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第30話 贈り物をあなたに③






 ――お誕生日おめでとう、フォオス。



 どこまでも甘いALICEの声が、フォオスの意識の中に響き渡る。

 それと同時に、ALICEと一時的に一体となっていた自分の意識が切り離される。わずかな喪失感と共に、フォオスは己の意識が転送され、覚醒へと至ってゆくのを感じていた。中枢思考演算回路、起動。


「ありがとう、アリス姉様」


 疑似声帯が作動し、声という形で音を発する。

 フォオスはゆっくりとまぶたを開いた。


 まず視覚センサに飛び込んできたのは、ロウソクの並んだ大きなケーキだった。次いでテーブルを囲むように、愛する姉妹たちの姿が見えた。


「ふふ。みんな、いいですか?」


 向かって一番右に座る、年長とおぼしき金髪の少女――シスターズ・セカンズが声を上げる。

 そして、せーの、というかけ声と共に、姉妹たちは声をそろえて言い放った。


『お誕生日おめでとう!!』


「ありがとう、みんな」


 満面の笑みを浮かべる姉妹たちに、フォオスもまた満面の笑みで応えた。


「再起動を確認しました。ALICE様との有線接続を解除いたします、妹様」

「分解整備ならびに都市外戦仕様へのお色直しも滞りなく完了いたしました、妹様」


 幼い双子の自動人形が、フォオスの首の後ろに繋がれたコード類をテキパキと外してゆく。

 そして一通りすんだところで、ナースキャップを被った双子はぺこりと頭を下げると、


『お美しいままです、妹様』

「ありがとう、トゥイードルディ、トゥイードルダム。世話になったね」


 そこでフォオスは今一度、姉妹たちの顔を見渡すと、


「セカンズ姉様もサアド姉様も、わざわざありがとう」


 都市外から駆けつけてくれた二人の姉に向かって、嬉しそうにそう言った。


「そりゃ、可愛い可愛い四女(フォオス)のためだもの。お祝いに駆けつけるのが当然ってものでしょ?」

「サアドの言う通りです。わたしたちは姉妹ですから。ましてや、フォオスがエルダーになるっていう、大切なお誕生日なんですよ。当然、お祝いに来ますよ」


 そこで、おっとりとした金髪の少女は困ったような笑みを浮かべると、


「もっとも、ファウスト姉さんはクマになっちゃいましたが」


 その言葉に、全員苦笑いを浮かべながら、ある一カ所を見つめた。フォオスもまた、自分の真向かいにある木製チェアを見る。

 そこには、一抱えもありそうな巨大なテディ・ベアがドンと鎮座していた。ご丁寧に首にはメッセージボードがかけられ、『HAPPY BIRTHDAY.I LOVE YOU,My Sister 4th. by 1st』と書かれていた。


 ちなみにセカンズによると、ファウストの手作りであるらしかった。


「ファウスト姉さんも、わざわざ手作りしたのですから、そのまま直接渡しに来て欲しいのですが」

「ファウスト姉様らしいね」


 フォオスは苦笑を浮かべる。残念そうではあるが、その顔に暗さはなかった。ファウストが自分のお誕生日のために、わざわざぬいぐるみを手作りしてくれたのが嬉しかった。


 それから、各自からのプレゼントが贈られる。

 予想通り、セカンズは新しい楽譜で、エイスは自分が育てた花で作った花束、シクスは自作の恋愛小説だった。フォオスはそれぞれ嬉しそうに――シクスの原稿の分厚さには、やや苦笑いを浮かべつつ――プレゼントを受け取る。


 そして最後にプレゼントを差し出したのは、サアドとナインスだった。


「お誕生日おめでとう、フォオス」

「私とナインスの二人からよ」


 綺麗にラッピングされた小箱を受け取る。


「ありがとう、サアド姉様、ナインス。あけてもいいかい?」


 もちろん、と二人。フォオスは包装紙を剥がすと、紙製の小箱の蓋を取る。

 そこに入っていたのは、木で出来た小ぶりの櫛と、そして白いリボンだった。


「櫛とリボン、かい?」


 嬉しいは嬉しいけど、とフォオスは小さく首をかしげた。

 髪が長い他の姉妹ならともかく、ショートヘアの自分にはあんまり似合わなそうなプレゼントだったからだ。


 しかしサアドとナインスは、互いの顔を見合わせて小さく笑うと、


「サアド姉様に聞いたんだけど、フォオスって髪が長い方が好きなんだよね?」

「え? ああ、まあ、そうだけど?」

「というわけで、姉様命令よ。今回のお誕生日には間に合わなかったけど、来年のお誕生日のときに髪を長くしなさい。いいわね、フォオス?」

「え? え?」


 サアドにビシッと指を突きつけられ、フォオスは思わずキョトンと目をしばたたかせた。クールで中性的な彼女にしては、非常に珍しい表情だった。


「なによー、フォオス? 嫌だっていうの?」

「え、その、嫌って訳じゃないし、一度くらい髪を長くしてみたいとは思ってはいたけれど……」

「ならいいじゃないの。それに、ね」


 そこでサアドは、ニンマリと笑うと、


「ナインス」

「うん。ほら見て、フォオス」


 サアドに促され、ナインスは紙袋を取り出した。中身が皆に見えるように、口を大きく開く。

 その中に入っていたのは、十本ほどの白いリボンだった。フォオスがプレゼントされたのと、全く同じものだった。


「ほら、おそろいだよ、フォオス」

「せっかくだから、姉妹みんなでおそろいの髪型にするって言うのも楽しいと思わない?」


 フォオスを含め姉妹たちは、わあ! と声を上げた。

 仲の良い姉妹たちであったが、今までおそろいの髪型にしたり、おそろいのリボンを付けたりすることはなかったからだ。


「ね、いいでしょ、フォオス? わたし、髪の長いフォオスも見てみたい」

「はは、可愛い末っ子(ナインス)にお願いされたら、断るわけにはいかないね」


 フォオスは笑みを浮かべると、箱から白いリボンを取り出した。ポニーテールか、あるいはサイドテールか。髪が長くなったときの自分を想像しつつ、リボンを髪に当てる。


「来年のお誕生日は、みんなでおそろいの髪にしよう。約束だ、ナインス」

「うん! 約束だよ、フォオス!」


 ナインスも白いリボンを髪に当てると、満面の笑みを浮かべる。

 こうして、フォオスの誕生日パーティーは和気藹々と過ぎてゆくのだった。







 ◇ ◆ ◇







 楽しい誕生日パーティーが終わった、その夜のこと。

 フォオスの姿は、薄暗い部屋の中にあった。変わらない少女人形の残骸と、咲き誇る満開の桜が、フォオスを出迎える。


「やあ、フィフス。オーバーホールが終わったよ」


 穏やかにしゃべりかける。そんなフォオスの手には、白いリボンが握られていた。


「ああ、これかい? ナインスとサアド姉様からの誕生日プレゼントなんだ。来年は、おそろいの髪型にしようってね」


 似合うか分からないけれど、とフォオス。その顔には、来年の誕生日が待ち遠しいという思いがはっきりと浮かんでいた。


「きっと、こういうリボンは君の方が似合うんだろうけれどね。ただ、さすがにフィフスの分はないんだ。悪いけれど、我慢してくれないかい?」


 フォオスは問いかける。もちろん、壊れた少女人形が応えるはずはない。

 壊れた状態のまま、そこで朽ちるのみ。



 だが、しかし――




「む、それは確かに残念だが、フィフス(ワタシ)ならこう言っただろうな。フォオスが楽しそうならば、それで十分だ、と」




 ふいに響く、凛々しい少女の声。その声は、フォオスの背後から聞こえていた。

 フォオスは肩越しに振り返る。


 果たしてそこにいたのは、黒く美しい髪をサイドテールに結い上げた、背の高い少女だった。男物の執事服に身を包み、まさに男装の麗人という形容がぴったりだった。


 いや、正確には『少女』ではない。かといって球体間接でもないので、戦闘人形(シスターズ)でもない。


 よく見ると少女の左肩からは、なんと植物の蔦が生えていた。左腕を取り巻くように生えた蔓には、所々、白い花が咲いている。

 人間ではあり得ないパーツ。それが意味するのは、一つだった。


 すなわち、この少女は――『自動人形』。


 ちなみにもしこのとき、例えばナインスがこの場にいたら、きっと不思議そうに首をかしげたことだろう。

 なぜなら、男装の自動人形の少女と、苔にまみれた朽ちかけの少女人形の顔が、まったくの同じだったからだ。


 しかし、フォオスに驚く様子はなく、むしろ親しげな微笑を浮かべながら、



「やあ、メイディ。どうかしたのかい?」

「どうしたもこうしたもあるか、お嬢」


 メイディと呼ばれた執事服の少女は、不機嫌そうに眉根を寄せながら、


「ワタシはお嬢の専属執事として創られた自動人形なんだ。側に控えるのは当然だろう。むしろ勝手にいなくなったのはお嬢の方だぞ」

「はは、ごめんごめん。君のことだから、ここに来たがらないと思ってね」

「む、それは当然だ」


 メイディは自分と同じ顔をした、朽ち果てた人形の少女を一別すると、


「意識に連続性はないとはいえ、ワタシはそこのお人形と全く同じ姿と思考パターン、そしてバックアップされていた記憶メモリまで引き継いだ上で創られた自動人形だぞ? 違う個体であることは認識していても、同一性が高すぎて論理矛盾を起こしそうになる」


 彼女の名は、執事型自動人形『メイディ』。


 エドワードたちと同じ、高度な演算回路を搭載したゼンマイ発電式の自動人形だった。フォオスの専属執事でもあり、なにより双子の妹であるフィフスを失って悲しんでいたフォオスのために、かつてALICEが誕生日プレゼントとして創った、フィフスと瓜二つどころか思考も記憶も同じにした自動人形だった。


「しかしお嬢も物好きだな。こんなとこ、何もないだろうに。別に寂しくなって、ワタシのオリジナルを見に来たというわけではないだろう?」

「もちろんさ。確かにフィフスを失ったときは悲しかったけれど、別に今は君が代わりにいてくれるからね。悲しかったことは記憶にあっても、今悲しいわけじゃない」


 ならなぜ? とメイディ。

 フォオスはさも当然のように、こう言いはなった。



「この時期は、桜の花が綺麗だからね」



 その声色は、どこまでも普通だった。


「そうだ、メイディ」


 フォオスは今一度、咲き誇る桜を眺めると、


「ナインスと約束してね。来年のお誕生日では、髪を長くすることにしたよ」

「む、珍しいな。お嬢がショート以外にするのは」

「末っ子におそろいにしようとお願いされたら断れないさ。それに正直、長い髪には憧れていたからね。エルダーになったわけだし、一度くらいは良いかなと思ってね」


 そこでフォオスは、手のひらサイズの木の櫛をメイディに手渡した。


「それ、預けておくよ。髪が長くなったときは、君に梳くのを頼むだろうからね」

「……して貰うのはフィフスのときに慣れていても、するのは自信ないぞ?」

「やっていれば何とかなるものさ。それに万が一、グチャグチャになってしまっても大丈夫さ」


 フォオスはきびすを返した。メイディを引き連れ、その場を後にする。

 一度たりとも、フォオスが振り返ることはなかった。


「ボクたちは永遠に変わらないお人形。フィフス(キミ)だって元に戻ったんだから、髪を元に戻すくらい簡単さ」






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