいんですか?」

「中間テストですよね、部長」


 残念そうに質問する端立に、部長に代わってにこやかに答えたのは咲良先輩だった。


「あれ? でも中間ってこの前終わりませんでしたっけ」


 那木の疑問は尤もである。中間考査が終わったからこそ、その結果を踏まえた三者面談が明日から始まるわけで。


「それとも三年生だけ別日程だったとか?」

「違う違う。そうじゃないのよ、ナギちゃん。部長ったら、この前の中間でライバルに負けちゃったの。それでリベンジの炎を燃やして勉学に勤しむんだって」


 恋人の大人げなさについて語る咲良先輩は至って愉しそうで、見るからに幸せそうだった。


「別にあいつはライバルなんかじゃないぞ」

「でも、負けて悔しいんでしょう?」

「それは――」

「そういうのを世間ではライバルって言うのよ」

「うぐっ」


 完全に言い負かされていた。諭すように述べる咲良先輩と決まりの悪そうな部長――。

 上下関係がすっかり逆転している。


「じゃあ、咲良先輩も?」


 ぼくが訊くと咲良先輩ははにかみながら頷いて、


「私なんかじゃ何の役にも立たないけれど、それでも傍にいてあげたいから」


 わお。何の迷いも躊躇いもなく言い切った。

 勉強する動機がここまでくだらないにも関わらずこれだもの。愛だよなぁ。


「そういうわけで俺と咲良の出番はここまでだ。報告書、期待しているぞ」

「私も。紅月君の小説、楽しみにしてるわ」

「紅月、わかってると思うけど、この前みたいにあたしのことぼろくそに書いてたら全面改稿させた後に桐南の海に沈めるから」


 地方都市の面目躍如というべきか、御音市に隣接する桐南市には海水浴場があり、夏には花火大会なども開催されて、市内外から多くの人で賑わうのだ。ぼくも小さい頃から、家族に連れられ何度も足を運んだことがある。このあたりの住民にとっては外すことのできない、夏の風物詩だ。


「ぼくは事実しか書いてない」

「紅月くんはちょっと信用できないところがあるから、わたしも検閲はさせてほしいかも」

「端立まで!?」


 そんなに言われると素で傷つくんだけど。これでもプライドを持って書いているつもりだ。

 語り部。記述者。書記。事件のあらましを最初から最後まで正確に記録する――。それがぼくの役割であり、UMA研におけるぼくのポジションだ。

 初めのうちは部室に残されている歴代の活動記録に倣ってシンプルな調査記録を付けていたのだけど、それではどうしても事務的なものになってしまい、読み返しても退屈なだけなので思いきって小説仕立てにすることにしたのである。


「どうせまた、あたしを『とても高校生には見えない~』とか書いてるんでしょ」

「――う」


 殆ど正解だった。


「だいたい紅月は女の子を女の子として見てなさすぎだよ。だからいつもデリカシーのないことばっかり言ってさ。――あ、紅月。いま何時?」

「愚痴を言ったり時間を気にしたり、ほんと忙しいな」


 ぼくは、窓の外に見える夕陽に照らされた建物を見つめながらに言う。

 不便なことに部室には時計がない。ぼくはスラックスの後ろポケットからパールピンクの携帯電話を取り出し、液晶画面で時間を確認する。


「五時一〇分。それがどうかしたの?」

「二〇分から新聞部の編集会議があるんだよね」

「――こんな時間から?」


 端立が驚くのも無理はない。五時半といったら、今日は早めに終わろうという時間でこそあっても、いまから会議を始めようという時間ではない。現にぼくたちUMA研はこうしてひと区切りついているわけだし。


「うん。今日はあたしがこっちに出るから、それに合わせてこの時間」

「悪いな、那木さん」

「お互い様なんですから気にしないでくださいよ。どうせうちは各人原稿書いたり取材に行ったりでみんな揃うのが遅いから結局は同じなんです」


 レジュメの類を机の上で揃え、まとめてファイルにしまいながら那木が笑う。


「そうそう依藍ちゃん。今度の号は期待しててよー。昨日の取材の成果をばっちり盛り込む予定だから! あたしと依藍ちゃんのツーショット写真も載せようと思うんだ」


 それは紙面の私物化じゃないのか。


「ええっ!?」


 ぼっ、と音がするんじゃないかというくらいの勢いで端立が赤面する。

人見知りっ娘にはちょっと刺激が強い申し出だった。ある程度普通に会話は交わせても、まだまだ“友達”として打ち解けた関係にはないんだよなあ、少なくとも端立の心持ちでは。


「や、どうせなら紅月と依藍ちゃんのツーショットの方が良いかも。うん、男女ペアの方が恋人っぽいし、何よりも企画趣旨に沿ってるし――」


 そんな端立を半ば放置した状態で那木は人差し指を下顎に当て、ひとり滔々と呟きつつ、新聞のアイディアを練り始める。


「そ、それはだめ!」


 端立がばん、と大きな音を立てて身を乗り出した。

 いや、わかるよ? 確かにそんなことされたらあらぬ誤解を全校生徒に向けて振り撒くことになるわけだから、却下したい気持ちはよくわかる。でも、何もそこまで勢いよく否定しなくても良いんじゃないかな。軽くショックだよ。


「てゆーか那木、意図的に真実を捻じ曲げるんじゃない。印象操作だ、それは」

「あっと。あたしとしたことが思わず口を突いて出ちゃった」


 反省の色もなく、にへらと笑って誤魔化す那木叉弥香。

 この娘っこは。ぼくの小説よりもそっちの記事の方がよほど要検閲だろう。


「それじゃあ、あたしはこのへんで」


 自分の持ち物をすっかり片した那木が鞄を手に立ち上がると、ドアの前まで歩いていき、くるりと回れ右をする。


「お先に失礼します!」


 ぺこりと大きく一礼し、那木は出て行った。


「相変わらずというか、なんというか。とっ散らかすだけとっ散らかしておいて、去り際だけは綺麗なんだよなあ」

「うん」


 未だに頬の火照りが冷めやらぬ端立が頷いた。


「さて、と。ナギちゃんも帰っちゃったことだし、私たちも未確認生物研究会の活動・第二幕といきましょうか」


 咲良先輩が瞳の奥をきらんと光らせる。


「ふふふ、今日こそはみんなを唸らせてみせるわ」


 その言葉にぼくたち三人はごくりと唾を呑み込んだ。


「じゃーん!! 『ロック・ネス』、ゲットしてきましたっ!」


 元気良く言って、咲良先輩がこちらに突き出したのはレンタルビデオ店の青い袋だった。


「ようやく返ってきたんですね!」


 つられてぼくのテンションもついつい上がってしまう。なにせこの映画、いつも借りられていてなかなか観られなかったのだ。


「あ、わたしセットします」


 端立が咲良先輩からDVDを受け取って、部室にある再生専用プレーヤーの電源に手を伸ばす。小型ながらにきちんとしたテレビと再生機器――。高校の部活としてはうちもなかなか恵まれた環境だ。

 そもそも世の中、そんなにしょっちゅう怪しげな事件が転がっているわけがない。事件調査はあくまでもイレギュラー、普段は部員全員でお菓子でもつまみながら、UMAをテーマにした映画をわいわい観ながら、日々“研究”に勤しんでいる。映画鑑賞はいわば、わが未確認生物研究会のメインともいうべき活動なのである。

 そんなお茶会みたいな集まりがよく潰れなかったものだと感心すらするのだが、先輩方によれば、先代は文化祭でこれらのB級映画評を冊子にまとめて売り捌き、それが即日完売大好評で部の実績底上げにも大いに貢献していたのだとか。逞しい限りだ。


「『ロック・ネス』で斬新なのは、やっぱりあのネッシーが食い殺されてるシーンだろうな」


 腕を組んだ部長がひとりうんうん頷きながら言う。


「ちょっと、ネタバレしないでくださいっ」

「す、すまん」


 掌を立てて謝る部長を、端立がガミガミと叱り始める。

 人見知りの端立がここまで強く出られる相手は決して多くない。裏を返せばそれだけ部にも馴染んでいるということで、そう思うとなかなかに微笑ましい光景だった。

 どうやら咲良先輩も同じ心境を抱いていたらしく、笑顔をつくってぼくを見る。


「さ、ふたりともそのへんにしといて。上映会、始めるわよ」


 咲良先輩はテレビを点けると、リモコンを弄って再生ボタンを押した。


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