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プロローグ




 ガーデンと呼ばれる管理都市の一角にある病院。そこに瀕死の少女が運び込まれたのは、ある日のことだった。


「心拍低下……い、いえ、心停止しました! 高酸素マイクロマシン、投与します!」

「素体に脳を移植する! 記憶データのバックアップをとれ! 最悪、人格はどうでもいい! とにかく脳死の前に移植だ!」


 医師たちの叫びが救急処置室に響く。

 ベッドに寝かされているのは、首を大きく切り裂かれた高等学校生くらいの少女だった。血を失い、その顔は青白い。


(あれは……私……?)


 混濁する意識の中で、少女は自分で自分を客観的に見下ろしていた。

 まるで肉体という枷から精神だけが解き放たれたよう。不思議な感覚だ。自分をこれまで捕らえていたもの――成績、友人関係、将来――そういったものが、心底どうでもよいものだったと思える。


【――そう、醜いものなんてどうでもいいの】


(え?)


 精神に直接働きかけてくるような声。甘い声だ、と思う。吐き気を及ぼすほどに甘く、蕩けるように優しげな声。


【――わたしの世界に、醜いものはいらないわ。欲しいのは美しいものだけ。違う?】


(それは……)


 そうかもしれない、と少女は思う。美しいものだけあればいい。確かにそれは自分がずっと願っていたことだ。

 少女は改めて自分で自分を見下ろした。特徴のない顔立ち。血の気の失せた肌。切り裂かれた首筋から流れ落ちる血の跡だけが艶めかしく、美しい。


 けれど、美しいと思えるのはそれだけだった。


【――ふふ、ならあなたを美しいものにしてあげるわ】


(私を、美しいものに……?)


【――ええ、そうよ】


 そこで、処置室にあるものが運ばれてきた。

 まるで棺桶のような、けれど美麗な装飾が施されたカプセル。医師の手によって蓋が開けられる。


 はたしてそこに入っていたのは、一体の赤い人形だった。大きさは、少女より頭半分ほど小さいくらいだろうか。背筋が震えるほどに美しい顔立ち。手足を繋ぐ球体関節。そして何より目を引く――血のように美しい赤い髪。


(きれい……)


【――ふふ、気に入ってくれたみたいね】


(え……?)


 甘い声は、まるでイタズラが成功した子どものように言った。


【――それが、新しいあなたよ】


(新しい……私……?)


【――そうよ。人間のように醜いものを排泄することも、醜く老い衰えることもない。永遠に美しいもの。あなたはわたしの妹人形になるの】


 くすくすと笑いながら、甘い声は囁く。

 そうこうしている間に、ベッドに寝かされていた少女に青い布がかけられた。

 レーザーメスを握りしめた医師が、少女の頭部に切れ込みを入れ始める。


 とたんに、少女の意識が霞がかったように薄れ始めた。


(あ、れ……)


【――ふふ、今は眠りなさい。目を覚ませば、あなたは美しく生まれ変わっているわ】


 甘い声が遠ざかる。

 少女は薄れゆく意識をかき集め、問うた。


(あなたは……誰……?)


 意識が消え去る寸前、甘い声は無邪気にこう答えた。




【――ALICE】




(アリス……)


 少女の意識は、闇に飲まれた。





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