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第2話 愛され人形②


 ALICE。


 それはこの管理都市(ガーデン)において、絶対的な支配力を持つ者の名前だった。


 近世の西欧王朝時代を偲ばせる建物や服装とは裏腹に、このガーデンは高度にメカトロニクス化された都市だった。自動化された行政システムに、餓える者も失業する者も出さない管理経済。あらゆるものが厳密に管理され、運営されている。


 それを為しているのが、この都市を管理する人工知能『ALICE』だった。馬車を引く自動人形から投資場のシステムまで、その全てを監視し、管理している。事実上、この都市はALICEという名の女王が独裁を敷く国だった。


 しかし、市民になりたいという者は後を絶たない。

 なぜなら、その国は美しかったからだ。


 一切の妥協を許さず整えられた景観。行き届いたインフラ。餓えることのない食糧供給システム。ある意味のユートピアである。


 とはいえ、全ての市民がALICEの支配を受け入れているかと言えばそうではなかった。中にはシステムを受け入れられず、犯罪に走る人間もいる。あるいは、都市外にある租界から不法に入国する不法市民も存在する。


 しかし、そんな者たちの存在を許すほど、ALICEは優しくはない。


 不法市民や犯罪者、あるいは自分の創るシステムに適応できない人間。そういう人間は、ALICEにとって『醜いもの』だったからだ。


 そして、そんな『醜いもの』と断じられた人間を狩るものがいた。


 ガーデンにおいて、絶対的な執行能力を持ったものたち。

 人工知能の少女(ALICE)によって永遠に美しい姿を与えられた少女人形(アリス)

 ALICEの手足となって醜い人間を処理する殺戮人形たち(キリングドールズ)


 それが、アリスの妹たち(シスターズ)と呼ばれる機械仕掛けの少女たちだった。





 ◇ ◆ ◇





【――昨日のショーはご苦労様、ナインス。言いつけ通りにやってくれたわね。わたしはうれしいわ。良い子ね】

「ありがとう、アリス姉様」


 姉からの褒め言葉に、ナインスは照れたように笑った。


 もっとも新しいシスターズであるナインスは、実を言えばあまり姉であるALICEに褒められたという経験がなかった。そのためだろうか。こうして面と向かって褒めてもらうだけで、ナインスの中にくすぐったいものが広がってゆく。


【――ただし……】


 そこでALICEの声に、わずかに悪戯っぽい響きが混ざった。


【――返り血でドレスを汚してしまったのは減点よ】

「は、はい」


 喜びから一転。ナインスは恥ずかしそうに身をすくめた。


「まあ、ナインス。またドレスを汚してしまったんですの?」

「ナインス姉ぇ、小さい子みたいなの!」

「だって……」


 シクスとエイスのからかいの言葉に、ナインスはますます身を縮こまらせた。

 そんなナインスに助け船を出したのは中性的な少女だった。


「こらこら、あまりからかってはだめだよ、シクス、エイス。まだ、ナインスは素体になじみきってないんだから。ショーに出たのだって、まだ少ないしね」

【――フォオスの言う通りよ】


 フォオスの言葉尻を、ALICEが続けた。


【――恥じることではないわ、ナインス。あなたは最も新しい妹人形。これから少しずつ、優雅なショーが出来るようにしていけばいいのよ】

「アリス姉様……」


 ナインスは心に温かいものが広がってゆくのを感じた。甘く優しい姉の言葉。そこに確かな愛情を感じることが出来る。

 それだけではない。


【――シクスもエイスも、ナインスはまだ稼働時間が少ないのよ。むしろよく頑張ってくれてるわ。あまりからかっては可哀想よ】

「……はい、アリスお姉様」

「……はいなの、アリス姉ぇ」

【――ふふ、だったらちゃんと謝らないとね】


 ALICEに諭され、シクスとエイスはそろってナインスに頭を下げた。


「ごめんなさい、ナインス」

「ごめんなの、ナインス姉ぇ」


「大丈夫、気にしてないよ」


 ナインスはほころぶように笑った。


(なんて、優しい日々なんだろう……)


 愛情を注いでくれる姉。たまにケンカもするが仲の良い姉妹。そこに確かな絆を感じることが出来る。人間であったころとは大違いだ。


(人間だった頃、か……)


 実を言えば、ナインスはほとんど自分が人間だった頃のことを憶えていなかった。自分がなんという名前だったのか、どういう生活をしていたのか、ほとんど憶えていない。


 おそらく、とナインスは考える。人間だった頃の自分は、きっと何もない人間だったのだろう。何も感じず、何も思わず、ただただ意味のない生活をしていたに違いない。だから何も憶えていないのだろう。


 しかし、人形となった今は違った。自分を愛してくれる姉妹たちに囲まれ、こんなにも優しい日々を過ごしている。確かにショーは難しいが、それでも姉妹達の為ならどこまでだってがんばれるとナインスは思った。


「……次のショーは、もっとがんばらないと駄目だね」

「ん? 何か言ったかい、ナインス?」

「ううん、なんでもないよ、フォオス」


 そこで、ふいにサロンにチリリリンという澄んだベルの音が鳴り響いた。まるで女主人がメイドを呼ぶときに使うようなベルの音。それがなんなのか、ナインス達はよく知っていた。


 それは――『醜いもの』が出る兆候を教える呼び鈴。



【――まったく、相も変わらずこの世界には『醜いもの』が多いわね】



 音を鳴らした張本人でありながら、ALICEは困ったように溜息をついた。


「アリス姉様、私が行く」


 ナインスはすばやく声を上げた。


「大丈夫なのかい、ナインス? 昨日の夜、ショーをやったばかりだろう?」

「大丈夫だよ、フォオス。今度はドレスを汚したりしないから」


 気遣わしげなフォオスの言葉に、ナインスは胸を張って答えた。


【――ふふ、やる気は十分みたいね。けれど、さすがに昨日の今日で一人は心配ね】


 ALICEはしばし沈黙すると、


【――フォオス、あなたがついていってくれるかしら】


 ALICEの言葉に、フォオスは頷くことで応えた。


「もちろんさ。――いいかい、ナインス?」

「私一人でも大丈夫なのに」

「ボクもアリス姉様も、可愛い妹のことが心配なんだよ」


【――フォオスの言う通りよ。聞き分けてちょうだい、可愛いナインス】


「ずるい。アリス姉様もフォオスも。そんなこと言われたら断れないよ」


 不満げに鼻をならしつつ、ナインスはそっぽを向く。

 しかしフォオス達は、その声に恥ずかしさと嬉しさの色が混じっていることをしっかりと理解していた。


【――それではよろしく頼むわね、私の妹たち(マイシスターズ)

『はい、アリス姉様』


 ナインスとフォオスは揃って立ち上がると、しっかりと頷いた。








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