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挿入話~act.4~君に全てを託すと決めた理由(わけ)

挿入話~act.4~君に全てを託すと決めた理由わけ



 ジュリアスを後継に出来ないその理由、それがシレジアとの和平。


 言葉を失ったまま、目を見張って疑問と驚きを隠せない息子リオンに、父帝マチス・ガルボ三世は静かに語った。


「お前もずっと考えていたはずだ、かの国との正式な国交修繕を、そしてアレとの和解と再会をの」


 父の云う、『アレ』とは誰を指すのか―――。

 それが分からぬリオンではない。

紛れもなくあのセネリオの事を云っているのだ。

フィンダリア帝国第三皇子として生を受けた、彼の正真正銘の実弟の事を。

この父の言葉に、リオンはもう分かれて幾年も経つ、懐かしい少年の姿を思い起こした。


 世界で唯一人、母を同じくする実弟。

 今はもう、フィンダリアと並ぶ大国の王太子となって久しいかの弟の事を。


 そしてこの時、息子と同じ事を思っていたのだろうか。

マチス・ガルボ三世もまた遠い目をさせていた。

「あれからもう十年あまり経ったからな……そろそろ今一度、国同士の結び付きの場を設けても良いと思っている」

「……父上」

 そう話続ける皇帝の表情は、確かに父親の顔をさせていた。


 自分から愛する花嫁を奪った父。

 大切な実弟に死を与えようとした父。


 どんなに非道を働こうとも、彼はリオンに対して親の情を忘れた訳ではない。

それを感じる時、リオンは何時もいたたまれなくなる。

この皇帝を父として心から慕う事が出来なくなってしまった、そうあの日から―――


 そしてそのリオンの心を父帝もまた知っている。

 あれからずっと互いに曖昧な、そう半透過な壁を築き、その壁越しから親子として、また皇帝と皇太子として接してきたのだから。


 リオンはそのような複雑事情をも抱えて、今回のことを考え黙し続けた。

一方父帝は、向かい合う息子に更に言葉を続けた。

既に口調は父ではなく、フィンダリア皇帝としての采配に傾いたものであった。

「セネリオも聞けば娘を三人儲けているそうではないか、その娘の内の一人をフィンダリアに招こうと思う。 次代の皇帝の後継者の妃にな」

「……セネリオの娘をですか?」

「そうだ」

 次第にリオンは、やっと父が言わんとする事を理解した。


 シレジアと再び婚姻策によって和平を成す。


 父が最初に迎えた正妃――――それはリオン達の今は亡き生母。

彼女は由緒正しいシレジアの王女で、現シレジア王の王妹にあたる女性だった。

 その縁組を再来させるというのだ、リオンが養子として迎えた時期皇太子とシレジアの王女を持って。

 異母弟ジョアンの子はリオンの甥。

 そしてシレジアのセネリオの姫もまた当然リオンの姪にあたる。

 つまり、この二人は紛れもない従兄弟関係であり、またこのフィンダリア皇帝マチス・ガルボ三世の歴とした孫にあたる。


 つまりこれがマチス・ガルボ三世が云いたかった理由となる。

「だからジュリアスは使えないのだ」と。


 そうジュリアスとシレジアの姫とではあまりに血が濃すぎる。

国によって近親婚の許容範囲が異なるが、多くの場合は叔父と姪、フィンダリア帝室ならばいざ知らず、それは忌避の婚姻になるだろう。

当然シレジア側が許すはずはない。

 中には従兄弟同士の結婚、否それよりも遠い八親等内の親族婚すら禁じている国さえあるくらいなのだ。


 一方、皇帝マチス・ガルボ三世は、才気煥発さいきかんぱつな息子が自身が語った政見について三思し始めた事を静かに見遣やり、そして諭し始めた。


「だからリオンよ、ジュリアスでは駄目なのだ。 解るな、幾らジュリアス(アレ)がどんなに秀でた息子でもな」

 

 この時、ようやく父が十年あまりの時をかけて、シレジア王家と和睦を結びたいと口にした。

 フィンダリア皇帝として。

 そう未来の為に。

 もう一度、固い絆で結ばれた盟友国同士に戻る為に。


 あの頃の様に――――


 そこにはリオンが望んでいた未来があった。

しかし、フィンダリア皇帝たる父が照らしたその平和へと続くは、また新たにリオンに苦渋の選択を強いる事になった。


 異母弟であるジュリアスを後継とするか、それとも甥を養子に迎えて後継と成すかを。


「無論、今日明日にとは言わんが……だがその内考えておけ」

 リオンは黙したまま父の言葉を聞いていた。

当然の事、彼は即答出来るはずもなく、またフィンダリア皇帝の方もこの件に対する承諾を無理に迫りはしなかった。

 まだ猶予を持たせたのだ。


 ところがである。

 この父が与えた猶予には寛容はなく、しかも時間制限がある事を、その後直ぐにリオンは思い知る事になった。

 父のこの言葉で。

「リオンよ、今すぐこの場で『養子を迎えろ』とは命じはせぬが……まあシレジアからの返答が来る前は腹を決めるのだな」

「それはどういう……?」

「既にシレジアには密使を送った、王太子夫妻の第一王女をフィンダリアの“将来の皇太子妃”に貰い受けたいとな」

「なっ!!?」

 吃驚のあまり、リオンは我を忘れた一声を出した。

そんな息子の珍しい姿に、皇帝はしたり顔を見せた。


「そうだ、この婚姻によりシレジアとフィンダリアはようやく和解となろう。 シレジアにして悪い話ではない。 無論セネリオにとってもな」


 リオンは言葉を失った。

自分の与り知らぬところで、もう既に皇帝は手を打っていたのだ。

それはリオンに養子を迎える以外の選択肢を奪ったに等しい。

 それを悟った息子は甚だしい愕然の中に身が止まる。

 反対に息子であるフィンダリア皇太子にようやくその密議を打ち明け、悦に満たされた皇帝は、陶酔するかのように息子に問いかけた。


「吉報が来れば良いな。 もしこの縁組みがまとまれば、余にとってはどちらも孫同士の縁で結ばれた皇太子夫妻だ。 この国にとっても実に目出度いと思わぬか、リオン?」

「…………」

 だがその問いかけに、リオンは衝撃のあまり答える事も返事すらも返せなかった。

 

 こうしてフィンダリア皇帝は、シレジア王家と新しい関係を築く意志を示した。

そう、それは己の息子達の心の葛藤を意に介さずに……我田引水のごとくに。




――――何故私はその可能性に気づかなかったのだろうか。

 

 いや、考え着くはずはないか。

 養子を迎えるという選択など考えたこともなかったのだ。

 確かにそうすれば、シレジアもこちらの和平交渉の提起に耳を傾けてくれるだろう。

 今まで何度も色々な国同士で絶えず行われてきた事なのだ。


 それにあちらにとっても悪い話じゃないだろうから、きっと呼びかければいとも簡単に功を奏し、決まる事になるだろう……。

そして国交も以前の様に回復し、国境は穏やかなモノになる……か。


……私がそれを呑めば全てが丸く収まる……か。

 


 自分に従う聖獣の力を背景に、父の要求をはね除ける事は容易い。

 だが、その術をリオン《こちら》が示してしまえばこの国は。

 

 かつてフィンダリアは、聖獣の加護を受けた聖王国だった。

 けれども彼らの加護が永遠ではない事を、今の彼らは気づいていた。

 特にあの内乱から。


 フィンダリア皇太子の懊悩はなお深まる。

その傍らではひた隠して育てている正真正銘の彼の娘サリアが、無垢な姿で眠り続けている。

 何も知らず、知らされず。

 

 そんな娘の可愛い寝顔を見つめながら、やり切れない想いがこみ上げる。

やがてリオンの口からそれは感情が零れるように、哀切な響きとなった。

「私が“それ”さえ受け入れれば万事が済む事か……私さえ……」

 

 養子を――――

 

 その時。

 このリオンの切ない呟きと眠る幼子の吐息だけが流れる部屋に、美しいこの宮の主、皇后クラヴィアが静かに入室してきた。

それは眠る幼子の様子と、そしていつもの皇太子らしくない愛しい人を案じての事。

程なくリオンの至近に寄るまで声をかけるのを躊躇った、女性の声が室内で新たな音となり、静まりかえった室内を穏やかに動かす。

「リオン様……」

 この呼びかけに思惟を止め振り向いたリオンは、その視界の中にクラヴィアの姿を見つけた。

そして心配をかけぬように、穏やかな微笑を向けた。

「やあ、サリアの様子を見に来たのかい?まだ眠っているよ」

 クラヴィアもまた微笑み返すと、そのまま寝台の傍に近づきぐっすり休む幼子の様子を二人で眺めた。

「そうですね、あと一時間ほどはこのままでしょうね」

 この母親の言葉に、父親は少々残念がった。

「そうか、寂しいな。 今日はたっぷり時間があるからサリアと一緒に遊びたいのに」

「まあ」

 クラヴィアの感歎にリオンは肩をすくめた。

「本当の事だよ」

「宜しいの…ですか?」

 クラヴィアと幼いサリアにとって、このリオンと共に過ごす時間は実に喜ばしい楽しい時間だが、フィンダリア皇太子には本来今日も通常公務があるはずだ。

それを危惧した皇后の言葉に、リオンは彼女の目を逸らして俯く。

「別に構いはしないよ、私は“皇帝”ではないのだからね」

 フィンダリア皇太子は、半ば自暴自棄になっていた。

 

 まるで駄々っ子。

 こんな彼を初めて目にしたクラヴィアは、目をぱちくりさせて問いかけた。

「リオン様…一体何があったのですか?」 

 リオンは即答しなかった。

 ただ愁い顔をさせて、お昼寝をするサリアの顔を見つめ続けた。

 そしてクラヴィアの方もまた、それ以上の追求はせず、そっとリオンの隣の椅子に腰掛けた。

 それから二人でゆっくりすやすやと眠る娘の顔を眺める。

 そうして言葉などなくとも、室内は穏やかな時が流れた。


 やがて、ぽつりと云いにくそうにリオンが呟いた。

「私が養子を得る事になるとしたら…君はどう思う?」

「えっ……?」

 その呟きにはっとクラヴィアは驚く。

 だがあまりに唐突過ぎたリオンの発言、その内容の為にクラヴィアはまだ理解しかねた。

 そんな驚きの中、発言に戸惑いの色を浮かべたクラヴィアはリオンに振り向くと、彼は哀しい微笑で皇后に笑い返した。

「実は…まだこれは不確定な事なんだが、ゆくゆく私は養子を迎える事になるかもしれない……」

 そう切り出したリオンは、これまでの事を『秘密の愛しい妻』に打ち明け始めた。

 

 異母弟ジョアンが自身の長子を養子に薦めてきた事。

更に父帝マチス・ガルボ三世が彼に養子を迎えさせて、その後彼が迎えた養子とシレジアの王女を娶せる算段を立てていた事を。


「――――しかも既に……この話はもう進められていてね、もしシレジア王国が、父が提案したその結婚話を承諾した曉は、私も覚悟を決めないとならないんだ……」

「……そうですね」

 リオンの告白にクラヴィアは皇后として、また彼の娘を産んだ女性『妻』としてつくづく考え呟いた。

リオンはそんな彼女に愁いて頷いた。

「決して自ら望む事ではないのだが、最早シレジア側を巻き込んでしまっていた以上、かの国が父の出した申し出を受け入れてしまえば、もうその話を反故には出来ない。 そうなればシレジア側を激怒させ、そして当然な開戦理由を与えてしまう事になりかねないだろう」 


 密かに育てている実の娘が眠る部屋の中で、養子を迎えるという問題。


 リオンはこれほど馬鹿馬鹿しい出来事を、こうして愛しい人に話さなければならない自分を唾棄せずにはいられなかった。


(初稿 2010年 10月 15日)

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