第20話 子どものままで①
――この世界に、醜いものは許されない。
そう言って巨大な鋏を突き付ける人形の少女を、リオ・ヨークは悔しげに見つめていた。
(あーあ、結局、オレは子どものままで終わっちまうのか……)
どうして? という疑問はリオの中には無かった。むしろ当然だと彼女は思う。
なぜなら……
「……やっぱ、学年末テストを白紙で出したからだよな?」
「うん、そう」
頷くのは、恐ろしいほどに美しい人形の少女だった。血のような赤い髪に、手足を繋ぐ球体間接。その手には、身の丈ほどもある巨大な裁ち鋏を握りしめていた。
「あなたは、正式な『市民』になるためのテストをパスできなかった。市民でもなく、子どもでもない貴女はこの世界には居られない。だからだよ」
「だから、オレを殺すのか?」
「そう。あなたはもうすぐ『醜いもの』だからね」
困ったような笑みを浮かべる少女を前に、リオはバリバリと頭を掻きむしった。
「ちくしょう……」
「それで、どうするの?」
人形の少女は、リオの首の両側に鋭い刃を押し当てながら、
「テストをパスしなかった貴女は、17歳になっても市民権は得られない。今日の12時、貴女の17歳の誕生日をもって、貴女は不法市民として殺処分指定になる。今すぐにこの都市を出て行けば、命だけは助かるってアリス姉様が言ってるけど?」
「都市の外……旧世界か。ALICEはオレに、そこで乞食か身体を売って生きてけって言うのかよ」
そんなのはごめんだ、とリオは思う。
確かに自分はいわゆる不良生徒だった。ギャング気取りで街を闊歩していたこともあるし、気弱そうなガキからお金を巻き上げたりもしていた。喧嘩や暴力も日常茶飯事だった。
だが、それも管理されたガーデンだから出来ることだった。このガーデンでは、17歳未満の子ども――もちろん、正式な市民の子どもに限るが――は、非常に優遇されている。カツアゲをしても罪になることはないし、そもそも子どもを取り締まるような法律は一切存在しない。もちろん、子どもが悪いことをすれば、その親が罪に問われるのだが、孤児院出身であるリオに親はなく、実質的に罪に問われる者は存在しない。
だからこそ、リオはそれを笠に着て相当な悪事を働いてきた。恐喝、盗み、暴行、放火――人を殺したことはないが、それでも大人であれば即殺処分になるようなことばかりしてきた。
だが、それも平和な都市内での話だ。旧世界では訳が違う。話に聞く限り、旧世界は荒廃した世界だった。日々の食事を得ることさえままならないと言うし、それこそ本当のギャングも闊歩している。そんなところで、自分のような小娘がまともに生きていけるなんて思わない。
「あーあ、大人になんてなりたくねえな……」
くすねた腕時計を見ると、時間は午後の11時57分だった。
あと三分で子どもの期間が終わる。それが終われば、後は殺されるだけ。
正式な市民でない自分に、この箱庭での居場所などないのだから……
「ちくしょう……大人になんてなりたくねえよ……」
悔しげに目の前の人形を睨み付ける。
そして――時間は、無常にもその時を告げた。
「時間だね。ハッピーバースデー」
ジャキン、という音が静かに響き渡る。
離れてゆく自分の胴体を眺めながら、リオ・ヨークはここ数週間のことを思い出していた。




